第37話10%の才能と20%の努力、30%の臆病さ、残る40%は正常だろうな

「どうした? さっきのは何の音だ?」

 リビングに戻ってきたSにJが問いかける。

「不確定要素の乱入だ。二階に武器を持った女が一人控えていた」

「Mr.ベッカーからは何も聞いていないぞ」

「電薬管理局のエージェントと名乗っていた」

「何ッ? ベッカーめ……我々が任務を拒否すると予測し、あえて情報を伏せたな」

 傭兵チーム一同に緊張がはしる。

「どうするJ? 前回の施設強襲の時と違って、変装の準備は無いぜ。それにオレは既に顔を見られた。まとめて片付けるしかねえ」

「そうだな。近所の人間が警察を連れてくる前に、さっさと終わらせねえと」

 Bが自動小銃オートマチックにサイレンサーを取り付ける。


「よく聞く三下共のセリフですわね」

 ──────ッ!?


 リビングの四人にはしる戦慄。階段を下りる足音は無かった。雨音の残響と共に、気がつけば彼等の視界に津軽がその姿を現していた。

(……ん?)

 彼女の勇姿を目の当たりにしたJが目を細めた。

「思い違いか? 貴様……ドコかで会っていないか?」

「むさいオヤジからのアポイントはお断りしてましてよ」

 バカにするように軽く鼻で笑った。

「ナメるなッ」

 両手を組み合わせ背後から振り下ろすT。津軽は前方を向いたまま、股割りをする要領でTの股下をくぐり抜け、回避と同時に手斧で両脚のアキレス腱を素早く切断。

「――ッ!」

 一連の身のこなしから相手の実力を瞬時に把握し、SとBが各々のエモノを構えたが、Tが床に倒れ伏すよりも早く、手斧が投げつけられる。

 ガギンッ!

 一本はBの義手を切断した。が、もう一本はJのコンバットナイフが叩き落とした。

「おや、優秀なをお持ちのようで」

 探りを入れるような声で言われ、Jがかけていた野暮ったいメガネを外した。

「この感触……思い出したぞ。貴様とは一年程前に、軍部主催の合同演習で会っている」

「おやまあ、左様で」

「軍産複合体の一角を担うどこぞの企業が、自分達の飼っているSPの訓練のために、傭兵部隊を幾つか招集した。確か……『海上の賢者クヴァシル』とかいう企業だ。幾度となく実戦を経験していた私が、近接戦闘の訓練で惨めに膝を折らされた……その時の相手が貴様だった」

「愚か。大軍に混じり、高性能な銃火器を使い、莫大な国防予算に守られた実戦など無意味。だから、わたくし如き若輩に敗れるのです」

「その通り。私は傭兵として以前に、人間として甘かった。挫折を知らずして力は手に入らん。だが、偽PDSはその挫折に見合わぬモノを私から奪い去った」

 彼は叩き落とした手斧を拾い上げ、津軽に投げ渡した。

「フェアプレイを御望み?」

「失ったモノと引き換えに得た力……それを相手に認めさせるためだ」

「いいでしょう。ところで、失ったモノとは?」

「二度と戻ることのない妻と幼い娘の正気。そして――」

 ガギャンッ!

 袈裟斬りに振り下ろされた手斧を、力強く受け止めるM9ナイフ。津軽とJの火花を散らす鍔迫り合いの接戦。

「ごめんあそばせ」

 スゥゥゥっと一気に息を吸い込み、次の瞬間、津軽の全神経と筋肉が踊り狂った。


―― 右斬り上げッ! ――      ―― 水平斬りッ! ――

             ―― 袈裟斬りッ! ――    ―― 左斬り上げッ! ――

   ―― 逆袈裟斬りッ! ――         ―― 突きッ! ――


「くうッ!」

 怒涛の六連撃。体のいたる所から腕が生えたかのような、変幻自在の攻撃にJの顔が激しく歪んだ。

「上等。全て受けきるとは驚きですわ。もしや、『観の目』を体得してらして」

「体得したワケではない。偽PDSの中毒症状が引き起こす副産物だ。私の目は既に物体を正しく認識できず、常にボヤけている。その代わり、動く物体全てに素早く反応し、攻撃の軌道が先読みできる」

「なるほど。しかし、アナタのソレは所詮、僥倖。自分のモノにしきれない牙は、簡単に折れてしまいましてよ」

 ――パキンッ

 M9ナイフが折れ、刃先が床に転がった。

「任務失敗か……」

「J……」

 メンバー達の士気も折れた。

「降伏なさい。雇い主に関する情報を吐けば、警察機関に口添え致しましょう」

「気遣い結構。この国に留まれないのなら、どう扱われようとも意味は無い」

「……と言いますと?」

「我等チームは烏合の衆ではない。それぞれが違った形で偽PDSに憎悪を抱く。裏のスポンサーの抹殺こそが最終目的だった」

「わたくしの職場を強襲しておきながら、その言葉を信じろと?」

 津軽の鋭い眼差しが片膝をついたJを射抜く。その直後。


<くぅぅぅぅぅ~~~~~マッマッマッマッマッ!!>


「――――ッ、何だッ!?」

 朱文のラジオから聞こえてきたけたたましい笑い声。リビングに居る者全員が固まった。

(この声はプー左衛門……何故公共の電波から? もしや――)

 ハッとしたJがテレビの電源を入れる。


<今から起きて仕事に出かける真っ当な社会人も、今から寝ちゃうニートの皆も、まとめてグッモォ~~ニィ~~ンッ! 拙者の名前はプー左衛門。巷で人気の卑し系だクマ★>


 モニターに映った可愛らしいクマのヌイグルミ。どのチャンネルに変えても同じ映像が流れている。

「何のつもり……!?」

 ヌイグルミの背景を目にし、津軽が息を呑む。そこには電薬管理局本部施設の外観図と、局長の顔写真が貼られていた。

<社交辞令は抜きにして、早速、拙者から通達させてもらうベア。これより人類の文明をちょっぴり破壊するんだな。何をする気かって? 『世界を統べる13の首』を一斉に斬り落とし、テレビもラジオも新聞も機能しない、まさにを到来させてやるんだクマ~~>

「何だとッ!?」

 Jとその仲間達がザワめいた。

「小競り合いをしている場合ではなくなりましたわね。裏のスポンサー抹殺という目的が事実なら、わたくしと共に管理局へ参りましょう」

 事態は急変した。


<愚かなり電薬管理局ッ! 愚かなり人類ッ! この瞬間ときを待っていたあッ!!>


 沈黙した電子の砦に、プー左衛門の雄叫びが木霊した。その声はまさに審判の一声だった。あらゆる力を荒唐無稽に行使できる、禍々しき神のごとき存在。自らの圧倒性を誇示し、自らの有利性を主張し、自らの絶対性を押しつける。ネットという巨大な電子のスープから生成された、決して踏み込んではいけない領域の住人。

<は、は、は……あぁ、やっちゃったか。もう人間には戻れない……か>

脱力し切った浜松が独り言のように呟いた。人は己の無力を分かり過ぎた時、何もしなくなる。思考も止まる。局長も課長も分析官もだ。つながったままの内線電話の受話器からは、最後の判断を誤った室長の呻き声が、微かに聞こえていた。

<ボク達に被害はありませんが、なんだか口惜しくてたまらないですね>

<そうじゃのう。儂等の土俵で打つ手無しとは、不愉快極まりないわい>

<それで浜やんはどうなるン? 死んでしまうンか?>

 郡山、土佐、出雲の三匹は、モニターの中で静かに揺らめきながら、この事態の行く末を静観する他なかった。出来る事は何も無い。

<むぅ~~、浜松は死んでしまうのか?>

 泳ぐ事をやめた浜松にポチが問いかける。

<『浜松』という黒出目金は生き残る。けど、『深見素赤』っていうバカな女は、バカのまま死んじゃう>

 彼女は自嘲気味に答える。

<おぉ~~、ついに希代のクソビッチもここまでということか。なら、ファックな奇跡が起きちゃって、どうにもこうにも助かっちゃた時は、ポチがグーで死ぬまで殴ってやるんだぞ>

 相変わらずポチに表情は無い。浜松の膝の上にチョコンと腰かけ、あさっての方に目を向けている。

<はいはい、どうぞ。こんな顔面でよけりゃ、グーでもチョキでも好きなだけ──>

<来たみたいだぞ>

<────え?>


 ブウウウウウゥゥゥゥゥ────────ッッッン


 不快な音がしてモニターが揺らいだ。携帯端末PDAだけではない。モニタールームの全モニターと取調室内のノートPCもだ。

<────ッ、クマッ!?>

 プー左衛門の姿がぶれて雑音を纏う。

「……何だ?」

 状況の変異を察知した課長が立ち上がり、ポチと同じくあさっての方に視線をやる。


 ボロッ、ポロポロポロポロポロ……


<コレは……浸食ハッキングされてるベアッ!?>

 ヌイグルミの毛がみるみる抜け落ちていき、重度の皮膚病に侵されたかのように、皮膚が剥がれていく。

「何が起きている……?」

 局長も分析官も事態が把握できず、ただただ戸惑いながら立ち上がる。

「局長ッ、システムエラー回復ッ! こちらからのアクセスが可能ですッ!」

「よ、よし……生きている予備電源を全て『第二解体室』に回せッ! どんな弱い電力でも構わん。サーバー、災害システム、非常灯ランプ、給湯室のポットだろうが何でもいいッ!」

 局長が慌てて分析官に指示を出す。

「しかし、サーバーの電力まで回してしまったら、管理局の防衛機能が失われ、中枢が丸出しになります」

 課長も慌てて立ち上がる。

「深見素赤の肉体バックアップがそのなのだよ」

「なんですとッ!?」

政府うえに知られたら私の更迭どころか、管理局そのものが閉鎖されかねない機密事項だ」

「では、管理局にまつわるネットの都市伝説は……」

「事実だ。だが、強制はしておらん。この件は深見から進んで身を投じた」

「文字通り彼女は生きた防火壁ファイアー・ウォールになったと?」

「にわかには信じがたいだろうがな」

<フザけるなあああああ──────────ッッッ!>

 急に発せられたプー左衛門の怒号。既に半分程の体毛が抜け落ち、映像自体が目に見えて劣化し始めていた。

<局長ッ、貴様のせいで拙者は────クマッ!?>

 バタバタバタッ、ドタドタドタッ

<いっただきま~~っす☆>

 子供だ。4、5歳くらいの子供達が急に映像内に現れて、プー左衛門の体に次々と抱きついていく。そして。

 ――カプッ

 噛みついた。とっても可愛らしく、腕や脚や頬に噛みついていく。

<クぅぅぅマぁぁぁ……コ、コードがものすごい速さで、書き換えられるぅぅぅ……ネット環境を維持できないベぇぇぇアぁぁぁ……>

 震え、苦悶し、血の涙を流し始めた。そんなクマのヌイグルミに、そっと差し伸べられる一本の手。白く、滑らかで、程良くムチッとした優しい手。

<あらあら、まあまあ。よそ様のおうちなんだから、もっと行儀良くしましょうねぇ>

 『アンジェリーナ』がそこに居た。

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