* * * * * *
それは
女は
やや性差別に過ぎますか? しかし性愛に
オズは困っていた。子供たちに銃が支給されてからというもの、精通を迎えた男の子たちはみな互いの性器を弄り合ってばかりいるのだ。あるいは無線電話の電池を消費して恋愛ごっこの長電話に終始したり。部隊は機能しておらず、街に行って手頃な暴力(すなわち銃)で相手を組み敷かせたり。その
華子は居場所の無い子供たちの居場所を作ってやりたかった。しかし、激しい暴力が遠くで執り行われている中で、その火の粉が自分たちに降りかかると想像できなければ。自分の行動が何の意味をもたらすのか理解できなければ。ただ棒を以って快感原則に従うのみである。白い蚕が蠢いて桑の葉を食んでいる。
「華子には相談できない……」
と、白い染みのかけられた自分の農民服を洗いながら、オズは悔し涙を飲んで呟いた。私は任せられたのだから。いつまでも子供で居られない。
くたびれた白のアオババ(それでもオズにとっては精いっぱいの小奇麗な余所行きなのであった)に着替えて洗濯物を干すと、
『
Knock Knock
扉に立ってノックした。反応は無かった。そっと開けて中を覗く。
「ぼうしやー、……いないのか?」
辺りは嫌に静かだった。戦争が起きているとは、思えないくらい。室の中は日蔭になって冷たく、笠を取った。散乱する工具や修理途中のジープ、色んな部品が散らばるなか、何かを引き摺った痕が残っていて、オズは、ひたひたとそれを辿った。
床に取っ手が付いていて、痕はそこで途切れていた。ガレージ天井の電灯が一瞬暗がり、また明滅する。オズは力いっぱい引っ張ると、重たい音を立てながら階段が現れて、それをゆっくりと降りた。
……大丈夫。怖くない、怖くない……
隠し持った拳銃の在り処に縋りながら、オズは重く閉じられた扉の前に立っていた。窓は無くて中の様子は分からなかった。帽子屋? 小さく呟いたが音も通らなかった。焦げるような感じがした。思い立って、思い切って、呼吸を整えてから、オズはその扉をノックした。
Knock Knock
しばらく何も起きなかった。やや拍子抜けしていると、重い扉が少しだけ開いて、顔を覗かせて言う声があった。
「――お前か?」
それは有栖だった。オズは安堵しながらも顔をしかめてやった。
「帽子屋を探してたんだよ。あんたが居るとは思わなかった」
「ノックしたのは褒めてやるよ。どうせ鍵はかかってたけど」
「あんたこそ、こんなところで何してたのさ」
有栖はオズの服装を一瞥して嗤った。
「なんだ、その格好。どん百姓の田舎娘が、必死に背伸びしたみたいだな」
「だって他に持ってないんだもん」
「奴に用があるなら聞いてやるよ。上で待ってろ」
有栖がそう言うと扉は閉まった。オズは言われた通り地上で待ってやる事にした。安心したら、腹が鳴ったのでオズは誰に聞かれるでもなく赤面した。
扉の閉まる音がして、有栖が地下から昇ってきた。やけに清潔に見えた。汚れ一つない白のワンピースに、すらりと伸びる脚。履き慣れた赤のピンヒール。黒檀の長髪。汗や土遊びに薄汚れた自分の手足や泥の付いた黒ズボンなんかといちいち対比させられて、気に障った。地下への扉がばたりと閉じられた。有栖は地べたに座ってオズもそうした。
「あいつに何か用か?」
「……相談があって……」
「なんだ? あの蚕場を任されたのがそんなに苦痛か? 大した指揮官さんだ」
「だって、どうすればいいのかなんて分からないし、――あんただって、絹がどうこう言ってた割には、全然あそこに来ないじゃん」
「おや、ボクを頼りにしてたのか? 蚕はもうお前の部下たちに任せてあるよ。ブリキとカカシとライオンさ」
「信頼関係ってわけ?」
いいや、と有栖が否定してオズは意外に思った。有栖は鼻で笑って続けた。
「当ててやるよ。お前が何度言って聞かせても、餓鬼どもが全然言う事を聞かないんだろ? 当然だよ、アメもムチも無いんだから。ヒトってやつは、どうでもいい人間の事なんて気にする義理も余裕も無いんだからな」
「あたしに人望が無いって?」
言いながらオズは痛感していた。この道化の言う事は当たっている。子供たちは華子の言う事はよく聞くし、従う。手続き上、私が班長になったからって、子供はよく人間を見て従う者を選んでいる。
華子と道化にはそれがある。人を惹き付ける魅力や、すなわちカリスマの事だ。
「お前、馬鹿にされてんだよ。犬を飼った事は? 奴らは集団の中で自分を位置づけする。高位の者には従うし、低位の者は露骨に足蹴にする。あの餓鬼ども、ほとんどが男だったか? お前はその意味で
「じゃあ、どうすれば」
「価値を売る。誘惑してやる。媚態を見せる。褒美をやる。そのどれもお前には無理だな。女(男性性に消費される表象としての女)としての自覚が無いから」
オズは苛付いた。そんな事は分かってる。それにそんな事をする気は毛頭ない。媚びるくらいなら辞めた方がマシだ。
「相手を従わせる、ほとんど唯一と言って良い単純かつ手軽な手段。知りたいか?」
オズは促されてつい頷いてしまった。
「恐怖と、不安だよ」
あまり飲み込めない様子だったので、有栖は続けた。
「赤ん坊ってのは、おかーさんのおっぱいが飲みたいわけだ。だから母親以外に抱かれていると泣き出しちまう。しかし安心を与え続けると、いつまでも乳離れが出来なくなる。口唇期固着だな。母親から離れても不安を覚えないようにセルフ・コントロールするようになる事を、自立だとか大人になる、と言える。……赤ん坊がやる遊び、知ってるか? 人形でも毛糸玉でも、まあなんだっていいが、まずそれを置いてだ。ちょっとずつ離れていって、不安になったらそれを取りに戻るんだよ。その距離をだんだん延ばしていって、それに頼らなくても大丈夫だって事を学習する。そうやって安心を覚えるように発達するわけだな、人は」
「はあ、」
「真面目に聞けよ。つまりニンゲンは安心を快だと思って行動するって事だ。じゃあ不安になったらどうする? 安心する為の行動を取るんだろ? 例を出してみるか。お前に好きな人が居るとしてだ。相手の気持ちが分からないから、どう思われてるか不安になるだろ? 想像したりして補填しようとするが、でも結局分からないから、相手の行動を逐一観察したり、言葉の節々からその心理を読み取ろうと『する』だろ? 或いはちょっと髪型を変えてみたり、お洒落や化粧に気を遣ってみて、相手の反応を見るだろ? 要はそこだよ。読めない相手に対しては『とにかく何かしてみる』んだ、人は」
「あの三人にも、それを?」
「ま、ある意味では」
オズは少しずつ言っている事が分かってきた。有栖は相手の理解度に合わせて続けた。
「だから具体的は、華子は慕われているんだから。問題行動があれば、報告してやると脅せばいい。脅すと言っても当然だろ? お前は監督の権限を与えられているんだから。言葉だけじゃ説得力が無いから、一回実際にやってみりゃいい。歩哨中に寝てたとか、街で暴れたとか、何があったか知らないが。虎の威を借りればいいのさ。お前に無い物はどうしたって無いんだから、在る所から汲んできて使えば良いんだよ。不安を与えて、統制する。そうすりゃ連中もお前に従うだろう」
「そうかな。喧嘩になるんじゃ……」
「だから、お前頭悪いな、相手のレベルに合わせてやるなよ。お前に出来るのは仏頂面と周りに打ち解けられない社交性の低さなんだから、それを有効活用しなきゃ。華子だって言わばその辺を見てお前をリーダーに選んだのかもしれないぜ。年長って事もあるだろうが。だいたい他の餓鬼どもに比べて身体はでかいんだから、向こうにとっちゃお前は大人だぜ。取っ組み合いで打ち負かす自信も無いのか?」
あー、とオズは呆けた声を出した。納得したようだった。有栖は鼻で笑ってみせた。
「で。帽子屋にまだ用はあるのか?」
「ううん、」
オズは話に納得して素直に答えた。とにかく、やってみなきゃ。という考えで頭が支配された。オズは立ち上がって、出口で振り返って少し恥ずかしそうに言った。
「……またなんかあったら、相談に来ても?」
有栖は顔を歪めて(オズには笑っているように見えた)「気が向いたらな」と答えた。それで充分なようだった。手を振って別れると、有栖はしばらくそこに座っていた。笑いが込み上げた。
「やっぱり子供だ。ちょっと優しくすりゃ、すぐに友達だと思ってやがる。ボクが必要なのはこの程度の話じゃないんだ。誰も、彼も、ボクの言葉に従わせる方法が……、従順な奴隷を依存させる方法が。何もかも思い通りにしてしまうメソッドが。人を操るやり方が。存在しているはずなんだ、この世界には」
そして有栖は半ばそれを知っていた。資本家と労働者。命令に従い死にに行く兵隊。どうやって相手の精神を破壊せず、侵食せず、腐敗させず、その美しさを保ったまま、隷属させる事が出来るのか。文字列は表面的で流れるようだがその深層で何が実行されているか、上部構造の言葉の手続きは何をプロトコルしているのか。それは脳の仕組みです。或いは魂と呼ばれる物の。松果体は精神と肉体を取り次ぐそうだが脳内の物理的・薬理的作用が何故精神と呼ばれるものに影響を及ぼすのか。それは精神が現象であり、まやかしに過ぎない事も有栖はよく分かっていた。
死体を繋ぎ合せても魂は生まれない。青い電燈の光や赤い炎も魂と同じ現象であるから、脳が必要であるようにその容れ物や蝋燭自体を必要とする。文字は容れ物であって、魂そのものではない。
問.この時、作者の考えていた事を答えなさい。(六点)
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