scene9 翌朝



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 翌朝。

 通学路からかなり離れた笹目街道沿いの歩道で、赤穂士郎はママチャリを止めて事故現場を眺めていた。片側二車線のうち、一車線が封鎖され、交通量の多い時間帯ということもあって、渋滞の列が長く続いている。今回の被害車は、大型トラック。箱型の運転台のうしろに長方形のカーゴがついた長距離輸送用車両だ。そのフロントがくしゃくしゃに潰れ、銀色のカーゴもくの字に歪んでいる。積んでいた積荷も散乱したようだが、いまは片づけられ、路面に細かい木屑が散らばって事故の惨状の残滓を漂わせている。

 ママチャリに跨ったまま、ガードレールに足をかけて事故現場を眺めていた士郎の背後で、昨日と同じブレーキ音がして黒田が声をかけてきた。

「よお、暇そうだな」

 士郎は肩越しに振り返り、ちいさく吹き出した。

「おまえこそ、暇だな。ここは随分学校から離れてるぜ。わざわざ見に来たのか」

「但馬守様から連絡があったからな」黒田は小さくつぶやく。「一応、確認だ」

「きのう塗壁を倒せなかった、俺達の責任ってことになるのかな?」士郎は声を低めた。「ドライバーは重傷らしい。早くなんとかしないと、被害が広がるばかりだぜ」

「昨日の、あんな調子で奥義は発動すると思うか?」

 昨夜はなんだかんだで剣豪奥義の発動には成功せず、結局二人して夜中の一時くらいまでねばってしまった。今朝は身体のあちこちが痛いし、睡眠不足でもある。

「やらなきゃならねえな、こりゃ。なんとしても」士郎は顎をこすった。「が、奥義発動は身体をつかった動きだから、集中力とか気合とかでどうにかなるもんでもない。反復練習しかねえよ。今日は授業終わったら、さっそく行こうぜ」

 振り返ると、黒田が「うむ」と強くうなずいてきた。しかし、なにやっても、なんか滑稽なやつだ。



「今度はなに?」

 放課後、士郎が生徒会室のまえで待っていると、やってきた井出萌香は初手からつっけんどんに噛みついてきた。

「同好会申請の書類をくれ。新しいのを書いてもってくる」

 士郎は尊大な態度で手を出す。その掌を胡散くさげに一瞥して、井出萌香は生徒会室のドアをあけた。

「いい? 何度も言うれど、同好会申請にはメンバー五人の名前と顧問、活動内容を記入した申請書を提出後、それが生徒総会にて認められたのち……」

「井出ちゃん、おひさしぶり」

 生徒会長・井出萌香の長広舌を遮って、あづち姫が会室に入ってきた。彼女の声にはっと振り向いた井出萌香の頬がわずかに強張る。

「なによ、桃山さん。ここになにか御用」

 言質は事務的だが、暗に早く出て行けという示唆が含まれている。

 おや?と思った士郎は素早く後ろにさがって戦局の見物にまわった。

「そのまえに、赤穂くん、これ」とあづち姫は士郎に、B5版のコピー用紙とボールペンを差し出した。「名前書いて」

 高みの見物を決め込むつもりでいた士郎は虚をつかれ、「え?」と言いつつ、言われるままにペンをとってそばの机に用紙を広げた。「ここ」とあづち姫が細い指でさす欄に「赤穂士郎」と汚い字で書く。なんの用紙か確認しようと士郎が視線を動かす前に、あづち姫は士郎からペンと用紙をとりあげ、それをそのまま井出萌香に渡した。

「はい。研究会の活動再開申請よ」

「え?」

 萌香がかすれた声で答え、用紙に目を落とす。

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