scene12 初体験
士郎の声に反応して、うつぶせに倒れていた黒田ことブラックジュウベエの身体がぴくりと反応した。微かに頭を振るような動作を見せて、ゆっくりと顔をあげる。初めて正面から見るブラックジュウベエのバイザーは、『片目』という意匠なのだろう、左眼のあるあたりに眼帯代わりの鍔が嵌っていた。
「あ、赤穂ぅ……」
「赤穂ぅじゃねえ。はやく手伝え。おれは妖怪退治なんてやったことがないんだ。どうすればいい?」
「妖怪退治が初めてか」ふらふらと立ち上がりながら、黒田はブゲイメットをごんごんと叩いて自分の目を覚まさせる。「偶然だな。おれも初めてだよ」
「えっえー! ってか、おまえでも冗談いうのか」士郎はおどけてみせたが、内心はかなり焦っている。が、これくらいでパニクっていたらゲーマーは務まらない。「前後から挟み撃ちにしよう。いまやつはおれの方を向いているから、おまえが背後から斬りかかれ」
なにか、こういうと作戦っぽくて格好いい。
「任せろ」黒田は落ちているブゲイソードを拾いあげると、ブゲイスーツの筋力増強を利用してダッシュし、土蜘蛛の背中に斬りかかった。が、あきらかに間合いが遠い。あれでは全然届いていない。しかも、いま気づいたが、土蜘蛛の頭部にある八つの眼は、配置的に背後も見える。
思いっきり空振りした黒田の刀をかわす素振りもみせず、土蜘蛛は四本の腕でもって切り下ろした姿勢のブラックジュウベエに向かって襲い掛かる。くそっ、今しかねえ。士郎は素早い反応で、こちらへ向いた土蜘蛛の背中に斬りかかった。距離はばっちり。タイミングも完璧。だが、叩きつけた刀は、ごん!という衝撃とともに跳ね返された。
土蜘蛛が、なんの真似だと言わんばかりに振り返るときには、危険を感じて素早く跳躍し、距離をとっている士郎。
黒田が叫ぶ。
「刃筋が狂ってるんだ! 刀は刃物だぞ、正確に切れ!」
士郎もすかさず叫び返す。
「そういうお前は、間合いがおかしいだろっ! 全然届いてなかったじゃねえか!」
二人は刀を構えながら土蜘蛛を挟み、ゆっくりと輪を描くように動く。
やばい。士郎はそう感じた。これはゲーマーの勘だが、この感じだとおれたちにこの土蜘蛛は倒せない。「逃げる」コマンドが一番妥当だが、とするとおれの背後にいる陽介や航平、ドカッチやまだ蜘蛛の糸から解放されていない小学生たちはどうする? このまま一度見捨てて逃げて、あとで警察と一緒に再度救出にくるか? それだけの時間があるか? つーかそのまえに、警察って妖怪に対して有効なのか?
「おい、黒田、ブラックジュウベエ」士郎は切っ先で土蜘蛛の喉元を狙いながらじりじりと間を詰める。「おれが囮になる。その間に、うしろの子供たちを逃がしてくれ」
「バカをいうな。囮なら、おれがなる。レッドムサシ、おまえこそ、子どもたちをどうにかしろ」
「おれは、刀の扱いに慣れてない。子供たちを解放するのに時間がかかるだろう。おまえの方が速い。とにかくここは、子どもたちを助けることが最優先だ」
「あら、あなたも世の中の役に立つことがあるみたいね」凛とした少女の声が突然、通信に割り込んできた。
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