scene8 特訓

「あーあー、今日は最悪だぜ」荒川の土手の上に立った士郎は肩をすくめた。「生徒会ではさんざん罵倒されるし、妖怪には歯が立たないし、しまいにあづち姫には大目玉だ。そして最後が居残り特訓ときた」

 荒川公園はこの時間、まだまだ照明がこうこうと地面を照らしていて、スタジアムなみに明るい。とおくのグランドではサッカーをやっているユニホーム姿のプレイヤーたちが激しく動いているし、土手上のランニングコースを走っているランナーも少なくない。

「案外、人目があるな」黒田はめだたない場所を探して草が背の高さまで生えている方向へ歩き出す。

「そっちに行けば、他から見えない場所があるのかよ」士郎は一応ついてゆくが、黒田は「知らん」と素っ気ない。

 そのくせ迷うことなく草の切れ目から中に入っていき、ちょっとした空地をみつけた。

「だがな、赤穂。奥義の修行だぞ。他人においそれと見られていいわけがない」使えるスペースを確認して、ある程度端により、ブゲイボクトウの電源を入れた。シミュレーション・モードを起動して、ブラックジュウベエの剣豪奥義『烈風両断れっぷうりょうだん』をスタートする。

 ボクトウを中段に構えると、「ピー」という警告音が鳴り、黒田の身体が勝手に動き出したらしい。「おっ」という驚きの表情とともに、なんか操られて引っ張られる感じで、黒田は脇構えにとる。「お、なるほど脇構えか」と黒田はお気に入りの構えからスタートする剣豪奥義にご満悦の表情を見せたのもつかの間、

「うわっ」

 一瞬のうちに猛烈な前ダッシュを演じて車輪が回るような斬撃を放った。

 見ていて、あきらかに人体の運動能力を凌駕した動きだった。

 シミュレーション・モードの拘束が外れた瞬間、黒田は「うがぁ!」という悲鳴にちかい嗚咽をもらしてその場に倒れ込み、悶え苦しんだ。

「おい、大丈夫かよ。黒田」すこしあきれ顔で、そばによった士郎は悶絶する黒田の腕と背中をさすってやる。「先生のメモ書きをちゃんと読めよ。『必ずブゲイスーツを装着してから行うこと』って書かれてるぞ。いまみたいな動き、生身でやったら全身の筋肉が断裂しちまうよ」

 黒田は何か言いたげだったが、痛みに身悶えていてそれどころではない。

 ま、アホは放っておいて、とっとと特訓を開始しますかと、士郎はツバチェンジャーを取り出した。

 やり方は簡単。

 まず、ブゲイスーツを装着し、ブゲイボクトウのシミュレーション・モードで奥義技のお手本を学習する。身体が勝手に動いて、モーションを再現してくれるから、今度は習熟モードでその動きを自身の動きで真似てみる。動きの誤差が許容範囲内で、そこそこ正確ならば、オッケー。不正確すぎるならば不合格でビープ音がなる。正確な動きを覚えたら、今度はブゲイソードを使い、音声スイッチで「剣豪奥義」と叫びながらやってみる。許容範囲内で正確に動けていれば、破壊力抜群の奥義、すなわち超必殺技が使えるという寸法だ。

 士郎はレッドムサシに剣豪チェンジすると、ブゲイボクトウのシミュレーション・モードを発動して、剣豪奥義『烈火厳流崩れっかがんりゅうくずし』のサンプルをスタートした。

 士郎の身体が勝手に動き、大きくジャンプすると、そのまま落下しながら大上段からブゲイボクトウを振り下ろす。

「ジャンプ攻撃かよ」士郎は舌打ちした。「威力はありそうだが、これ、間合い固定か? だとしたら、当てるのに苦労するぞ」

 バイザーの裏側に表示されている現在時刻とスーツのバッテリー残量を確認する。

 特訓で完全にバッテリーアウトしてしまったら、妖怪の襲撃に対応できないので、いまここで訓練できる時間は一時間といったところか。

 士郎は、口元をにっと歪めた。

 面白そうなゲームだ。

 彼は後ろでのた打ち回っている黒田のことなんぞすっかり忘れて、この奥義習得に集中し始めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る