* * * * * *

 あのバラック小屋だ。と華子が呟いた。暗い森の中に佇むのは木造の建築構造で、人の気配はせずにしんとしていた。

「この中で いちばん射撃の上手かった奴は?」

子供たちに向かって訊ねた。誰が言うでもなく一人の三つ編みの少女が選び出されて、OK。と華子は彼女の身長(三尺四寸)ほどもあるカルカノ小銃を手渡した。

「使い方は分かるな? 安全装置はここ。一発撃つ事に槓桿ボルトを操作して、弾倉を撃ち切ったら挿弾子エンブロック・クリップを差し込む」

「大統領を殺した銃?」

「そうだ。お前にはこれだ、ジャック・ルビー」

「重い槍だな」

有栖はモデル97トレンチガンを受け取ると、銃剣を装着し、12ゲージ散弾をいくつか弾帯バンダリアに収納した。華子もレイジング短機関銃の槓桿を引いて、銃床を展開する。もう二人の子供にチェッコ機銃を持たせた。

「おれとピエロが先行する。お前たちはここで待機。みんな手信号ハンドシグナルは覚えてるな? 合図があるか、銃声がするまで撃つな」

華子は言って、狐の面を被った。有栖も髪を結って道化の化粧を施しその印象インプレッションを変えた。

「あの幸せウサギオズワルド、僕らを撃ちゃしないだろうな」

 地雷や罠の類は仕掛けられていないようだ。フランスの入植者の家だったらしい? 桑の木から木漏れ日が差す。洋式のように思える。記述できないのはその為の語彙が足りていないから。映像や描画は像を正確に視覚化するために数学の技法を用いるが文章とは単語を文法によって配置し、そして想像を促す神経伝達物質として作用するものである。窓は破壊されていない。要点は、カーテンは風化しておらず、そこから中を覗き見ることは出来ない。

 色とは興奮。だが有栖は色盲だった。


 手持ちの弾倉は二つ。予備サイドアームには尺取虫ルガー

 有栖は散弾銃の銃剣のをうっとり眺めた。

 誰か居ると思う? 有栖は訊ねた。

 関係ないことだ。 華子は答えた。

 二人はドアに近付くと銅製のノブを静かに捻って、見合わせると、一息に蹴り開けて小銃を腰だめに構えた。人間の気配はその内部には無かった。そして獣の匂いがした――それから短い鳴き声。

 鳴き声?

――猿だ! と叫んだ。それらは家の内部で発狂している。華子は左手でナタを抜くと牙と爪とを剥き出しにして飛びかかってくるの首を刎ねた。(脳症を起こしてる?)ちょん切っておしまいOff with their heads

 猿だ! もう一度聞こえた。それは階級構造ヒエラルキーを持つ集団コロニーを形成している。数は二〇を超えるだろうか。そのが、一斉になって襲いかかってくる。有栖は引金を絞った。

 ずどん、と重い銃声がひとつ響いて、猿たちは一瞬だけ躊躇たじろいだ。しかしボス猿の監視の下にあるためか、死という概念を知らないほど知能が幼いのか、発狂しているためか、突撃は再開された。華子もレイジングの持ち上がるライジング銃口を抑えながら、弾倉を空にするまで横に薙いだ。有栖も夢中で引金を絞りながら先台フォアエンドを前後運動した。

 体躯の大きいボスが、のっそりと動いた。狂った猿もいくつか怯えて逃げ出した。ボスが両腕を高く掲げてその権力を誇示し喚き散らすと、風の入り込んだ(カーテンは静かに煽られた)窓から銃弾が一発、そのこめかみを撃ち抜いて床を赤に染めた。


「だから誰も近付かなかったんだな」

華子は指笛を吹くと(それは射撃終了の合図だ)、窓から覗いて集合の手信号を出した。その表情は緊張や興奮、或いは恐怖というよりも、単にという感じだった。

「まずは、掃除しなきゃならん。酷い匂いだ」

「ここを中継地にするんだね」

「ああ。ここはオズワルドに率いさせよう。ボスを殺したのは奴だ」

死にかけの震える猿を銃剣で突いて止めを刺した。人を殺すよりは楽な仕事だ。

 しばらくは猿粥だろう。子供たちも集まってきた。華子はそれに指示を出している。僕は――有栖は、家の中をしばらくうろついていると、その奥にいくつかの広い作業室がある事に気付く。

 それらはまだ機能するように作られていた。シクシクと草を食む音が鳴っていることが、しだいに分かってくる。平べったい棚が室内部にいくつも敷き詰められていて、無数の雪のような白さが新鮮な桑の葉の上に蠢いていることが見て取れる。

――ここは、放棄された蚕屋だ。それも、恐らく最近まで。有栖の鼓動は鳴っていた。

「養蚕、か? 桑子が幼虫か蛹なら糧食にはなるな」

華子が実際的な意見を呟いたが、有栖は別の考えをしていた。

 ここでは、すなわち絹が作れる。アオザイも、シルクの寝具だって。ウェディング・ドレスも自分で作ればいい。蚕は唯一家畜化された昆虫で、成虫は生きるための口吻を持たない。卵を産み役割を終えれば、ただ飢えて死んでいくだけ。その価値は即ち繭のみにある。そのようにのだ。翅の飛翔筋は退化しており飛び立つ逃げ出す事は出来ず、人間の管理なしでは生きることが出来ない。

 なんと完成された昆虫だろう。と、有栖は思っていた。放棄されたゆえに成虫へ完全変態したであろう蚕蛾のシロウサギを想わせる白い羽毛たちは、鱗粉を散らして死んでいた。

 道化は、蚕の幼体を一つ摘まみ持ち上げると、口に含み――それが全身をいっぱいに使ってもがき蠢くのを口内で充分に堪能したのち、噛み潰した感触にニタリと笑みを浮かべていた。

<rêvez doucement>

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