13 溶鉱炉/水浴
溶鉱炉/水浴び
割れて粉々に砕け散ったのはわたしの映った窓ガラスではなくて
窓ガラスに映ったわたしの方だった
すべてに潤いを失ってカサカサに乾いてしまうのならば
素焼きのお茶碗のように渋い焦茶色に透き通って
壊れてしまえば良いと思ったのだ
過去に一度でも美しい頃のあった人は幸いだ
ただそれだけの想いを胸に一生を暮らして行ける
ただし、強靭な精神力を持つ者、に限るが……
ただし、他人(ひと)との比較が意味無しと思える者、に限るが……
何百年の時が経っても
月に刻まれたあの足跡は残っている
けれども百年にも満たないほんの僅かな時間に
人は、心を得、笑い、泣き、心を失い、退場する
しばらくの間ですけど、動物だったことがあるんですよ
酒場で知り合った言語学者の老いた妻は云った
その間、いったいどんな気分がしたのです
自然と口が動いて、わたしが問うと
あら、全然憶えていないのよ、だから幸せだったんじゃないかしら
さして楽しそうにでもなく、老婦人が答える
言語学者の銀髪が彼女の言葉に乗って、さよさよと靡く
みんな忘れてしまうのだから人生なんていらない
すべて失ってしまうのだから友達なんていらない
この世界の中にはどうしたって 叫んだって わたし独りしかいないのだから
この心の外には狂ったって 脳死したって わたしの他には誰もいないのだから
今日は大きなカピパラになってお風呂に入っている夢を見て寝よう
そしてもし次の日にわたしが目覚めたならば
わたしはその日を受け入れるだろう
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