第5話 ときめきの恋煩い(僕 中学2年生)『希薄な赤い糸・男子編』
朝、いつもより早く来て彼女の靴箱に手紙を入れた。
昨日、勇気も、根性も、無くて果(は)たせなかった言葉を……、立ち上がって言えなかった言葉を、そのまま手紙に綴(つづ)った。
彼女の内履(うちば)きの上には、既(すで)に1通の白い封筒が置かれていた。
誰かからのラブレターだろう。
(うう、もてるんだな……)
彼女に言い寄る男は、僕以外にもいるだろうと思ってはいたけれど、実際、彼女に想いを寄せる知らない男子からの、恋文を目(ま)の当(あ)たりにすると、今直(います)ぐに、其(そ)れを奪(うば)い取って燃やして遣りたいくらいにショックだった。
(そりゃ、そうだろう。僕が、好きになるくらいの女の子だ。他の男子達も、彼女を見初(みそ)めるに決まっているさ……)
僕は不安になり、気持ちの焦(あせ)りは激(はげ)しくなった。やはり、このまま教室へは行けない。
ザラついて、ネバネバで、モヤモヤした気分が、僕を襲(おそ)う。
僕は捨(す)て鉢(ばち)になって、彼女の事を白紙に、無かった事にしようとするかも知れない。
彼女に酷(ひど)く嫌(きら)われてしまえば、無かった事にできるかも知れない。
(……こんな気持ちで、彼女の横の席に座(すわ)れない)
匿名(とくめい)メールが、僕からだと、バレてしまったのは決定的だ。
それにライバルは……、たぶん、複数だろう。
僕は彼女のプレッシャーに耐えられない。
きっと彼女は僕を、冷たく蔑(さげす)んだ眼で見るだろう。
僕など、彼女には相応(ふさわ)しくないのだ……。
僕には、誇(ほこ)れるモノが何も無い。
絵や彫刻(ちょうこく)が、皆(みんな)より少し上手(じょうず)なくらいじゃ、全然ダメだ!
靴箱に入れた手紙は、そのままにして僕は保健室に向かう。
(昨夜、悩(なや)んで考えた計画を実行しよう)
手紙を入れた後、彼女と面と向かう勇気が無かったり、怖気(おじけ)づいたりしたら、時間を空(あ)けようと考えていた。
緊張(きんちょう)する気持ちに、インターバルは必要だ。
(仮病(けびょう)と偽(いつわ)って、1限か、2限の間は寝込もう)
それが半日になるかも知れないけれど、その時のモチベーション次第(しだい)だ。
保健室の先生に、『熱っぽくて、だるいです。目眩(めまい)もして気持が悪いです』と、容態を告げ、ベッドに寝かせてもらった。
(実際、症状は風邪(かぜ)っぽくて、発熱気味。……これは恋煩(こいわずら)いだ。状況は完全失恋寸前……。絶望的事態の打破(だは)は彼女次第で、僕はどうしようもない……。それでも、気持ちは彼女に寄り添いたい。彼女と手を繋(つな)いで、笑っていたい。幸せそうに、楽しそうに笑う彼女を見ていたい。ぼうぉっとして、想いや考えが薄まって行く。完全に…… 恋の病(やまい)だよな。それに、眠い……)
でも、このまま、逃げている訳には行かない。
僕は、一筋(ひとすじ)の光が欲しかった。
僅かでも、希望が欲しい。
結局、午前中は、保健室の簡易(かんい)ベッドで寝て過ごした。
休息時間になると、親しいクラスメート達がぞろぞろと遣って来て、熟睡(じゅくすい)している僕を無理矢理に起こし、『見舞いだ』と言っては騒(さわ)いだ。
クラスメート達は教室への戻り掛けに、僕の手を引っ張って、行こうと誘(さそ)う。
『どうせ、恋煩いの睡眠不足で、眠いだけだろう。仮病だ、仮病だろ。さぁ、元気なんだからいっしょに行こうぜ』
言い訳の手紙を靴箱に入れて、保健室のベッドの上に逃げているだけの僕ではダメだ。
このまま、ナーバスになっていても、僕の彼女への想いや、勝手な思い込みは、進展も、解決もしない。でも、まだ、彼女がいる教室へ行く気持ちにはなれない。
既に彼女へメールで告白したけれど、無記名のまま彼女を騙(だま)して楽しんでいた。
それが僕だとバレてしまったから、今朝(けさ)は彼女の靴箱に入れた手紙で謝ったけれど、その手紙を読んだ彼女の反応が恐ろしくて、教室へ行けていない。
そんな当人事情は、これまた恥(は)ずかしくて、とても友人達には言って相談できない。
クラスメート達に知られたら、引き摺っても、絶対に教室へ連れて行かれるに決まっているから……、逃げた。
僕はダチ達の誘(さそ)いを断わり、午前中で早退(そうたい)して今日をインターバルにしたけれど、家に帰っても気持ちは晴れず、午後遅くになってもクヨクヨ感が増すだけだった
。やはり、手紙だけでは男らしく無いと思う。
それは夜になっても続き、打開策も、希望も、何一(ひと)つ見出せなくて眠れなかった。
僕は分かっている結論を認(みと)めずに避けているだけで、くすんだ濃(こ)い青色の気持ちは、少しも透き通らない。
眠れないまま夜が過ぎて行き、夜の暗闇(くらやみ)から部屋の中が、白々(しらじら)と暈やけた輪郭でジワジワと滲(にじ)み出て来る。
僕は窓を大きく開けて、澄(す)み切った大気を胸一杯に吸(す)い込みながら、東の空を見上げた。
高い空一面(いちめん)に、東を基点とした幾条(いくじょう)もの銀色に輝く光の筋が走り、僕は初めて、ジェルバーストレーフェン…… 旭光(きょっこう)を見た。
その細く輝く光の筋は、図書室で読んだゲルマン神話に、『夜明(よあ)けの希望の光』と記されていた挿絵(さしえ)と、そっくりだった。
疎(まば)らに浮かぶ、白い雲の上空を東から西の彼方へと、扇状(おおぎじょう)に放(はな)たれた太い光の筋達が描く、荘厳(そうごん)な光景に、驚き、感動した僕は、何か心の支えを得られるような気がして、暫(しば)しの間、光の筋が消えてしまうまで見蕩れていた。
(……そうだ、まだ、希望は有る!)
徐々に医王山(いおうぜん)の山並みから昇り始めた朝日の、強い光を浴びる東雲(しののめ)が、目映(まばゆ)く輝き、藍色の暗い夜の帳(とばり)を散らして、明るさで満たす朝を運んで来た。
闇から明るさへと、陰影(いんえい)の移り行く光りの様が、束の間(つかのま)、平安京(へいあんきょう)の和歌(わか)の叙事詩(じょじし)的な風景と古事記(こじき)や日本書紀(にほんしょき)の古代神話の情景へと、僕の思考を飛ばさせる。
この世界が創造(そうぞう)された時から変らない光りの様(さま)、特に夜明けと夕闇(ゆうやみ)は、本当に神秘的で美しいと思う。
日の出の燃(も)えるような朝焼(あさや)け空の神々(こうごう)しさに、ひんやりと朝露(あさつゆ)に湿(しめ)る外気が肺を満たして行く胸の冷たさは、僕の気を引き締め、更に二日(ふつか)続きの徹夜(てつや)で異常覚醒(かくせい)した肉体と神経が、僕を奮(ふる)い立たせて勇気を湧(わ)き出させてくれた。
(名無しが、僕だとバレた時に、立ち上がって、彼女へ言えなかった言葉を、声にするんだ。今からでも、遅(おそ)くはない。直接、彼女に言うんだ。そうさ、結果はどうなろうとも、自分自身が直接、行動するんだ。僕の声で、彼女に伝えなければ、何も、解決しないし、……何も、始まらない!)
彼女の前に立ち、彼女の目を見て、しっかりと話すんだ。
彼女を僕の潔さで、魅了させてやろう。
そんな決意を、眩しく輝いて昇る太陽を見ながら、実行しよう思う。
(勇気は、貰ったぜ!)
……その勢(いきお)いは、登校する彼女の背を見付けた途端(とたん)、夏の陽差しの中に置き忘れたチョコレートのように、トロトロに溶(と)けてしまった。
僕はビビって、とても、彼女の前に立てそうにない。
(だけど、僕の声で直接、想いを伝えなければならないんだ! そう、決めただろう)
もう僕の印象を持ち直すには電話しかないと思い、謝りの電話を掛ける事に決めた。
それは、崖縁(がけっぷち)から奈落(ならく)へ突き落される寸前の僕を、救ってくれるかも知れない。
蒼空(そうくう)を見上げて、今はもう見えない銀色のジェルバーストレーフェンの光の筋を探す。
それから僕は『絶対しないで!』と、彼女からキツイ断わりがあった禁断の電話をする。
登録された彼女の電話番号を選び出して発信した。
短いコールミュージックの後、彼女が出た。
「……もしもし……」
彼女の声だ。
間違いない。
道の向かい側の少し前を歩く彼女が、ポケットからスマートフォンを取り出して話す。
彼女が話す相手は、僕だ。
その声を聞いた途端、僕は全ての思考と言葉を失い、声にできなくなった。
声にすべき言葉と想いは一瞬で大気を貫(つらぬ)き、成層圏を越えて宇宙の彼方(かなた)へ飛び去って行く。
詰(つ)まる胸の息苦しさで上下に動く肩が意識できるくらい、大きな息を半開きにした口でしていた。
ハァ、ハァと息をする度に、自分の口から漏れ出る音も聞こえている。
たぶん、『名無し』が僕だとバレた、二日前からの切羽(せっぱ)詰(つま)った押し潰されそうな不安な気持ちが、無意識に口呼吸をさせていたのだと思う。
開いていた口に気付いた僕は、慌てて口を閉じて鼻呼吸に直(なお)した。
口を閉じても続いている大きな息に、勢い良く吸排気(きゅうはいき)する全開の鼻腔(びこう)は、粗(あら)い酸素不足の息を整(ととの)えようと踠(もが)いた。
呼吸への意識が、宇宙の果てに逃げ去ろうとする彼女への言葉と想いを、僕の僅かな望みが追い付いて捕らえ、そして僕の心に連れ戻す。
「ぼっ、ぼく…… は……」
やっと、それだけ声にできた。
粗く震える息が、発音を妨(さまた)げて言葉を細切(こまぎ)れにさせる。
「誰? あんた。なんか用?」
僕から電話を掛けたのだから、僕がイニシアチブを持たなければならない。
(がんばれ! 謝るんだ)
「て、手紙……、よっ、読ん…… だか……?」
(あっ、あっちゃー。なに高ビーな言い方しているんだ。失敗だー)
選(えら)ばない言葉が、躊躇(ためら)いながら無作法(ぶさほう)な声になり、想いは先を急いだ。
「そう、やっぱり、あんたなの。……なに電話してんのよ。電話は、嫌だって伝えてなかったっけ? もう、電話しないで! 電話で、あんたの声は聞きたくないわ。……メールなら、……我慢(がまん)するけど。わかったあ? 何度も、言わせないでよ」
キツイ言い方と強い声で嫌(いや)がられて、一方的に電話は切られた。
折角(せっかく)、彼女の声が聞けたのにイニシアチブなんて有ったもんじゃない、でも望みは繋がった。
今まで通り、メールは我慢して貰える。
激しく揺らいで、吹き消される寸前だった希望の光りは、再(ふたた)び小さく輝き出した。
ポケットにスマートフォンを仕舞いながら彼女は振り返り、僕を見た。
(おおっ、なんで、僕が後ろを歩いているって分るんだ? そこそこ離れていて、電話する声は聞こえそうもないのに……?)
怒(おこ)らず、嫌がらず、悲(かな)しまず、そんな、笑わない顔で僕を睨み、赤い舌を見せた。
僕は嬉しくて、泪(なみだ)が出て来た。
絶望の暗黒の闇に、一筋の希望の光りが差し込んだ。
細い光の筋は僕の中で輝きを増し、現在と未来を暖かな明るい希望で繋げて行く。
明るい暖かさが張り詰めていた気持ちを緩(ゆる)ませて、急襲(きゅうしゅう)して来た激しい眠気に抗(あらが)えそうになかった。
歩きながら眠ってしまいそうだ。
その日も、午前中は保健室のベッドで熟睡した。
午後から授業に出ようとしたけれど、担任(たんにん)と校医が突発的な難病の予兆(よちょう)を心配して早退(そうたい)を促(うなが)されて、その連絡を受けたお袋が自家用車(くるま)で迎(むか)えに来てくれた。
帰宅途中、病院に連れていかれて検査を受けさせられたが、身体のどこにも異常は有るはずも無く、原因は不明で暫く様子を見ることになった。
お袋は、とても心配していたが、恋煩いで二晩(ふたばん)も眠れなかったとは言えない。
『大丈夫だよ』
家に着くと、そう言って心配顔のお袋を安心させてから、自分の部屋に入ると直ぐにベッドへ倒れ込んだ。
寝転(ねころ)がる僕は、眠りに落ちる前にスマートフォンを取り出して、盗(ぬす)み撮りをした彼女の写真を何枚か見ようとした。
厳(きび)しい現実は、メール交換の許可という一つだけの希望でしかないけれど、せめて夢の中は楽しいフルカラーの3Dにしたい。
なのに二日間の臆病(おくびょう)さ故(ゆえ)の気疲(きづか)れと睡眠不足の脱力感が、どっと襲(おそ)って来て最初の画像……、横顔の彼女をスマートフォンの画面に開いたまま、翌朝まで僕は夢も見ずに爆睡(ばくすい)してしまった。
--------------------
翌日、教室で彼女と僕は何事も無かったように、いつもの素知らぬ素振りで、隣同士の席に座っている。
相変わらず彼女は顔を背(そむ)け、僕と視線を合わせない。
偶然に顔が合うと、眉を顰(ひそ)めて彼女はぷいっと、また顔を背ける。
休息時間には、いつものように僕の周りに連(つ)るむ仲間達が集まって来て騒ぐ。
『身体、もう大丈夫なのか?』
ダチが心配してくれる。
『もう、告白したのか?』
直ぐ傍に彼女がいるのに、『なんて事を、訊くんだ!』と苛付く。
『お友達になれたのか?』
何も無い進展を尋(たず)ねられて、哀(かな)しくなってしまう。
『どこが、好きになったんだよ?』
その質問は、NGだろう。
『取り付くところも、無さげで、面倒臭そうな、あいつが良いのかよ?』
(うっさいわ! てぇめーら、完璧に、『あいつ』に聞こえてんぞ! その面倒臭いところ込みで、好きなんだよ!)
『あの女は止めとけ』と、言わんばかりの否定的なセリフを、直ぐ隣にいて大きな声で話しているのに、聞こえない振りをしているのか、いつも、彼女は一人(ひとり)で窓辺に凭れて外を見ている。
僕を一瞥(いちべつ)しようとする気配すらも無い。
確かに、彼女の物言(ものい)いはキツイ。
最初は愛想(あいそ)が良いけれど、面倒だと判断したら直ぐに言葉は冷たくなり、それに言葉足(た)らずも加わって、声を掛けた人の気持ちを退(しりぞ)かせてしまう。
その素っ気無い彼女の態度は、関(かか)わる人達に冷たさを感じさせて、取っ付き難い印象を与えてしまうから、いかにも痛くて面倒臭そうな女子だと思わせた。
そのマイナス印象は、彼女の容貌(ようぼう)だけじゃ補(おぎな)え切れず、普通の男子なら御付き合いは後悔(こうかい)の連続になりそうで願い下げだろう。
現(げん)に僕以外の男子達は、せいぜい1、2回のアタックで防壁を築(きず)かれてしまい、逆に反撃して来るような好戦的な戦闘少女みたいな彼女を諦めている。
僕は、そんな人を寄せ付けない結界めいた排他的フィールドと、見えない心の壁を作りまくる彼女に、憂(うれ)いと切(せつ)なさと神秘(しんぴ)さを感じて、愛(いと)おしいと思っていた。
彼女は、言い寄る男子を悉(ことごと)く拒(こば)み続けているらしいから、もしかして、ガールズラブや百合っ気(ゆりっけ)の趣向かもと考えてしまった
でも、女子達の中に親しくしている友人どころか、休息時間に話し掛けて来るクラスメートもいないから、百合の傾向は無いと思う。
僕もボーイズラブや薔薇(ばら)っ気は無い。
机に置いた腕へ眠そうに頭を付けるセーラー服の突っ伏した後ろ姿が以前より、ちょっぴり楽しげに見えるのは、気の所為じゃないと思う。
--------------------
【メールには、余計な事をしないでちょうだい。写真や資料を添付(てんぷ)するのは、絶対ダメ。音楽もダメよ。1度でも添付したら、メル友は終わりだからね。それっきりにします。言葉でも、文章でも、メールは文字だけよ。メールを重くしないで。それと、GPS探索も、絶対に使ったらダメ! 絶対に、私の居場所を詮索しないで下さい。GPSで探索すると、調査される側にも履歴(りれき)が残り、履歴から、探索を行った相手が誰なのか分かります。私に使用した瞬間、あんたは他の何者でもない、論外な存在になってしまうからね!】
いくら制限付きのメールを許されたといっても、名無しメールが僕だとバレた以上、メールに何を書いて良いのかも分らず、僕は気不味さと後ろめたさで、メールの送信は控(ひか)えていた。
彼女の許しが出てから、最初に発信されたメールは彼女自身からで、その夕方に届いた彼女のメールには、メールの早い再開を促(うな)がすようにルールが決められていた。
ルールはシンプルで、何も添付すべからず、意志は口語体で、情景や物品やストーリーは簡単明瞭(かんたんめいりょう)な文で表現する事などの強要だった。
口語体は普通にフレンドリーな話し言葉のままで、OKって事みたいだけど、文章の構成力や表現力に全く自信が無いから、誤解されたりするのが心配になった。
文章力の不足を添付する写真や絵や音楽で補填(ほてん)して、それが彼女の琴線(きんせん)にでも触れたりしたら、一気に親密になれるかもと考えていたのに、全く残念(ざんねん)至極(しごく)だ。
『ます』や『下さい』の丁寧な結びは、それくらい拒絶する厭(いや)な事だと察(さっ)したのだけど、『なぜ?』や『別に、いいじゃん!』と、ここで彼女に、質問や訂正を求めるべきではない。
それは百害有って一利無しで、今以上に、彼女と親しくなれる一筋の希望の光りは、永遠に失われてしまうだろう。
僕は、彼女のルールに従(したが)うしかない。
何も添付しなくても、特に困る事は無いと思う。
それにしても、添付自体が彼女的に許されないくらい、余計な事なのだろうか?
ファイル添付で、多大にメモリーを使って重くなるメールが、そんなに、嫌な事なのだろうか?
余程、大きなファイルでもない限り、今時のスマートフォンの動作には殆ど影響しない。
送受信や表示の時間も、ほんの数瞬しか掛からなくて、待たされる事はないのに?
*
週に二つ、僕は、彼女にメールを送信している。
間に、1日以上空けて、週二つと決めた。
本当は、毎日、何度でもメールを送りたかったが、それは彼女の負担になって苛立(いらだ)たせるから、とても良くない事になりそうだった。
【ふーん。それでいいじゃん。二つまでだからね】
僕から提案したメール回数の規制案を彼女に容認されて、漸(ようや)く、『ふぅーっ』と、大きく安堵の溜(た)め息を吐(つ)けた。
とにかく、2通までなら僕のメールは、彼女の迷惑にはならないらしくて、彼女との縁(えん)が切れなかった事にホッとした。
今は、僕が望んでいたファミリアでステディな状態じゃないけれど、悩(なや)み事の相談や報告めいた内容で送っている。
【私は、ランダムにメールするからね。それと、週2度の規制対象外にしてあげるから、私の質問メールには、ちゃんと回答しなさい】
彼女からも僕へメールを送るそうだから、その返信の内容次第では、近未来が明るくなると思う。
まだ僕を……、いや、まだ互いを良く知らないから、もっと彼女を知って、彼女に僕を好きになって貰えるように、アピールできると考えていた。
彼女からの返信は二日以内に届いて、一つ、一つの返信に彼女の誠意を感じさせた。
なのに返信文は、ピンポイントでショート過ぎる。
『ふーん。そう』、『それでいいじゃん』、『別に、構(かま)わないから』、『すれば、問題無いよ』、『だから、なに? どうなの?』、なんてばかりだ。
反省や謝りの言葉が繰り返し重ねてしまった。
『いい加減にしてよ! 何度も謝らないで!』
直ぐに、ピシャと返して来る。
『私を好きになるのは、あんたの勝手だけど、それって私も、あんたを好きってのじゃないからね』
更に、つれない文字がトドメのように続く。
『勘違いしないでよ』
そして、あっさりと、否定されて気持ちが挫(くじ)けそうになってしまう。
『勝手に好きになれば。私、関係無いから』
こんな、送ったメール内容の返信とは思えない、他人事のような冷たいのも、返して来た。
事実、その通りだけど、余りの虚(むな)しさと寂(さび)しさで遣る瀬(やるせ)が無い。
だけど時々、彼女からも、悩みや趣味趣向や冗談めいたのが送られて来て、そのフレンドリーさで僕は救われていた。
あと1ヶ月ほどで梅雨(つゆ)が終わり、夏休みだ。
【相合傘(あいあいがさ)をしても、良いですか?】
鬱陶(うっとう)しい雨が続く梅雨の朝、彼女にメールする。
【できるならね】
僕に相合傘をする勇気が無いのを分かっていて、直ぐに返信してくる。そして、彼女からも、楽しいメールが届く。
【夏休みになったら、いっしょにプールへ行こうよ?】
たぶん……、いや違う、彼女は、きっと、僕が泳(およ)げないのを知っていて、このメールを送って来ている。
だから、『?』を末尾に付けているのだ。
【いやだ! 行かない。プールも、海も、近付きたくない! 川へも、行かない。泳ぐのは嫌いだ!】
後期になれば、席替えで席が離れてしまう。
それでも、彼女とのメールは続くだろう。
僕は、やっと、彼女のメル友になれたと思った。
*
新学期の初日(しょにち)に行われた席替えで、僕も、彼女も、再び同じ座席位置になった。
この座席位置は黒板に書かれた阿弥陀籤(あみだくじ)で決められ、何本もランダムに加えられた横線の偶然の結果だと思っていた。
しかし僕と彼女以外のクラス全員は、しっかりと席位置が替わっていて、席替えを仕切っていたクラス委員と協力していたダチ達の意図的な企(くわだ)てを感じた。
それにクラスの皆も、加担していそうだ。
其処此処(そこここ)で女子達がヒソヒソと声を潜(ひそ)めながら、チラチラと視線を向け、何人もの男子がニヤニヤと意味有り気に、僕らを見ている。
協力して貰う際の説明で、友人達が話したのだろうか?
僕が彼女へ告白して、きっぱりとフラレたのにも関わらず、まだ脈は完全に失われていなくて、未だに想いを寄せ続けている事を、みんなは知っている様子(ようす)だ。
だから今も、お互いに真横の位置関係のままで、彼女は頬杖(ほおづえ)を付き、視線を窓の外に流している。
(ううっ、めちゃくちゃ恥かしいけれど、めっちゃ嬉しい! これは、クラスのみんなに感謝だ!)
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます