第3話

 ジンは微笑むと、ドリンクを置くための簡易テーブルへ青年を誘導する。

「簡単にルールを確認しておきましょうか。まずカードをシャッフルして、私が一枚伏せます。そしてお客様に、そのカードの色を当ててもらいます。これでよろしいでしょうか」

「あ、はい」

 ジンはデッキを青年に渡した。

「どうぞ、ご自分の目で仕掛けがないか確かめてください。一応新品をご用意しましたが、こちらが用意したデッキですと怪しまれる方も多いんですよ」

 ジンがそう言って苦笑すると、青年もつられて苦笑する。

「そうなんですか。えっと、それじゃあ」

 青年がカードを広げて確認する。もちろん、相手に渡すものにイカサマなど仕掛けてはいない。

 わざわざカードに種を仕掛けて証拠を残すような真似をしなくても、このゲームには、いくらでもイカサマを仕掛ける余地があるからだ。

 その自由度の高さが、ジンがこのゲームを好む理由だった。

 封を開けた直後、デッキを渡す直前、シャッフルしている最中、カードを伏せる時、めくる瞬間。仕込むタイミングやその順番は、時と場合によっていくらでも切り替えられる。

 シンプルゆえに応用のきくゲーム。相手を勝たすも負かすも、ジンの思い通りだった。

(まあ、せいぜい最初は勝たせてやるよ。その後は――ルーレットか大小辺りにでも引き込んでやるか。ギャンブルなんぞに足を踏み入れたら、二度と出られると思うなよ)

「あの、すみません」

 ジンがこの後の構想を練っていたとき、青年が声をかけた。

「これ、ジョーカーが混ざってるみたいなんですけど。もし、引いてしまったときはどうしましょうか」

「ああ」

 今、気がついた、とでも言うかのようにジンは声を上げる。

「これは失礼しました。その通りですね、ジョーカーは抜いておきましょう」

 青年の手から、カードを受け取りながら、ジンは少し驚いていた。

 実は、デッキから抜かないでいたのは、わざとだった。相手がジョーカーに気付く観察力があるかどうか、ジンなりの客を判断する基準だったのだ。

(このぼんやりとした兄ちゃんなら、気付かずにスルーするか、気付いても何も言わないかと思ったんだがな……。思ったよりも慎重派、ということか)

 脳内で、青年に対する警戒度を引き上げる。

 見かけで相手を判断するのは危険だと何度も学んだはずなのに、それでもこうして油断してしまう自分を戒める。

 冷静になるために、息を吐き姿勢を正すと、ジンは青年に促した。

「では、他に問題がなさそうでしたら、カードをシャッフルして頂けますか」

 青年はたどたどしく、カードを切りながら問う。

「えーと、そういえば、何を賭けるんでしょうか」

「そうですね。体験ですから、賭け金は――五百でどうでしょう」

 もともと、わざと勝たせて泥沼に引きずり込むためのゲームだし、自分のポケットマネーから出すのだから、あまり高く設定したくはない。それにあまり高額すぎて、尻ごまれても困る。

 法外な金額でなくて安心したのだろう。青年も、胸をなで下ろして言った。

「いいですよ、じゃあ五百万で」

「……え?」

 青年は切り終えたデッキをテーブルに置くと、鞄を開ける。そこには大量の札束が詰まっていた。その中から束を五つ取り出すと、重ねてジンの目の前に置いた。

 ジンは呆然とした。

「お客様、これは……」

 青年は笑っている。しかしその表情は、先ほどまでのぼんやりとした若者の顔ではなかった。

(こいつ、何を考えている……)

 ジンの本能が、警告音を鳴らす。長年、ギャンブルの世界で生き抜いてきた勘が、全力でこの勝負から逃げ出せと告げていた。

 別に、五百万程度の勝負をしたことがないわけではない。今まで蓄えた金もある。負けたところで、決して払えない額ではない。

 それでも、言い知れぬ悪寒が全身を覆っていた。

「――本当によろしいのですか。初めてのゲームで、こんな大金」

「ええ、構いませんよ。僕が負けたら、全額あなたに差し上げます」

 青年は何のためらいもなく言い放つ。

 ただし、と目を細めて付け加えた。

「僕が勝ったらお金はいりません。その代わりに、あなたの名前をもらいます」

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