第2幕 探偵の 才能はあれど バカなのか?
高校一年生。
一つ年下の君は、例の課題をこなすためにこの学園に入学してきたわけだ。
その目的のためには手段を選ばず、僕をこき使い、ミステリ研を乗っ取り、教師さえも手駒にする。
まあ、僕をこき使う件についてはやぶさかではないんだけど。
むしろいつも一緒にいることが出来て嬉しいし。
でも、僕を助手と呼ぶのはいかがなものか。
確かに探偵助手だけど、君の助手じゃないだろう。
叔父が私立探偵をやっていて、そこの助手として働かされているだけだ。
……君は、叔父さんに憧れているんだよね。
だから探偵になろうとしている。
でも、君には普通の人生を送ってもらいたいと、叔父さんも僕も願ってる。
そこで一計を案じた僕と叔父さんは、君に試験を出したんだ。
忘れもしない、去年の十月一日。
当時中三で、卒業したら事務所に入ると息巻いていた君に出した課題。
僕が通う高校に、突如現れた怪盗
ヤツを捕まえろ。
出来なければ、探偵は諦めて就職しろ。
……君は課題をこなすためにこの学園に入学した。
そして、
それでも舐めることになった、二度の
なのにまだ立ち向かおうと言うのか。
そんなに君は、探偵なんかになりたいと言うのか。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
意識的に白で統一された保健室を訪れた者は、彼女を見るだけでここが清潔な部屋だと決定付ける。
わが学園の保健教諭は、まるで白い妖精なのだ。
「ちょっと、またなの? 若い男女が二人でこっそり何をしているのやら」
「ほう? かつて、こっそり何かを企んでいた者が何を言うのか」
「やれやれ。……せいぜい静かにしててちょうだい」
白のパンツに白いブラウス。
パリッとした白衣から覗く四肢まで白い。
そんな白い妖精が抱いた、黒い陰謀。
夕風は、入学早々彼女の小さな犯罪を暴き、その罪を公開しない代わりにと、この秘密基地を手に入れたのだ。
しかし、高校一年生にあるまじき不遜な態度も夕風にはよく似合う。
正直かっこいいと思ってしまうほどだ。
……いつも気だるげな保健教諭は、ぎしりと音を立てながら肘掛椅子へ座り直す。
そんな彼女を尻目に、夕風は白いカーテンを引く。
保健室の奥のベッド。
ここが夕風の秘密基地だ。
「さて、この怪盗は何を狙っているのか。まずはそこから考えよう」
ベッドの縁に腰かけた黒髪が、輝く笑顔で手紙を見つめる。
そんな姿を見たくて、僕は毎日のように推理クイズや事件の話をしてしまう。
……探偵になんかさせたくないのに、推理の楽しさを教えてしまっている。
なんたる矛盾。
恋って盲目なんだな。
僕は距離感を測りながらも、そこそこ近いあたりでベッドをぎしりと鳴らした。
「まず君は、これが暗号だとしたなら何と読む?」
夕風の端正な顔が迫る。
困るよ。まともにそっち向けないよ。
あと、その質問も本気で困る。
なんて答えようか。
「…………いちごのコマーシャル。とか」
「君は、それを持っているのかね?」
「ごめん。結果を考えたらバカな推理だった」
近かった美形が離れると、軽くかぶりを振った。
そしてベッドに置いてあった枕を膝に乗せると、そこに肘を置いて頬杖を突きながら偉そうに語りだす。
「それは違うぞ、助手よ。名探偵というものは、観察力や理論思考が得意な者を指す言葉ではない。いくつの可能性を発掘できるか。その数が名探偵の名探偵たるゆえんなのだ」
「それを教えたのは僕だけどね。まあいいや。夕風はなんか思い付いた?」
「無論。これは『
そう言いながらポケットから取り出した型落ちの古いスマホにはこんな表示。
【International Society of Contemporary Music】
「国際現代音楽協会。1922 年設立。これを、君が所有しているのだろう?」
「発想は天才だけど、言ってることはバカみたい」
「バカとは失敬だな!」
「悪かった! 断然不正解だけど、頭文字って発想はいいと思う」
僕の意見に頷いた夕風が背筋を伸ばして腕を組む。
真剣な表情が美しい。
「他に気になるところは無いのか?」
「無論あるとも。もっとも特徴的なのは、『m』の文字だ」
うん。丸みがまったくない『m』の文字。
『m』というよりは、まるで『E』を横にしたような感じだ。
「真ん中の棒もやけに短いし。酷い癖字だね」
「そしてこのヒントも忘れてはいけない。まっすぐな棒、つまり、『I』の位置を変えるという意味だ」
「どこに移動させるんだ? まるで見当つかない」
「よいか、助手よ。見当がつかないというのは、何もやろうとしない者の言い訳に過ぎん。強引にでもやってみるのだ。そして強引にでも想像するのだ」
また偉そうに。
でも、夕風らしいや。
「根性論だね。でも、そういうの嫌いじゃない」
「そう、大切なのは立ち向かう心。さすれば、我のように十種類程の解答を得ることが出来る」
「十個! まじで!?」
この短時間に凄いな!
僕が驚きを隠さずに顔を上げると、ニヤリと微笑む夕風に出迎えられた。
長いまつげに装飾された瞳が、僕を見下すようにきらめいている。
ほんとは、その瞳に感嘆の色をにじませたいところだけど。
僕のかっこいいところを見せたいんだけど。
……しかし十個か。凄い想像力だ。
夕風は、探偵としての筋は悪くない。
彼女が入学して早々のこと、
だがそれを、保健教諭による
「なあ、夕風。僕のラブレターなんかに夢中になってて平気なのか?
「ああ、我にかかればいつでも奴を捕らえることが可能なのだ」
「また始まった。いつも大風呂敷を広げるけどさ、先月も目の前でお宝を盗られたろうに」
「ああ、ミステリ研の連中に邪魔をされた時の話か。
先月発生した、通称、『十七体の石膏像事件』。
あれもなかなか惜しかったように見える。
夕風は、探偵としての筋は悪くない。
でも君を探偵なんかにするわけにはいかないんだ。
――十七体の石膏像事件。
そこに書かれた犯行声明文。
本日、諸君が楽しむべき昼休みという貴重な
時間と共に、我は石膏像を手に入れる
XX
この予告に対し、夕風はミステリ研究会を筆頭に、クイズ研究会、新聞部と、おおよそ
すなわち、美術室を三十五人もの生徒で埋め尽くしたのだ。
そして迎えた昼休み。
美術室の中央に石膏像。
石膏像の周りを固める屈強な男子と夕風。
出入り口をこれでもかと塞ぐ面々。
そのほとんどが、美術室の隅で鳴った爆発音と、室内を埋め尽くすほど放出されたスモークにパニックとなった。
そんな空間で、沈着な動きをしたのは二人だけ。
もちろん、僕と夕風だ。
僕が、破裂音のあった木製キャビネットのそばに隠されていたスモークの発生装置を止めている間に、夕風はもう一つの仕掛けに気が付いた。
それは、ネットランチャー。
人を捕獲するために作られた、網を打ち出す筒だ。
巧妙に隠されていた仕掛けから勢いよく吐き出されたネットは、素早く反応した夕風もろとも石膏像を包み込む。
そして悪い視界が手伝って、夕風が仲間に取り押さえられるという悲惨な結果を招いたのだ。
美術室中央でのドタバタは、僕が扉から煙を逃がし始めるとようやく落ち着きを見せた。
だが、今度は最初の爆発があった木製キャビネットを見た生徒が上げた大声のせいで再びパニックに包まれる。
キャビネットの下部。
爆発によって外れた鍵。
開け放たれた引き戸。
そこには、小さな石膏像がいくつも並んでいたのだが、明らかに一つ分の空白が出来ていたのだ。
盗難された石膏像、そして怪盗
そして六時間目の授業中、石膏像は意外なところで発見されることになる。
その場所とは、校長室前の陳列棚。
トロフィーに並んで、その美しい胸像が誇らしげに微笑んでいたのだ。
……この石膏像。
数年前に学生の手によって作られ、賞を取ったほどの作品だ。
それがなぜ当人の手に無いのかというと、どうやら当時の美術教師が本人の希望を聞き入れず、校内に飾るからという名目で接収していたらしい。
なのに、キャビネットにしまったままだった。
――白いカーテンが軽い音をあげてその身を縮めると、入室した際には白ばかりだと信じていた部屋が、思いのほかカラフルに色付けされていることに気付かされた。
舞台の幕を開いた僕の主演女優。
花野夕風は凛々しい瞳で振り向きながら、僕のラブレターを半分に閉じた。
「うむ。我にとって怪盗
「そんな相手、捕まえられるのか? もう諦めなよ」
「いいや。何度も言うが、我はいつでも
よく言うよ。
でも、君には絶対に捕まえさせない。
初めて君に会ったあの夜。
決意の涙に濡れた君と出会ったあの日から、僕の想いは変わらない。
……君を幸せにしたいんだ。
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