第2話 中央都市センリア
中央都市センリアに辿り着くまでには、丸二日かかった。
それはこの世界が既に流通と交通が麻痺してしまっているからだとランサムは改めて悟らされた。
ボウデンは、パスアルカが辺境の町だからこの状況であると言っていたし、ラムサムもそうだろうと思っているところはあった。
しかし、この二日の間に通った大小の村や町は全てパスアルカと似たような有様であった。
建物は朽ち始め、人々は町ぐるみで神隠しにでもあったかのように見つけることはできない。
たまに人間を見つけても、目線が合うとすぐさまいつ崩れてもおかしくない建物の中に入り込んでしまい、出てくる気配がなかった。
まるでやってくる終焉を達観し、覚悟しているかのようであったし、この状況に及んでも自身に降り掛かっている状況を飲み込めていないようでもあった。
だが、そのおかげかランサムは予定よりずいぶんと早くセンリアへと辿り着くことができた。
まだ文明が栄え、交易や旅人が盛んであった頃は、ランサムは人との交流を避けあえて迂回ルートを通っていた。
そのため正規のルートより時間がかかってしまうのが常であった。
しかし、この状況下では人間に出くわすこともない。
相棒である翼竜と共に終焉間近に凶悪化した魔獣を蹴散らしつつも、最短ルートでセンリアまで行くことができたのだ。
センリアの町は、中央都市で各地方都市への道が集結しているところであるためか、他の町よりも人はまだ多くいるようであった。
煉瓦造りの大通りは、奇麗に彩られたままであり、町の中央に高くそびえる時計塔から聞こえる鐘の音は、それがまだ文明が生き続けていることを教えてくれていた。
大通りを歩く人々は、この世界が終わりゆく前日であってもどこか楽しそうであった。広場でフリーモールを開催している人もいれば、ただだべり続けている人もいる、それは活気という言葉にふさわしい状態であった。
ランサムは、ベンチに座る男性に酒場の場所を聞いたが男性はただ楽しげに理解不能な返答をするだけであった。
どうやら世界の人々は、この町に集まりそして楽しく騒いで最期の時を迎える、というのが共通の感情であり認識であるようだった。
地方の町との大きな違いに驚きを覚え気分が悪くなった。人の生き死にをどう考えているのだろうか、それはまるで人間らしい生活をしているセンリアの人間こそが何か人間の皮を被った魔物のように見え、パスアルカのような辺境の町にへんくつに生きるあの男こそが人間らしく見えてしまうのであった。
気分が悪くなったランサムはどこかで休憩できるところを探そうと考えていた。それが最期の休憩であることを含めてそれは十分に考えておかなければならないことであった。
その刹那、視界が唐突に暗くなった。初めはそれは貧血の類いかと思ったがどうやらそうではないようだった。
自分の視力がおかしくなったのではなく、世界全体の色彩が失われて闇に飲まれていくような表現が正しいように思えた。
ランサムはそこでようやく空が急に暗くなったという事実に気付いた。
空を見上げると、そこには巨大な衛星が見えた。だが、それはこれまで何度も翼竜と見てきたはずの衛星とは比べ物にならないくらい紅くそして巨大だった。
落ちて来ているんだ。
ランサムは咄嗟にそう感じた。翼竜は、肩の上に止まるとその爪が強く力がはいり肉にのめり込むのが分かった。
その不気味さからこれが世界の終わりの総決算なのだと直感したが、それよりも不気味なのは人間だった。
そう例えるのが相応しいとランサムは思った。町にいる人々は、恐れるどころか騒ぎ立て、その喧噪が反響するように更なる喧噪を呼び、盛り上がりを増していた。
暗闇の中に照らされた人間のシルエットが人間ではない何かに見えてきたランサムは、早急に安心できる場所を探さなければならなかった。
翼竜は、この人間が作り出す人工的な空気に耐えきれなくなったのか翼を広げるとゆっくりと垂直に上昇すると飛び去っていった。
「こうなるとしばらくは帰ってこないな……」
ランサムは翼竜のことをよく知っていた。ペットは飼い主に似るとはよく言うが翼竜はまさにそれであった。人間臭い場所をあまり好まないのだ。その人間臭さというのはただ人間の体臭というわけではない。人間が作り出す生活環境、文明、機械など一見問題ないようなものでも翼竜はその違和感を敏感に感知してしまうのだ。なので、これまでも今のように急に飛び立っていってしまうことは何度もあった。ランサムが町から出た時や、自然に囲まれた場所にいると自然と戻ってくるのだ。ランサムも大都市の喧噪や人との会話を好む方ではなかった。しかし、翼竜と共に旅をするようになり翼竜のこの特性を知ってからはその傾向に磨きがかかっていると本人も気付いていた。これはむしろランサムが翼竜に似てきているのではないのかとも思うのだった。
飛び去った翼竜は、紅い月に照らされて非常に美しく映った。人間たちは、その様子をまるで一興であるかのように騒ぎ立てグラスを重ね合ったり、他人数で歓声をあげたりしているのであった。
ランサムはこの暗闇と人混みの中、大通りを抜けてギルド区の方への道を歩いた。ギルド区へ進むにつれ灯りの数は少なくなり、それに伴い人間の数も減っていった。
センリアのギルド区は、大陸中の主要ギルド支部が集結しており、このセンリアを本部として構えているギルドも少なくはなかった。
ランサムもこの中にあるギルドから突発的な依頼を受けては、少なくもないが多くもない金を稼ぎ生活の足しにしていた。
しかし、ギルドはほぼ解散してしまったという風の噂は、ランサムも聞いてはいた。その噂に間違いはなかったようであり、ギルド区は閑散としていた。
世界が終わる間際にギルドなんて馴れ合いをしている場合ではないだろうし、魔王との決戦で壊滅状態になったことも要因かもしれない。
あれだけ啀み合い、時に助け合い、騙し合いながらもそれぞれが特化した請け負いをしてきたギルド達が一蓮托生した結果なのだ、それは仕方ないのかもしれない。
ギルド区に入ると正面に見えるのは、センリア最大の戦士ギルド「土の伽藍」の建物だった。しかし建物に灯りはなく中に人がいるようには遠目からは確認することはできない。そういえばさっきの喧噪の中に戦士ギルドの者たちらしき人たちはいたなと思い返した。このご時世でも散開することなくやがてくる終わりを楽しむ度胸はさすが戦士というところなのだろうか。
ギルド区の中央道路に左右に続く建物は、灯りがついていないものもあれば、中には明るく暖かな光を出しているところもある。その並びの7つ目の建物である盗賊ギルドを左に折れた時である。飛び出して来た人物とブツかりそうになった。ランサムはその人物に見覚えがあった。
「ちっ……あぶねぇな。……ってランサムじゃねぇか、帰ってたのかよ」
黒い装束を身にまとい、深く被るフードから覗く目にまだあどけなさが残っている人物は、荒い口調でまくしたてた。
「エミーか、こんな時にまで盗みか?」
「いいんだよ、これがオレのここでの生き甲斐だったんだ。ほら」
ランサムがエミーと呼んだ人物は、フードを脱ぐと手に持った袋をランサムへ投げた。それはランサムがさきほどまで腰につけていたものだった。
「相変わらず見事だな……」
「じゃオレは、もっと居住区へ行くからな。最期なんだやるだけやってやる」
エミーがそう言った時にエミーの顔に一筋の光が映った。それは暗闇に走る一筋の光にエミーの持つ素材の良さも相まって非常に可愛らしい笑顔であった。ランサムは、盗賊でなければともう何度目かとも分からない思いを馳せていた。
「あぁ、もう日蝕終わりはじめてんじゃねーか、急がないと。じゃぁお疲れ、またどっかで会うことがあったらよろしくな」
音も立てずにあっという間にエミーは特有の非常に軽い今生の挨拶とともに闇の中へ溶け込んでしまった。
「俺もいい加減急がないとな」
ランサムは、その足を早めた。
道なりを進んだ先にある小高い丘の上へと辿り着いた時には、日蝕はほぼ終わりかけていた。そして日蝕の終わりは、世界の終わりの時間であることを同時に伝えることでもあった。
蝕を終えそうな空は、透き通る橙色をしており、それはこの世の全ての想いを吸収していきそうであった。
丘の先まで歩くとセンリアの町が見渡すことができる。この町では一体いくつの出会いが生まれ別れがあったのだろうか。それが全て無に帰することを考えると、これまでそのようなものとはほぼ無縁であったランサムでさえも虚しい気持ちに襲われた。
そのときランサムは風が切れる感覚を覚えた。顔をあげると、翼竜が戻ってきていた。
「お前も、長い間俺と一緒にいてくれてるな」
ランサムが優しく話しかけると翼竜は、軽く一鳴きしランサムの隣に着地した。
「お前は、俺の唯一の家族のようなもんだ。俺にはもう最期の別れをするような人も一緒に最期を楽しむような人もいない。だがな、それを悲しいことだと思ってはいない。これまで思ったこともないし、いずれこういう日が来るだろうとも思っていた。もちろんそれはこういう状況だとは想定していなかったがな。でもな、お前は違うんだよ。お前はこれまでずっと俺の傍にいてくれた。気軽に別れを告げるには、お前に情が移りすぎているんだよ」
ランサムが、翼竜の頭を撫でると翼竜は気持ち良さそうにその掌に顔をすり寄せた。
「お前には名前がないんだ。それはお前を貰った時に必要ないと思ったからだ。そもそも竜属は人間に懐くことはないんだ。中には特別な力を持ち心を通わすことのできる奴もいるようだが、俺にはそんな力がないことは明白だった。だが、お前は俺に心を開いてくれた。俺はお前に感謝しているんだ。お前がいなきゃここまでこの世界を楽しむことはできなかっただろう。お前と俺は似たような者同士だったからかもしれないな。次の人生でも会う時があったらお前に是非とも名前をつけようじゃないか。約束しよう。……あぁ見ろ、世界が終わり往く」
ランサムが指をさした先に悠然と輝く陽が膨張していくと共に輝きが増していく。はじめそれは、強いライトを当てられたような輝きであったが、少しづつ強くなっていくと世界は白に包まれていった。それは、不思議と暖かく優しい気持ちだけがランサムを覆った。意識が少しづつ朦朧としだしてたランサムが目を瞑り最期に聞こえた音は翼竜が長く鳴いている声だった。
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