第5話

 一週間たった雨の日の放課後に顧問の阿部先生に呼び出された。

 私は嫌な予感を感じた。

 職員室に行き、ドアを開け、「失礼します。」と頭を下げる。阿部先生の頭髪は非常に貧しく、光沢する頭を目印に進み、プリントやペンが乱雑においてある机の前で止まる。

「ああ、そうだった。そうだった。」

 阿部先生は、国語の小テストの採点に集中していたが、私の気配感じ顔を上げた。

「なんでしょうか?」

「清水さん。最近、頑張っているよね。」

「はい。大会の選抜メンバーの選考試験が近いですから。」

「まぁ、そうだよね。しかし、ちょっと頑張りすぎてはいないか?」

 私は、どう言葉を返していいか解らず、口ごもる。

「君の記録表をみたよ。今年の始めからベストタイムより、よいタイムを出せないばかりか、どんどん下がっている。」

「はい。」

「一年間しか見てないが、君は素直で真面目だ。それでいて繊細でもある。何か精神的な理由で、タイムが伸びないのではないだろうか?」

 私は黙ったままだ。

「ちょっと走ることを休んでみないか。」

「このままだとオーバーワークでけがをしてしまうかもしれない。」

「まだ選考試験まで、時間はある。文化祭もあるし、部活以外のことをしてみてはどうだろうか。」

「ということは……」

 やっとのことで言葉をだす。

「しばらく部活にこなくていい。」

「解りました。」

 私は下を向いたまま、職員室を出る。涙を必死にこらえ、トイレに向かう。個室トイレに入り、鍵を掛け、嗚咽を零す。

 嫌な予感が当たった。阿部先生は私をこれ以上無理をさせないために部活に行くこと禁じた。私は休めと言われても、部活に行くとまた何かトレーニングをしなくてはと、強迫観念にかられることを解った上で、私と走ることを切断した。

なにより、いつも優しい先生にそこまで言わせた自分が、悲しかった。走れない悲しさより、一段と重かった。  


 

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