第10話 八方美人の僕と性格ブスの彼女(僕 中学3年生)『希薄な赤い糸・男子編』
その言葉には、疑惑(ぎわく)と嫉妬(しっと)と蔑(さげす)み、そして望(のぞ)みと素直(すなお)さが見えていた。
【あんた、私をやめて、他の女子にしたの?】
どうにか、自分の将来への気持ちの持ち様をイメージし始めた頃、彼女から意味不明のメールが届いた。
スマートフォンに届いたメール文から察(さっ)するところ、僕が彼女を諦(あきら)めて、他の女子を好きになったという事なのだろうか?
それとも、僕には彼女以外にも、好きな女子がいて、その子と宜(よろ)しく浮気(うわき)というか、二股(ふたまた)を掛けているっていう疑(うたが)いの意味だろか?
僕を嫌(きら)っているなら、僕を無視できるチャンスだろうに、態々(わざわざ)疑惑(ぎわく)解消の確認メールを寄越(よこ)して来るなんて、ラブコールの催促(さいそく)なのだろうか?
僕は、彼女だけを一途(いちず)に惚(ほ)れ抜(ぬ)いている、僕以外の僕を知らない。
(僕以外の僕が、好きになった女の子は、いったい誰だ?)
そんな逆も有りな、僕を好きになってくれた奇特(きとく)な女子がいるのだろうか?
それはそれで、非常に喜(よろこ)ばしい事だけれど、残念ながら、『ごめんなさい』だ。
【違(ちが)うけれど、なぜ、そう思うわけ?】
コーラス祭以来、僕に話し掛けてくる女子が多くなった気がする。
みんなの僕に対する評価が、美術系オタクっぽいのから脱して、意外と明るい奴(やつ)に変わって来たって感じだった。
いや、以前から根暗(ねくら)じゃないし、男の友達は多かったから、女子ウケが良くなったって事かな?
長距離を歩いた野外学習では、連(つる)む仲間達と彼女を見失わない程度の距離を保(たも)ちながら、彼女のテンポに合わせてダラダラと歩いた。
仲間達は、僕と彼女の関係状態を理解していて、彼女を話題にする事は少ないけれど、歩きながら次々と加わって来た女子達は、『彼女と、歩かないのぉ~』や、『あっ、あんな前を歩いているよ。呼(よ)んでこようか?』と、彼女ネタでからかい捲(ま)くり、僕が、『やめてくれ』と、断(ことわ)ると、『あんた達って、どんな関係なの?』と、僕をイジりながら核心(かくしん)を訊(き)いてくる。
彼女との関係を訊かれて悪い気はしないが、話せるような浮いたり、翔(と)んだりした内容は無く、彼女についても語(かた)るわけにいかない。
結局、コーラス祭で僕の歌に込めた想いをテーマして盛(も)り上りながら、十五、六人ほどのグループになってゴールした。
*
【あんた、八方美人(はっぽうびじん)でしょう?】
また、彼女から根拠(こんきょ)不明の決め付けメールが来た。
直ぐに返信するけれど、慎重(しんちょう)に言葉を選(えら)ぶ。
【……そうかも知れない。そんなところが、有ると思う。でも、……なぜ、そう思うの?】
少し迷ったけれど、八方美人だと認(みと)めたらどうなるだろうと、 彼女の反応を知りたかった。
【あんたのクラスに、まわりから嫌(きら)われて、避けられている、三人の女子がいるでしょう。あんたがその子らと、いっしょに帰っているって、噂(うわさ)になっているよ】
確かに、三人の女子達と帰りがいっしょになる事は有る。
【それで?】
悪い予感がした。
【この前、見たよ。その、三人の女子と、あんたが、教室で楽しそうに話しているのをさ】
後の展開が読めそうだ。
どうせ彼女は、誤解した勝手な想像を発展させていると思った。
誤解を押し通して、僕にとって悲しい結末に持って行くのだろうか?
それとも、誤解が誤解を招(まね)いて、互いの憤慨で終了させるつもりなのか?
先日、なんの前フリもなく、問われた。
【あんたの、ブス判断はなんなの? 顔? スタイル? そんな、外観重視?】
(ブスの判断基準? なんだぁ~? 彼女に何か有ったのか?)
【性格ブスのほうが、余っ程(よっぽど)、醜(みにく)いと思うけどなぁ】
間(かん)髪(ぱつ)を置かず、直ぐに返信していたけれど、質問の出(で)所(どころ)が気になっていた。
ブスの判断……、ブスとの境界……、それは、とても曖昧(あいまい)だろう。
どんなに外見が綺麗でなくても、必ず、魅力的な表情や仕種(しぐさ)が有る。
それは、一瞬かも知れないけれど、美しいとか、可愛いと思えたら、価値観や感覚の問題かも知れないけれど、もう一度、その一瞬を見たいとか、感じたいとか、僕は思ってしまう。
だが、天邪鬼(あまのじゃく)的(てき)な性格ブスや、暴力と罵(ののし)りを伴う性格破綻者(はたんしゃ)は、堪ったものじゃない。
どんなに超絶美人で、チョー可愛い子でも、屈折し過ぎの性格を、僕好みにする自信は無いし、矯正させる根気も全く無い。
そして彼女は性格ブスではないし、性格破綻者とも違う。
彼女は、自分自身をどう分析しているのか知らないが、絶対に性格ブスじゃない。
(こんな、つまらない疑惑の裏付けの為に、質問されたのか……)
【君には、どう見えたの?】
バカバカしいと思いながら、彼女に問う。
気移りの口実(こうじつ)を作り、難癖(なんくせ)を付けて、彼女は、僕を突き放す機会(きかい)にしようとしているのかも知れない。
【親しそうに見えた。付き合っているんじゃないかって?】
(3対1でデートですか? 僕を持ち回りするデートなわけ?)
それは、ムリが有るだろう。
僕は笑ってしまいそうで、この会話が電話じゃなくて、メールで良かったと思う。
【三人と?】
僕って、どれだけ色ボケなんだ?
(マジで、そう思われていたら、凄く悲しいぞ!)
彼女の狙うオチは、やはり、お別れなのか?
【そう……】
アニメやラノベで有るまいし、彼女は3対1のデートで、どんなシチュエーションになると考えているのだろう?
本当に、そう考えているのなら、心の渇(かわ)いた寂しい人だ。
だけど彼女は、そんな心根の狭い女性じゃない。
【でね、思ったの。あんたは、誰でも、好きになるんだなって?】
八方美人は、彼女にとって、気が多くて節操(せっそう)の無い好色(こうしょく)な奴と、意味と同義語なのか?
大体、誰でも好きになるはずがないだろう。
僕にだって、好き嫌いは有る。
それに親しいと、好きとは似ているけど、恋と同じじゃない。
【あの子達は、みんなに嫌われているじゃない。あんたは、そんな子らと仲良しで、良く付き合っているなって?】
さらっと、酷い事を伝えて来る。
(それは、言い方も、言う心も、悲しいだろう)
それが、どんなに悲しくて寂しいことだと、彼女は気付いていないのだろうか?
彼女達の何を知っていて、嫌われていると言うのだろうか?
(なぜ、こんなメールを寄越すんだ? 僕は、君から虚しさを感じたくない)
【みんなじゃない。嫌っていない人達もいるよ】
避けたり嫌っているようにしているのは、クラスの男子の1部と、その取り巻きの女子達だけだ。
少なくとも、クラスの過半数以上はそうじゃない。
みんなは、日常を楽しそうにしているけれど、気持ちはストレスで一杯だ。
誰も、彼もが、いつも、ストレスの捌(は)け口を求めている。
ストレスの原因は多くて、些細(ささい)で単純な発端(ほったん)のそれらが、複雑に入り混じっている。
勉強、成績、学校、先生、部活、友達、異性、親、兄弟、姉妹、家族、親族、病気、将来、金銭、社会、そして、自分自身、全部が不安と不満だらけだ。
それは自分次第の、自分が招いた結果や自分の気持ちの持ち様なのに、自分が不幸だと思う事の全てを他人の所為にしたいと思う。
だから、身近に解消できる捌け口を求める。
一瞬、一時(いっとき)だけの解消だと分かっていても、求め続けてしまう。
中学校の3年間で僕達は、まだ知りたくないのに、ちょっぴり、世の中の出来事や仕組みを知ってしまう。
ちょっとずつ、世の中が自分に入って来て、自分が、混沌(こんとん)として不浄と不条理だらけの世の中の仕組みへ、だんだんと、組み込まれて行くのを知ってしまう。
自分も、家族も、学校も、こんなに規則だらけでも、少しも良くならない薄幸(はっこう)な社会の1部で、その、1部になってしまうのに、抗(あらが)えない自分の将来を知る。
僕達のストレス解消は、和と察しの楽しい事に向けれなければ、卑劣な暴力や惨めな虐待や哀れな窃盗などの、薄い思考の単純で簡単な事ばかりへ向けてしまう。
三人の女子達は、見下して優越感を持ちたいという慰(なぐさ)みに、虐(いじ)める対象になった。
虐めや暴力は、連鎖し過激になって行く。
酷くなると、死に追い遣るだろうし、死に至る報復も有るだろう。でも、一方的に虐めるのは楽しい。
虐め方を変えて、更に、相手が嫌がったり、苦しみ悶(もだ)えるのが予想通りなら、尚更(なおさら)、楽しくて止められない。
いっしょにいるのも、1学年の短い間だけかも知れないのに。こんな、ちっぽけな教室でも、格差の優越感を得る為だけの虐めをする。
散らしても、散らしても、不満や不安は集まり、溜まって行くだけなのに……。
--------------------
先週の休みの日、朝から、お袋と妹は出掛けていて、遅(おそ)い朝飯が親父といっしょになった。
できあがった親父の分のピザトーストを持って行きながら、ちょっと、気になっていた事を親父に話してみる。
「ねぇ、ちょっと訊くけど、お父さんは中学校や高校で、虐めたり、虐められたりした事が、有るの?」
親父は、テーブルに置かれたばかりの皿から、熱々のピザトーストを取り上げて一口(ひとくち)齧(かじ)ると、話し出した。
「虐められても、先生や警察に知らせるんじゃないぞ。知らせて助けを求めても、何の、解決に至らないからな」
親父の経験を聞こうと思っていたのに、いきなり、ヘルプの話しで来た。
「どうして、先生じゃ、助けにならない?」
親父の口火(くちび)の言葉に、直感的に分かってる事への裏付けを得ようとする。
「先生は逃げるからだよ。虐めが有っても、知らん顔をして、嘘を吐き、無かった事にするんだ。自分の身を守りたいだけで、虐めの被害を無視したい気の小さい連中さ」
確かに、そういう弱さが、クラスを受け持つ先生達には有ると感じていた。
「なあ、先生達には、タバコを吸う人が多いだろう?」
話の繋がりが、よく分からないけれど、僕は頷く。
基本、職員室や校長室を含めて、学校の校舎内及び敷地内は禁煙となっているから、喫煙者の先生達は、周囲の道路へ行ってタバコを吸っている。
その姿は、校舎の上階の教室からは丸見えで、巷(ちまた)で盛んに禁煙を叫ばれ、不買を推奨(すいしょう)されている百害(ひゃくがい)有って一利(いちり)無しのタバコを、未成年で購入と喫煙を法律によって禁じられている生徒達の前で、教育者である先生達が吸うのを、全生徒が疑問に思っていた。
「俺は、タバコを吸う奴等を、弱い人間だと考えているんだ。虚勢(きょせい)を張って気の小ささを誤魔化している、神経質な奴だと思う。不利な事に直面したり、危(あや)うい立場になると、最後には逃げたり、裏切ったりする。そんな、信用できない奴等だと思っている。だから、就業時間中でも、平気でタバコを吸いに喫煙場所へ行ってサボるんだ。一日に何回、吸いに行くんだろうなあ? その、吸いに行って戻るまでの時間は、何分ぐらいで、1年間の合計は、どれだけになるのだろうなあ? 顔認証カメラシステムと連動する集計ソフトのシステムで、喫煙時間の対価となる金額を、報酬から減額すれば良いんだ。そうしなければ、タバコを吸わないで、真面目に就業している人達には、不平等だと、俺は考える」
喫煙する先生の中には、外来者用を兼(か)ねる職員便所で、不良生徒のようにタバコを吸う人がいて、職員便所の前までタバコの臭いで満ちている。
その姿の惨めさと自制できない時点で、恥知らずの教員失格者だろう。
教員失格者は、例(たと)え厳格(げんかく)な態度で優しく、それに親しみ易くても、それは上辺(うわべ)だけの装(よそお)いで中身は陰湿(いんしつ)さと厭らしさを一杯に詰め込んでいる人間だ。
喫煙の先生は衣服、頭髪、職員室の机回り、持ち物からもタバコの臭いがして、近くへ行くのを嫌う生徒は多い。
授業で教室へ入って来るだけで、タバコの嫌な臭いが漂い、机間の通路を歩かれるのは、下痢便やドブ臭を嗅(か)がされるみたいで止めて欲しい。
故に、多くの生徒達は、悪臭の残り香の事も有って、タバコを吸う先生には、例え、授業や担任でも、教室に入って来てもらいたくなかった。
(親父は、神経質な人達と言っているが、僕は、無神経だと思っている。どうせ、家族の前でも、小さな子供の前でも、『気遣いをしている』と、言いながらも、自分の気分次第で、平気で吸っているのだろう)
駅などの公共施設や周辺に喫煙場所としての簡易な建物や囲(かこ)いが設(もう)けられているが、其処はタバコを吸わない者から見れば、惨(みじ)めったらしい姿の大きな単細胞が、逃げ出せない柵(さく)の中に集まってプスプスと煙を出すだけの、近付きたくない場所にしか思えない。
「喫煙者への減棒や、禁煙者へ喫煙時間の対価額の手当支給が出来ないのなら、分煙を徹底すべきだろう。喫煙者だけを集めて就労させる吸排気を徹底分離した棟や部屋で、タバコを吸いながらの就労をさせるようにすれば良いんだ。報告、連絡、相談などは、社内ネットのパソコンを活用するなら、あまり、支障な無いと考えている」
要は、喫煙を我慢できない先生は、自分に甘くて弱い、そして、立場を弁(わきま)えない、そんな神経質だが、無神経な人格者ばかりだから、全く信用ができないって事だ。
「話が脱線気味な先生の喫煙から初めてしまったが、話の筋を修正するぞ!」
僕は、また頷く。
「最高学歴まで、学校という閉鎖空間を卒業して、また、閉鎖空間の学校へ、先生として就職……。閉鎖空間名『学校組織』の頂点位置付近に君臨する存在、それが先生職だ。虐めなんか、どっち側へでも裁定できるし、見て見ぬ振りもできる。気分次第で、自らが生徒を虐めたり、蔑(さげす)むのも、至極(しごく)簡単。3年間、一人の生徒を虐め抜くのも面白(おもしろ)いという輩が、沢山いる職業だからさ」
先生達が放つ、薄い経験値の不確実で浅はかな、諭しもどきの言葉。
授業のカリキュラムさえ教えていればいいものを、思春期の児童達や生徒達の無垢(むく)な人生へ圧(お)し付けて刷(す)り込んで来る、道徳意外の借り物と偽物(にせもの)の余計な御世話的指導。
「視野も、経験範囲も狭い、単一線上の考えや判断しかできない先生達が、虐められっ子を、しっかり助けられると思うか? まあ、無理だね。せいぜい、虐めていた連中を集めて注意程度に叱り、そして、反省文を書かせたら、御仕舞い……、それが何になる! 効果なんて無いだろう」
先生になる人達は、どれだけの生き様や人生に限界を感じて、それを超えようとしたのだろう?
真剣に苦しんで、深く悩んだ挙句、デッドラインに迫るほどの体験をして来たのだろうか?
肉体的や精神的なプレッシャーから、人生を諦めるくらいに追い込まれた経験はしたのだろうか?
そんな、バックグラウンドも無しに、他人の心の痛みが解(わか)かるというのだろうか?
死を選ぼうとするほどの人の痛みを知ろうとする洞察の思考や覚悟が有るのだろうか?
僕は、疑(うたが)ってしまう。
「いろいろな公的なケア機関が在るみたいだけど、公務的な団体の職務じゃ、どれも先生と同レベルさ。たった一人の、虐めの抜本(ばっぽん)的な解決にも至らない。今どき、どれだけの大人が、子供達の道標になれるのだろうな? 教員や先生は大勢いても、教師や教諭は、ほんのちょっぴりだけだろう」
一つでも、他人に語れるような人生の深遠を経験していれば、軽はずみで薄っぺらな言葉や態度は、言えないし、執(と)れないはずだ。
虐められている生徒が、受け続ける絶望を退(しりぞ)かせる勇気を持たせる為に、先生達はいったい何を経験して学んでいるのだろう?
「中国語で『先生』は、名前の後ろに、尊重の意で添える『~さん』や『~くん』と同じ。日本語の『先生』は、『教師、老師』と呼ばれて、『老師』は、尊敬の気持ちが含まれている。日本での『先生』は、敬(うやま)う人への呼び掛けなのに、学校の先生になっている彼らは、本当に敬える人達なのか? 『先生』の意味の掛け違いか、勘違いかも知れないなぁ」
親父は、『先生』を尊敬的でなくて、尊重的でしかないと言っている。
確かに、そうかも知れない。
日本語の『先生』は、学校で義務教育を学習させてくれる『教員さん』だ。
閉鎖空間で得た経験の対処マニュアル的な諭しや指導は、感情に偏(かたよ)ってばかりで、先生が話す言葉や指導に、悟(さと)りや魂なんて籠(こ)められない気がしてしまう。
(そんな先生達の、判断や評価が、個々の生徒の、将来を左右しているんだ……)
どんなに、個性や才能が秀(ひい)でていても、それが、教育方針に合わないだけで、要注意対象にされてしまう。そして、先生の碌(ろく)に熟考(じゅっこう)もしていない要注意評価を受け入れて、我(わ)が子が病(や)んでいると嘆(なげ)き、軽はずみな矯正をしてしまうような、薄い考えしか出来ない親が多い。
小中学校や高校では異端児扱いされ、大学で才能が発現すれば逸材(いっざい)と持て囃される。
個性に問題が有るとされて、矯正された子供達の刈(か)り取られた才能は、どうしてくれるのだろう?
良し悪しの評価を、軽く決め付けてしまう元凶の先生達は、その、浅はかな判断の行く末に、責任を負(お)う覚悟が有るのだろうか?
在学中の当事者としては、全く、遣り切れなくて、詰まらない現実だと思う。
納得いかないところが多いのか、親父の話は終わらない。
「専守防衛的な警察は、非情や悲惨な結末を迎えて、事件性を帯びないと、勇(いさ)ましく出て来て横柄な態度で対処してくれないから、虐められていた子が反撃して、虐めていた子達に危害を与えると、経緯(けいい)や動機なんか、そっちのけで、事件性と罪は虐められていた子に起因するという、理不尽(りふじん)で不条理な事になってしまうんだ」
(そうだ! 親父の言う通りだ!)
公的な社会組織なんて、公的な学校組織と同じだ。
是正(ぜせい)の処理も、発生の予防も、対処の全てが、いい加減で、隠蔽(いんぺい)を画策(かくさく)するばかり公的な組織の、虐め被害の子供を追い込むだけの上辺(うわべ)のレスキューでは、誰も救えない。
「小学校のトイレで、お前は、大きい方も我慢せずに済ませていたのか? 個室で用を足すだけで虐められて、学校へ行けなくなる男子もいるらしいぞ。だったら、男子トイレは、全て洋式の個室にすればと思うけれど、『嫌な物を覆(おお)い隠す事になる』とか、『個室だと、数が確保できない』とか、『飛び散るしぶきで、掃除が大変』などのマイナス思考だらけで、改善が進まないらしいな」
「『掃除』は、立ちションだからだろうし、それに、様式だけに限らない。それは、家での躾と、学校の得意な指導教育じゃんか。子供の時から汚さないように、次に使う人の迷惑にならないように、諭さすべきだろう」
「『隠す』と『数』にしても、じゃあ、女子トイレはどうなんだよってな。今は集合住宅でも、一戸建(いっこだ)てでも、洋式便器ばかりの個室で、戸は閉めてするだろう。洋式便器についても、『男児たるもの、座ってするとは何事か』と、前世紀の遺物みたいな反対意見や、『公共施設や商業施設にも、小便器は有る』と、学校の外へ、否定例を逸らすのも出たそうだ。ふっ、学校や教育委員会の先生達にとって、男子児童の大半が悩む、今、此処に有る問題への意識が、所詮、この程度って事だ」
小学4年生の時に、個室の上から覗かれてから、教室でからかわれた。
覗きは何度か続いた後、エスカレートしてドアや仕切り板を叩(たた)き続けたり、掃除モップを差し込まれたり、水を掛けられたりした。
そんな、悪戯(いたずら)をするのは、いつも決まってクラスのみんなからは避けられている、三(さん)、四人(よにん)の粗野(そや)な悪ガキで、僕だけじゃなくて、何人もが同様な被害に合っていた。
いつまでも、執拗(しつよう)に悪戯とからかいを繰(く)り返すので、とうとう、上から覗いていた二人の顔に排泄したばかりの大便を撫(な)で付けて遣った。
『あーっ、きったねー』、『うわっ、寄るなーっ』と、バタバタ叫びながら個室前で騒(さわ)ぐ奴等に、いきなりドアを開けて、流さずにいた大便と小便が混ざったトイレの水に浸(ひた)した、ビショビショのトイレットペーパーの塊をぶつけて遣る。
更に、水底(みなそこ)の大便を掴(つか)んで体中に擦(こす)り付けて遣った。
自分も汚(よご)れるけれど、相手へ与えるダメージが重要だから構わない。
肉を切らせて、骨を断(た)つだ!
逃げ去る奴等を追わずにバケツに汲(く)んだ水で、先(ま)ず壁や床に着いた大便を落として流す。
使っていた個室の内外が水浸(みずびた)しになってしまうが、故意(こい)に汚(よご)した痕跡(こんせき)を流してしまえば、通報されない限り罪と犯人は不明、不信を持たれても大人の都合(つごう)により聞き取り調査は行われず、憶測や詮索も無しで済まされてしまう。
それから手洗いの水道と消毒液で服を洗い、続いて顔と髪も洗う。
濡らした下着をタオル代わりに全身を洗った。
それから洗い直して絞(しぼ)った下着と服を着ると、合鍵(あいかぎ)を作っている体育用具室へ入り、部屋の隅(すみ)に勝手に置いている自分の小さなロッカーを開錠(かいじょう)して、中に隠し置きしている体操着に着替えた。
そして何事も無かったように教室へ戻って授業を受けていた。
ロッカーの中には汚れたら交換している体操着や内履きの他に、重くて通学時の負担(ふたん)になる全教科の教科書も入れて有った。
その後2度ばかり、同じ連中からトイレで虐めに合ったけれど、その都度(つど)、単純バカの彼らの顔中に大便を擦り付けて遣ったら、トイレでは誰にも悪戯をしなくなり、僕への虐めも無くなった。
最後は先生にも知られるところとなって、僕も厳しく叱られたけれど、悪戯や虐めを未然(みぜん)に防ごうとしなかった先生なんて知った事じゃない。
悪ふざけと違う虐めには、相手へ実力で強く抗議しなければならないと、そんな経験から知っていた。
「不登校を、頭ごなしに叱る、子供の気持ちに不理解な親もいるけれど、なぜ、子供が不登校になるかなんだよなぁー。そんな親は、見た目の体裁ばかりに拘って、真摯(しんし)に、子供を心配していないだろうと、俺は思うんだなぁ」
うんうんと、僕は頷く。
「それも、育ての親の対応次第で、とんでもない結末になってしまう」
そんな親も、一辺倒(いっぺんとう)の物の見方と考えしかできなくて、それを子供を圧し付けるから、決して、思慮深い解決には至らない。
虐めを受ける我が子を、短絡的に、軟弱者だと思い込んでいるかも知れない。
「僕ん家(ち)は違うね。自由(じゆう)奔放(ほんぽう)にさせてくれるのは、別に放任されているのじゃなくて、個人の自主性を重んじてくれているからだよね……。良く解っているよ。もし、僕が虐められるようになって悩み、絶望し切る前に、御願いだから助けて下さい」
僕から訊いた真剣なテーマに、ふざけるように両手を合わせながら、上目(うわめ)で親父を覗き込む。
「ああ、息子も、娘も、しっかり助けてやるぞ! でも、お前の事だから、虐められる事も、絶望してしまう事も、無いだろう」
絶対に親父とお袋は、僕を救ってくれるだろう。
絆を感じるってのは、こんな事なのだと思った。
「助ける……。結局、それは、親や兄弟、姉妹でしか、本当に助ける事ができないんだ。こうやって、お前は、俺や母さんにちゃんと相談してくれる。そして、俺と母さんは、どんなことをしても、お前を助けるし、救って遣る自信が有る。そんな、悩みを相談できる家族でいる事が、家族の誰をも、家族の誰もが、助けられる環境なのだと思う。家族は、家族と家庭の危機に、敏感じゃなくちゃいけないんだ! と、お前の父……、いや、家族は、そう思っているぞ」
親父の言葉に、魂を感じる。
「だから、くれぐれも、勝手に悩んで、間違った自由へ飛ぶんじゃないぞ!」
自分の息子や娘の目線や立ち位置で、見も、聞きも、考えも、しない親には、子供は、悩みの相談をできなくて、ストレスやフラストレーションばかりを溜めてしまうから、遅い反抗期は、荒(あ)れ方も酷くて、そして、長期化してしまう。
「ああ、飛ばないよ。もう、僕の反抗期は、小学生で済んじゃったからね。そん時は、ちゃんと相談します」
互いに僕の反抗期の顛末(てんまつ)を思い出して、顔を見合わせて苦笑(にがわら)いをした。
親父の話しを聞きながら、もしも、彼女が虐めを受けたなら、彼女の支えとなって、僕が守り抜こうと心に誓(ちか)う。
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連む仲間達も、三人と良く話す。
仲間達も、厭がってはいないし、嫌ってもいない。
自然に、連れ達も、僕も、三人も、いつもと同じ、普通に話す。
話す内容は豊富で、みんなは楽しんでいると思う。
【いないよ! みんな嫌っているよ! あんたも、そっち側だったんだ!】
(そっち側って……、なにを考えているんだ? 頑迷(がんめい)な……。マジで、そう思っているのか?)
まだ、オチにならないところをみると、どうも、彼女は僕を突き放すつもりはないらしい。
拒(こば)まれるのも、否定されるのも、慣れているけれど、こんな理由は間違っている。でも、彼女の本意ではないと思う。
だから、諭すような事はしないし、必要もない。
【ふ~ん、そう見えたのか。だけど、恋愛感情じゃないよ。クラスメートじゃん。それに、なぜ、嫌う必要があるの? そういう仕切りや、壁を作らないといけないのかなぁ?】
僕は、少しがっかりした。
彼女が、こんな詰まらない事をメールの文字にするなんて、思いもしなかった
それに言い訳のような言葉を返している自分が見難い。
【彼女達を、嫌う人達がいるかも知れないけれど、僕には、嫌う理由が無いよ。彼女達は、僕に酷いことをしていないし、悪口や陰口も、言ってはいない。避けたり、嫌ったりする事はできないよ】
全くどうでもよい事だ。
僕は百聞(ひゃくぶん)や一見(いっけん)じゃなくて、自分で接して判断している。
(違う……)
彼女は、三人を嫌がっていないと思う。
彼女達は、僻(ひが)んだり、いじけたり、屈折(くっせつ)したりしていない。
続けてメールを打ち込み送信する。
【いつものように、彼女達と日常の挨拶を交わし、何気ない会話をしているだけ。友達と話すような話題ばかりで、毎日が、そんな繰り返しだよ】
少し腹が立つ。
彼女に言い訳することじゃない。
彼女は、分かっている。
僕が、そんな浮気性じゃないことを。
友達と接するのと同じ気持ちや感情で、三人の女子達と接して話すことも……。
僕は、更にメールを送る。
【僕が、彼女達を嫌わない故(ゆえ)に、除(の)け者にされたり、嫌がらせを受けたりしても、僕は気にしないし、構わないよ。それに、僕の友人達は、そんなくだらない事で、僕を避けたりしない】
分かっているのに、僕は彼女に問う。
上辺の判断で、偏見を持たない彼女だと知っているのに、僕は彼女を責める。
硬質(こうしつ)の艶(つや)やかな面で構成された彼女の精神的な防壁が、ざらついた不快な突起で覆われて行くイメージに成ると、僕は分かっている。
【そういう普通な事が、偏った意識を持って見ると、そう映るんだね。それは、悲しい事だと思うよ】
彼女の真意を質(ただ)す。
できれば、彼女を追い詰めてしまうメールは送りたくなかった。
【私の見方と意識が、偏っているって言うの?】
(ああっ、やっぱり、そこへ持っていくのか……。確認したかったのか……? そっ、それってジェラシーだろう?)
【君の事じゃない。僕が好きな女の子は、一人しかいない。知っているだろ】
彼女から返信は、無いと思った。
これでもう、メールの応酬はギリギリだ。
既に、彼女はテンパっているだろう。
はっきりと、『好きなのは、君だけだ』なんて書いたら、強い反発を招くだけだ。
その日から僕は、彼女から見える向かい側の歩道を歩いて帰る。
なのに、思った通り、暫(しば)らく、彼女からのメールは来なくなった。
つづく
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