第6話厄介な落とし物
不愛想に佇むぐるぐる眼鏡。もうそれだけで、それが誰の落とし物か九分九厘見当がついた。いや、生徒手帳にコスプレで映る変人がいるのかもしれない。そんな万に一つもない可能性を思い浮かべつつも、そのすぐそばに記載されている名前を確認した。
「清川高校一年三組夏木冬子」
「完全にあいつじゃねえか」
これはもう声を張り上げざるを得なかった。どういうことだ。なぜこんなところに、あのぐるぐる眼鏡女の生徒手帳が落ちている。
実は、俺より先にこの空地に来ていたとか。いや、それはありえない。背丈の短い雑草が生い茂っているところに、不自然に手帳が落ちていれば嫌でも気が付くはずだ。俺がここに最初に来た時、そんなものは落ちていなかった。
そう、これを発見したのは、あの変な化け物と遭遇し、オッドアイの美少女がそれを追い払った後なのだ。そうなると、ありえそうな可能性としては二つ。
その1、オッドアイの美少女が落とした。
その2、あの化け物が落とした。
その2はないな。あんなのが学校の中をウロチョロしていたら、警察なり保健所なりに通報がいく。そもそも、あれは保健所で処分できる代物なのか。
そうなると、一番妥当な推測としては、あのオッドアイの美少女が落としたということになる。いや、それだとこの図式をも認めることになる。にわかには信じがたいが、つまりはこういうことだろう。
オッドアイの美少女=夏木冬子。
ショートボブの黒髪といい、童顔な顔立ちといい、全く似てないとは言い切れない。しかし、地味で根暗なぐるぐる眼鏡少女と、容赦なく化け物を叩きのめしていた美少女が同一人物であるとはどうにも信じられなかったのだ。あの美少女にも、どことなく近寄りがたい雰囲気はあったが、決して陰湿だからそうだというわけではない。
ともあれ、うだうだといつまでも考えていても埒が明かない。一番簡単な解決方法は、本人に問いただすことだ。それに、落とし物を拾ったら、本人に返すか、持ち主が分からなかったら警察に届けるっていうのは幼稚園児でも理解している。むろん、このケースでわざわざ警察まで届けるのはよほどのアホだ。
しかし、これがごく普通の生徒だったら、「昨日、たまたま生徒手帳拾っちゃってさ」ぐらいの会話で済むかもしれない。けれども、あいてはあの夏木冬子だ。人を寄せ付けず、彼女と会話するのは、真冬の海に全裸で飛び込む行為とすら言われている。そんな彼女に生徒手帳を手渡そうというのだ。
そう、この生徒手帳ってのが意外と曲者だ。一度失くすと再発行するのが面倒くさいため、彼女も必死になって探すはず。それを俺が見つけたなんて手渡したら、その所在を尋ねてきたりするのは道理だろう。そのやり取りを目撃され、あらぬ噂が立てられるという可能性も皆無ではない。
まして、彼女の私物を一時的とはいえ、俺が所持していたってのを曲解されでもしたら。あとは言うまでもない。
自分でも、落とし物を返すだけなのに、こうも苦悶するなんて馬鹿げているとは思う。けれども、この馬鹿げた空想が現実化しそうなくらい異様な存在ってのが夏木冬子なのだ。いっそ、見て見ぬふりをして投げ捨てておくか。いや、そこまで非道なことをするわけにはいかない。かなりつっけんどんではあったが、結果的にあいつは俺を助けてくれたわけだし。
「さっきの爆発って、こっちの方じゃないか」
「たぶん、そうだろ」
狭い通路の方から話し声がする。冬子と思われる美少女が宣告した通り、あの爆音を聞きつけて、やじ馬が迫ってきているのだ。このままここに居ては、俺があの爆音の犯人だと思われてしまう。俺は、生徒手帳をポケットの中にねじ込むと、冬子が去っていったのと同じ方向の裏路地へと駆け出して行った。
こうなってしまっては、明日、本人にこれを返すしかない。いや、待てよ。彼女が来る前にさりげなく机に置いておけば。そうか、なんでこんな単純な手を思いつかなかったんだ。途中、迷子になりかけたにも関わらず、高校の最寄りの清川駅へと向かう足取りは軽かった。
それで、結論から言うと、朝早く来てさりげなく生徒手帳を置いておこう作戦は失敗した。不覚にも寝坊してしまい、俺が学校に着いたのは、遅刻寸前だったからである。冬子は余裕をもって登校していたらしく、ぐるぐる眼鏡をかけて素知らぬ顔ですでに着席していた。体育の時間以外ろくに運動していないにも関わらず、急にはげしい運動をしたもんだから、その反動が来たのだろう。元運動部なのに、我ながら情けない。
正攻法で生徒手帳を手渡すしかなくなり、冒頭の苦悶へと話は戻るというわけだ。
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