終わり往く世界、歩み往く男。
千代
第1話 砂漠の街パスアルカ
君は世界の終わりの日に林檎の種子を植えるのか?
荒れ果てた荒野を往く一人の旅人。
その男はこの世界パンゲアにおいて孤高の旅人であり、かつ名の知れた存在であった。
その知名度からすり寄ってくる人は数知れずいたが、彼はその全てを拒絶した。彼においての全ては、彼と共に旅を続ける一匹の翼竜であった。
彼とその翼竜との出会いは、もう10年ほど前になる。
当時の彼は、既に無類の強さを誇ってはいたが名の知れた存在ではなかった。
なぜならば、彼を知る術が世界にはなかったからだ。
このパンゲアにおいて世界的に大々的に仰々しく行われた大陸間大会に出場した彼は、見事優勝を果たした。
初代王者として与えられたものは、なんの為にもならない称号と、この翼竜の幼体であった。
それまで一人であった彼はそれ移行、翼竜と共に旅を続けそして力をつけていった。
ただ最近、彼には大きな気がかりがあった。
それは、世界の様子がおかしいことだった。
日中だというのに空が暗くなり、惑星が光ったと思えば山脈からは火を噴き、砂漠では竜巻が発生したと思えば大雨が降ったりする。
まるで終末の世界へと突入したような感覚に陥ったのだった。
人と接し情報のやり取りをしない彼であったが、今回ばかりはさすがに情報収集へと町へと赴いた。
「まいったな……なんだこりゃあ」
彼が来たのは、砂漠の辺境パスアルカだった。
パスアルカは、大陸最大の砂漠とそれに隣接する山脈の合間にある中継地点であり、そのため旅人が多く集まり、その地域の持つ不幸な環境に反して活気がかなりあった町という記憶があったはずだった。
しかし、彼の目に飛び込んできたのは、その記憶とはかけ離れた荒れ果てた町の姿だった。
町の中央を大きく縦断している大通りは、人が通った形跡がなく砂埃に塗れ、目が痛くなりそうであった。
まるで町という生き物の抜け殻のように思えたが、しばらく歩くと旅人と冒険者の情報交換の場でもある酒場が目に入った。
彼は砂から逃げるように小走りでその酒場へと近づいた。
酒場は閉まっているように思えたが、扉を押してみたところ砂の擦れた音とともにゆっくりと開いた。
どうやら砂が店内に入らないように扉を閉ざしていただけのようだった。
だが、店内は開店休業状態であった。
カウンターの中には、タバコを吹かして座り込み、こちらに目線すら向けない齢30近くの女性がいた。
「おい……ここはどうしちまったんだ?」
その女へと声をかけると、女はタバコの煙を大きく吐き、明らかにこちらに聞こえる大きさで舌打ちをした。
「あぁ?見りゃわかんだろ。この町はおしまいだよ。あんたも早く消えな」
気怠そうに答えた女に腹が立つところではあったが、ここで怒りに身を任せたところで物事が進展するとは思えなかった。
「……邪魔したな」
そう言い、店を去ろうとした時「カーグエェ」と隣で寄り添う翼竜が一鳴きした。
どうした、と翼竜を見ると翼竜は酒場の角へと首を伸ばしていた。
その視線の先へ目を凝らすと、薄暗い店内のその更に暗い角の机に一人の男が座っていた。
男は俯いたままグラスに入ったブランデーを揺らしながらちびちび飲んでいた。
彼は自然と彼の方へと足が進んでいった。まるでそれは予めここで会うのが約束されていたかのように。
「おい、ちょっといいか……」
彼が男の前まで歩いて、声をかけたときに気付いたことがあった。
入り口に立っていた時は暗くてよく見えなかったが男の服装は、非常に整った装備であったからのだ。
砂塵に汚れていながらもその被っているカウボーイハットは非常に丈夫そうに見えた。
更にグラスを持つその腕は引き締まっており、歴戦の強者であることが簡単にみてとれた。
しかし、男は彼対して、顔を見ることもなくただグラスを握っていない方の手で机の上をコツンコツンと叩いた。
「座れってことかい」
彼は、男の向かいの椅子に座ると翼竜は彼の足下に丸まって座り込んだ。
「さて、改めてだが」
「……おいおい座って何も飲まねぇってのはないだろう」
男はようやく喋ったかと思うと、男に注文を要求した。
「それもそうか……おい!ウォッカくれ」
彼は、カウンターにいる女にそう言うと、再び舌打ちが聞こえたが、がさがさと動いている音が聞こえたのでそれが肯定の返事であると理解した。
女は、グラスにウォッカを乱暴に入れると「はいよ」と粗雑に机に置いた。
そのグラスを掴み喉へ一口流し込むと、体が一気に熱くなるのを感じた。
「じゃあ、そろそろいいか」
彼の問いかけに男は、しばらくの沈黙した後にようやく口を開いた。
「まずは名乗ってもらおうか」
「ふむ……俺の名前は、ランサムっていうんだ」
彼、いやランサムは「
「ランサム……もしかしてお前さん、そしてその翼竜、孤高の討伐者のランサムか?」
「あぁ……そう呼ぶやつもいるようだ。だがそんな異名は俺にはどうでもいいことだ」
「やはり、そうなのか。まだ、いたのか、いやそんなことはいい。俺の名前はボウデンってんだ。ガンナーをやっていた……のは昔の話だ。で、なんの用だ」
ボウデンはようやくランサムの目を見て語りかけた。
「この町はどうなって、いやそうじゃねぇ、この世界はどうなっちまってんだ?」
ランサムは正直な疑問を投げかけたつもりだった。だが、ボウデンはそれがひどくおかしく感じだようであり、くくくと忍び笑いをしだした。それはまるで陽が沈んでまた昇ることを何故なのかと質問されたかのように。
「くくく……いやぁ、なんだって?この世界はどうなっちまっただって?くくくくく……これは愉快なことを言ってくれるもんだ、討伐者様よ」
「なにかおかしいことを俺が言ったか?」
ランサムはさすがにイラつきを隠せなくなり、握るグラスに力が入る。
「なんだ……その感じじゃほんとに知らないようだな。たまには町に降りてこないと知るべきもんも知らずに時は過ぎ去るぜ」
「お前は俺に教えてるのか教えないのかどっちなんだ。御託は聞きたくない」
ランサムが声を荒げると、翼竜は顔をあげたが少し様子をみるとまた首をすぼめてくつろぎはじめた。
「落ち着けよ。お前は一人でいる時間が長過ぎたんだ。こんなんでいちいち荒れてたんじゃこの世界じゃ生きていけねぇぞ。まぁもう生きてく価値もない世界だがな」
「どういう意味だ?いい加減もったいぶるのはよせ」
「負けたんだよ俺らは」
「負けただと?」
「あぁそうだ。俺らは負けた、よって世界は滅びるんだ、あと3日後にな」
ランサムはまだこの男が冗談を言ってはぐらかそうとしているのかと思い、いい加減にしろと言いかけたが男の顔は至ってまじめだった。
「詳しく話せ」
「くくく……ここまで事情を知らないのはこのパンゲアを探してもお前さんだけじゃないか。最強にして無知か、面白いもんだ。いいだろう、教えてやる。いくら無知の討伐者様とはいえ魔王は知ってるだろう?」
「あぁそれは分かる。静寂にて圧倒の破壊神ペーニャのことだろう?」
「そうだ、俺達人間は魔王ペーニャに対して最終決戦を挑んだ。そして負けたのさ」
「なぜだ……ペーニャはその力持ってはいるが、こちらが手を出さなければ沈黙を守る存在のはずだろう」
「過程や原因なんてもはやどうでもいいんだよ。残るのは結果だけだ、過程と原因はいくらでも後で作り上げることができる」
「神はどうした、創造神メヒアがそれを静観するはずがない」
ランサムの疑問に対して、ボウデンは呆れたような顔をするとグラスに入ったブランデーを飲み干した。
「神は死んだ」
「死んだ……だと?」
「そうだ、創造神メヒアは死んだんだ。そして戦いに敗れた人類は、多くの歴戦の強者を失った。そしてペーニャは最終魔法の詠唱を終えた。」
「そんな……」
「だがな、最終魔法はその詠唱を終えたとはいえ、発動までには時間がかかる。その猶予があと3日だと言われてる」
「じゃあ、最近のこの世界の異変はすべてその影響だというのか?」
「その通りだ。もうこの世界に生き残っている人間はほとんどいない。ましてやこんな辺境の町なんかに人なんかいるわけがない」
「じゃあお前はなぜここにいるんだ」
ランサムの問いかけに対し、これまで饒舌であったボウデンが初めて言葉が詰まった。
「それは……」
ボウデンはなにか言いにくそうである様子であったが、意を決して口を開いた。
「人を……探しているんだ」
「誰を?」
「お前に言う義理はないだろう」
「言わない理由もないだろう、こんな状況だ」
「まぁそうか、別に隠す必要はない。俺は以前、共に旅をして戦った仲間を探しているんだ」
「そうか、それはすまなかったな、邪魔をしたようだ」
ランサムは、席を立とうとした。なぜならランサムは人が苦手だからである。これまで長い間、翼竜と共に暮らしてくらということもあるせいか、人と話すのは疲れてしまうのだ。そして、更に用事のある人の時間を割いてまで邪魔をするつもりも毛頭にない。
「いや、いいんだ。どうせ来ない」
ボウデンは、微笑んだ。それはさっきまでの卑しい笑いではなく、優しい微笑みだった。
「どうして分かる?」
「どうせ、この世界にはもういない」
「死んだのか?」
「まぁそんなとこだろう。最終決戦に挑む前に俺と仲間達は、毎日集い語り合い馬鹿笑いをしたこの酒場で約束をしたんだ。決戦が終わったらここで再会しようと」
「……だが、来たのはお前だけだったということか」
ランサムの問いにボウデンは答えなかった。ただ、机の上に置かれているボトルからブランデーを注ぎ足して再び飲み始めた。
「討伐者様がいれば、戦況も違っていたはずだろうよ」
ボウデンは微かな声で答えた。
「たらればは好きじゃない。そして俺を過大評価しすぎだ」
「ふんっ……そうだな。中央都市センリアへ行くといい。あそこはまだ少しは人が残っている。俺より実のある話を聞くことはできるだろう、間に合えばの話だがな」
「そうか、ありがとうな。向かってみることにする。お前はまだここにいるのか?」
ランサムは立ち上がり、ボウデンに問いかけた。翼竜はその気配を鋭く察すると、音もなく飛び上がりランサムの肩付近へと漂った。
「俺は世界の終わりをここで迎えるさ。それが奴らへの餞だろうからな」
「じゃあ、それじゃあな」
ランサムが、店員の女にお金を払うと女は無言のままそれを受け取った。世界の終わりが近づいているというのにこの女は何も思わないのだろうか。
「討伐者様は、世界の最期のその日を迎えたら何を思う。悲しいか?それともこの世界の思い出に浸るのか?」
ボウデンは相変わらず椅子に腰掛けてブランデーを飲みながら机越しに問いかけてきた。
「この世界は俺の全てだ。無に帰する時は俺も無に帰るそれだけだ」
ランサムはそう答えた。ボウデンは理解したのか分からないが、ランサムに向けて手を振った。
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