怪盗XXに告ぐ! なんで僕のラブレター盗むのさ!!

如月 仁成

第1幕 そうじゃない やかない餅は 食えぬもの


 さて、当劇場へお集りの諸君。

 諸君はわれにとって、あまりに得難きお客様だ。


 と、同時に。

 あまりに得易き『獲物』でもある。


 中には万難ばんなんはいして本日を迎えた者もいよう。

 中には感慨も無く、ただそこにいる者もいよう。


 だが、我にとってそんなことは関係ない。

 誰もが等しくお客様であり、誰もが等しくターゲットなのだ。


 ……もちろん、入場の際に説明は受けているね?

 財布を、貴金属を、そしてきらめく思い出を、しっかり懐にしまっておきたまえ。


 我が諸君へお見せするエンタテインメント。

 諸君が我に望むエンタテインメント。


 それは等しく、『盗み』なのだから。


 大切な物を盗まれ、悲嘆にくれる者もいよう。

 隣席で行われた犯行に、感嘆する者もいよう。


 だが、我にとってそんなことは関係ない。

 誰もが等しくお客様であり、誰もが等しくターゲットなのだから。


 さて今宵はどなたの品をいただこうか。

 この華麗なる『怪盗』の手腕。

 どうぞゆるりとご堪能あれ。




 ◇◇◇  開演  ◇◇◇




 ――六月だというのに続くこの晴れ間。

 うんざりだ。


 都会とは言え、学校なるものは閑静な住宅地にひっそりと建っていることが多い。

 そこそこの緑に囲まれたまなは、雨さえ降れば静かな読書に最適なのだ。


 そんな些細な願いを、空というものはどうして聞いてくれないのだろう。

 図体ばかり大きいくせに、心が狭いものだ。



 ……時代を感じる木彫りのレリーフが飾られた広い昇降口に、三学年分の真新しい靴箱が並ぶ。


 そんな薄暗い空間へ駆け出す君にも一つ言いたい。



 うんざりだ。



 どうして君は、聞き分けが悪いのか。


 登校の道すがらどれだけ説得しても、将来の夢を頑として曲げやしない。

 高一の女子が目指していい職業じゃないからね、探偵なんて。


 自分の靴箱へと向かうその制服は、入学してまだ三か月と経っていないのにボロボロじゃないか。

 夢を叶えるために身を削っているのは分かるけど、君はそれでも女子なのか?



 そしてもう一つ、うんざりしていることがある。


 僕が靴箱へ手を突っ込みながらため息をついてる理由なんて、君には分かるまい。


 だからそうして、僕の隣へ戻って来るなり嫌な話を続けるんだ。


「さて話の続きだ! その時に、われはどのように推理したと思うかね? 他の誰も気付かなかった、『怪盗XXヘキサゴン』の真意にいち早く気付いたわれは……」

「捕縛用ネットを頭から被ったんだろ? 朝からずっと休みなしでXXヘキサゴンの話しないでよ。うんざりだ」


 ぱっちりとした釣り目にきらめく唇。

 白い頬も眩しい女子高生が嬉々として語るような話じゃないからね?



 ――花野はなの夕風ゆうかぜ

 高校一年生。



 君を表すなら、一言でいえば『黒』。


 ゆるく巻いた長い黒髪を、これまた黒い髪留めで束ねたハイツイン。

 本来なら白いはずのブラウスも、赤いはずのネクタイも、濃紺のはずのジャケットも、グレーなはずのスカートも、ソックスもローファーも、ぜーんぶ黒。


 似合ってるし、可愛いけどさ。

 たまにはピンクとか装備しないのかい?


「うんざりとは心外。ならば何を話せと言うのだ?」

「ドラマとか恋とかさ、そんな話はできないの? 僕ら、高校生なんだから」

「……我に蒙昧もうまいを求めるとは。正気か?」


 冷たい視線に耐えながら、青いプラスチック製のスノコへ上履きを落とす。

 すると心の揺れ動きを表現するかのように、右側の靴が情けなくひっくり返ってしまった。


「君が青春をどのように過ごしたいのか、その願いに口を挟むなど無為むいなことだ。だが、探偵を志す者がそんなことでどうする。どうしてもと言うなら他の女子生徒と話せばよかろう」

「そんな相手いませんよ」

「君の容姿ではな。だが、希望を捨ててはいかん」

「失礼な。僕だって少しは……、ん?」


 表に返した上履きにピンク色の何かが入っている。

 引き抜いたそれは、ハートマークのシールで閉じられた封筒だった。


 シールの右下に、『小比類巻こひるいまき十一郎とういちろう』という長ったらしい僕の名前が書いてある。


 …………これって。


「うそん!? ラブレター!」


 そう叫びながらチラリと夕風を見ると、びっくりからのふくれっ面。

 ……などしてくれるはずもなく、嬉々として僕の肩を叩き出す。


 がっかりだよ。

 少しは妬いて欲しかったんだけど。


「渡りに船ではないか! さすがは我の助手だな!」

「僕、君の助手じゃないからね? それより、まいったなー。困っちゃうなー」

「何を困るものか! 我が全力サポートしてやるからすべて任せるがいい! どうした、頭など抱えて?」

「夕風の気持ちとご臨終」

「……またいつものやつか。して、そのこころは?」

「脈が無い」


 うまい事を言いながらうな垂れる僕の手を引いて、夕風はずんずん人気ひとけのない方へと突き進む。


 職員室の前を通り、保健室の前を越え、そして体育館へ繋がる通路へ出ると、自動販売機の陰にしゃがみ込んだ。


 ぶうんと唸るモーターの音が、錆びた鉄の匂いを運んでくる。


 こんなとこで読むの? ラブレター。

 しかも、君が先なの?


 よこせよほら的に、手をくいっくいさせるのやめなさいよ。


「なんで君に見せなきゃいけないのさ。やきもち焼いたりとかしないの?」

「ばかばかしい。探偵たるもの、助手の幸せを願うのは当然だ」


 助手じゃないし。探偵関係ないし。

 とは言え君に逆らうなどありえない選択肢だ。


 僕は夕風が覗き込みやすいようにハート形のシールを剥がして封筒を広げる。

 そして、中に入っていた異様を見るなり大声をあげてしまった。


「なんだこりゃ!?」


 封筒の中から現れたのは白い綿。

 いや、綿よりはかろうじて紙に近い、和紙の失敗作と呼べそうな品がそこに入っていたのだ。


 そして案の定というか、夕風の瞳が途端にキラキラと輝きだす。

 そこまで楽しんでもらえて光栄だよ。


「素晴らしい! これはラブレターではないぞ! 恐らく予告状だ!」

「いや、そんなことは無い。……と、最後まで信じさせてはくれまいか」

「どこの世に綿火薬めんかやくで恋文などしたためる女がいると言うのだ? 失礼するぞ!」


 おいおい、興奮しながらラブレターをひったくるんじゃないよ。

 慎重に取り出した中の綿を、そして表面に書かれた文字を、零れそうなほどの笑顔で見てるとこ悪いけどさ、僕にも見せて。


「……めんかやく? フラッシュコットンのこと? 手品用の?」

「正しくはニトロセルロース 。簡単に言えば黒色火薬の次に普及した火薬で、ロケット燃料にも使われていた硝酸しょうさんエステルだ」

「簡単に言えば、以降が難しいよ。あれだろ? マジシャンが、手からぼわっと炎を出す時に使う綿。通販で見かけた時、つい買いそうになった」

「その通り。これは火を点けると、派手に炎を巻き上げて一瞬にして燃え尽きる」

「……じゃあその手紙は、燃えるような愛っていう意味も込められてるんだね」


 なんだよその目は。

 ツインテールごと肩を落とすなよ。

 僕は最後までラブレター説を曲げないぞ?


「君はその文面を見ても、まだラブレターだと言い張る気かね?」


 不穏な言葉と共に渡された手紙に目を走らせる。

 そこには、こんな文章が書かれていた。




  いつもあなたの事を見ていました。

  そんなあなたから、今日のお昼休みの間に、

  *15cm*

  をいただきにあがります!


  まっすぐな棒だけは、動かしてOKよ!




「…………僕の心を奪いたいってことかな?」

かたくなだな君は。だんだん不憫に思えてきた」


 そう言いながら立ち上がった夕風が、僕に差し伸べる白い手。

 ここに入学するまでは綺麗だった君の手が、今や傷だらけでボロボロだ。


 僕は悲しさを悟られぬように気を付けながら自力で立ち上がると、改めて手紙を眺めてみた。

 

「僕の15cmって何のことか分かるか?」

「これは暗号だろう。綿火薬でできた予告状と言い、暗号と言い、実に面白い」


 ラブレターについてやきもちを焼かれないのは納得いかないが、夕風が楽しんでいるようで良かった。


 だが。


「僕は信じないぞ。ハートマークがついた予告状なんてあるもんか」

「しかしこの予告状、一体どういう意図があるのか。怪盗XXヘキサゴンとまではいかないが、この敵は良い物を持っている。実に素晴らしい」

「……もう一度言おう。これはラブレター、では、ないだろうか」

「ぜんぜん?」

「これを見て、やきもち焼かない?」

「まったく?」


 心底がっかりだ。

 僕は大きなため息をついて、夕風の手にラブレターを押し付ける。


「……このラブレターと隣の家の高性能グリル」

「なんだと言うのだ。そのこころは?」

「なんてやけるんだ。悔しい」

「しつこい。妬けないと言うのに」


 夕風は、呆れ顔のまま歩き出す。

 僕は嫌も応もなく、その後を追った。


 ……うな垂れたまま、大好きな子の後を追った。


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