文芸部
今日
第1話
文芸部がどのような部活か知ってる人は、そんなに多くないのかもしれない。少なくとも、僕が「文芸部に所属している」と言ったときは、必ず「なにそれ」の言葉を返された。
文芸部とは詩や小説などを書く部活だ。紙とペンさえあれば成り立つ部である。これだけを聞くと、帰宅部並に緩い部活のように思えるが、案外そうでもない。
小説には当然「締切」というものがある。
この「締切」がために精神を崩壊させてきた同士を僕は何度も見た。壁を殴る、ペンを折る、ノートを破りさる等々。いつもは大人しい者がこのような奇行を始めるのだから、「文芸部はキチ〇イ」などと囁かれるのだ。
ともかく、締切直前の文芸部員は危険だから近づかない方がいいとだけは警告しておく。
閑話休題。
ともかく、今日も僕は、この少し汚れた木の扉の前で頭を抱えていた。
「死のう死のうこんなクソ小説見せるわけにはいかない今すぐ原稿を抱えたまま飛び降りようそうだそうだそれがいいさっそく死のうそこの窓でいいかな――」
「おいこらそこの自殺厨。はやまるな」
ふらふらと窓の方へ進んでいた足が、襟首を掴まれたことで止まる。この声は、とザッと血の気が引く。
「死ぬなら原稿だけよこせ」
「僕の心配はないんですか!?」
振りかけられた暴言に抗議しながら振り向く。
「お前の心配? ……ああ、飛び降りはやめとけ。後始末が大変だ」
「いやいやいや」
はあ、とため息。毎度毎度、この人には調子が狂う。この人――我が文芸部のド鬼畜メガネと讃えられる、部長には。
「で、原稿をよこせとさっきから再三言っているだろうが。さっさとよこせ愚純」
……なんで僕は文芸部なんかに入ったんだ。
「言い方ひどくないですか……」
言いながら、胸の原稿をひしと抱きしめる。
「気に入らなかったか。ならば愚鈍、阿呆、間抜け、頓馬、荒唐無稽、薄野呂、愚か者。どうだ、好きなものを選べ」
「いや言い方ってそういうことじゃなくて」
「何でもいいから原稿をよこせ愚劣」
「まだ愚鈍シリーズあったんですか……」
歩く類語辞典かよ。
「さあ。お前の小説を読ませろ」
部長が僕の腕の中の紙束を指さす。そろそろ逃げられないな。僕は腕と腹に力を入れた。
「その小説のことなんですが、昨夜四時ごろまで大奮闘した結果、なんとか書き上がりはしたのですが、所謂『深夜テンション』という悪魔に襲われたようでしてはい、とてもお見せできるような代物ではなく、それ故に今この場で部長に原稿を渡してしまうことに強い抵抗があると言いますか――」
「いいからよこせ」
「ウイッス」
無念。実に無念。
部長の手へ渡った小説を見ながら、僕はただ涙目で震えた。
無言でページを捲る部長に、そわそわと立ち尽くす僕。静かすぎて耳が痛い。紙が擦れる音にいちいち身を震わせ、部長の目が動くたびに息を詰まらせる。そんな感じの精神状態。
「……ふむ」
部長がスッと顔を上げる。うわああ緊張する。どうせまた怒られるんだろうけど。ちょっとだけ、ちょっとだけね。希望を持ってみたくなるじゃないですか。
「深夜テンションがバレバレだな」
「……ですよね」
ああ……希望なんてなかった……。わかってたけど。
部長が紙束を突き返す。受け取る僕。この原稿、今すぐ燃やしたい。切り刻みたい。丸めて肥料にでもしたい。
「だがまあ、いいんじゃないか。おもしろい」
「ふえっ?」
唐突に言われ、思わず気の抜けた声が出た。
告げられた言葉が、じわじわ胸に染みてくる。
「……まじですか」
「そうだな」
「……ありがとう、ございます」
「うむ」
当たり前のように頷く部長。
「……じゃあ、次はもっといいの書いてくるので」
「期待する」
あれ、自分で自分の首を絞めてしまった……何やってんだか僕は。ちょっと褒められただけでいい気になっちゃって。
まったく。
これだからやめられないんだ。小説を書くのは。
文芸部 今日 @kehu
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