第36話戦闘力……たったの5か……正常だ
「……何っスかコレ?」
二階の捜索でLが最初に入ったのは、人質監禁用のしるくの部屋。彼が最初に目にしたのは、スーツ姿で床の上に転がされ、熟睡している一人の女性。両手両足を拘束され、口には猿轡。背中には『性犯罪者』って書かれた紙が貼られてる。事情を知らない人間から見れば、明らかに事件現場だ。
(困ったっス……)
家の住人の情報に該当しない者を発見。やれやれといった顔で彼女をお姫様だっこしようとしたその時。
ザザザッ、ピュィィィ……
「んんッ?」
不意に聞こえてきた機械的なノイズ。音はすぐに消えたが、確かにクローゼットの中から聞こえた。
(なるほど。捜す手間が省けたっス)
片手に筋弛緩剤の注射器を構え、クローゼットの扉を静かに開けた。
「……ッ」
「ちょろいもんっスねえ」
朱文をしっかりと抱き締め、相手を睨みつける弥富が居た。
「さあ、来てもらうっス。Mr.ベッカーが御所望っスよ」
「俺が言うのもなんだけどよ……アンタ等、頭オカシイぞ」
勝算の無い相手に対する弥富のわずかな抵抗。
「そうっスね。偽PDSがまともだった頭を奪ったっス。うち等のチーム皆が同じなんスよ」
「え?」
一瞬、Lの顔に影が落ちたような気がした。
「とにかく、一階のリビングに集合っス」
従う他に道は無い。弥富の腕の中には、弱々しく震える命がある。生まれて初めて感じる義務感が、彼の中に隠れていた勇気を突き動かしていた。
「で、アンタ等何者よ?」
しるくの目にヤル気のオーラがみなぎっている。両手の指をゴキゴキと鳴らし、今にも飛び掛かってきそうな物腰だ。
「こっちはプロだ。しかも五対一。勝ち目の無い殺し合いで苦痛を味わうより、楽に死ねる方法を提案したいのだが」
そう言ったJの目線の先では、Sがスーツケースから注射器を取り出している。
「痛くされる方が好きなら、コイツで犯してやってもいいんだぜ。オ嬢チャン」
しるくの背後に立つBの手には、サイレンサー付きの
「わぁ~~お、可憐な女子高生一人にオッサン四人がかりでオモチャプレイ? 薄い本が出来そう」
殺傷兵器を前にしても彼女の戦意は萎えないが、勝機は欠片も感じてはいなかった。ハナっから勝つ気も無い。とにかく、朱文を外に逃がすタイミングだけを得る。その一点に集中していた。
ダンッ――!
「うおっとッ」
しるくが強烈に床を蹴り、次の瞬間には、Bの鼻先を飛び後ろ回し蹴りがかすめた。彼女は着地と同時に腰をストンッと落とし、矢継ぎ早に脛めがけて蹴りを放つ。
(うぐッ……!?)
綺麗にヒットしたがBが体勢を崩すことはなく、しるくが痛みで顔を歪める。
「元気なオ嬢チャンだ。五体満足の身だったらヤバかったかもしれねえな」
そう言って制服の裾をめくり上げたそこには、金属製の義足がキシキシと音をたてていた。
「諦めろ」
Jの一言が場の空気を決定づけた。
バコンッ!
「ちょッ!?」
リビングの床下に続くパネルが吹き飛び、そこから生えてきた一本のズ太い腕が、しるくの足首をつかむ。外の見張りに立っていたTが中からヌッと現れ、ケタ外れのパワーで彼女を無造作に振り回し、壁に叩きつけた。
「こちらも雇われた身。悪く思うな……とは言わん。死ぬ瞬間まで罵ってくれ」
憐みすらたたえたJの視線が向けられる。
「罵る代わりに教えてよ……何でアタシがヤられなきゃいけないの?」
最早、生殺与奪の空気は傭兵チーム側のモノ。どうしようもない絶望感に打ちひしがれ、しるくは目尻に涙を溜めながら問う。
「やめとけよ。良い思い出にだけ抱かれ、静かに死にたいならな」
ソファに深々と体を沈めたBが、面倒臭そうに答える。
「…………」
が、しるくの気迫は揺るいでいない。最後の抗いにも似た視線を向け続ける。
「いいだろう、残酷な事実を話そう。まず、オマエの両親は既に殺されている。Mr.ベッカーの指示でな」
「――――ッ!?」
しるくの瞬きが止まる。
「自分の親が何者だったか知っているか?」
「二人ともただのプログラマーよ。殺されるような事は――」
「違う。オマエの両親は警察庁の内部調査官だ。社会的立場上、家族にすら正体を隠す必要があった」
「そんな……!」
「二人は調査の一環で、偽PDSに関係する金の流れを知ったのだ。そして、その汚れた金が身内の上層部に繋がっていると突き止めた」
「安い三流サスペンスね。バレたと知ったMr.ベッカーが、告発される前に口を封じた……そういうワケでしょ?」
「少し違う。二人は偽PDSの件をネタに彼を強請ったのだよ。裏ビジネスに一枚噛ませろとな」
「ウソよッ! 下らない事言わないでッ!」
激昂して涙が頬を伝った。
「なら、もう一つ下らん事実を話そう。オマエの弟の失明……それにもMr.ベッカーが関わっている」
「何ですって……!?」
「偽PDSは粗悪な脱法ハーブなどとは違う。非公式でモニターを募集し、製品の特質と妥当性を確認して、ネットの裏サイトに流す。周知の通りその中毒性は高い。個人の体質によっては、肉体・精神に障害をきたす。今回はオマエの弟が割を食ったというワケだ」
「要するに、姉弟そろってベッカーの旦那に利用されたんだよ。オマエが両親の行方を独自に捜索しないよう、わざと自分の目と手が届く所に置き、監視していた。ついでに裏仕事を押し付けてな」
JとBが軽く鼻で笑う。
「……そう」
しるくの声から抑揚が消え、瞳に影が落ちる。次の瞬間、彼女の首を掴んでいたTの腕を、尋常ではない圧迫と痛みが襲った。
「ぬおッ!?」
腕の筋肉と骨が軋み、小刻みに震え出す。
「やめやめ、やっぱ諦めるのや~~めた」
殺気が噴き出す。しるくの手がTの前腕に食らいつき、握り潰さんとしている。
「放しやがれクソガキがッ!」
ゴッ!
鈍い音がした。Tの大きな拳がしるくの顔面に叩き込まれ、ブッと鼻血を噴いた。にもかかわらず、彼女は口元に不気味な笑みを浮かべ――
ガブリッ!
「ぬあッ!?」
その拳を丸呑みするかのような勢いで噛みついた。
「あのクソオヤジの本性はよ~~く分かったわ。だから、弥富更紗は絶対渡さない。たった今から長洲家の専属家政夫として雇っちゃう」
しるくの反撃。突き出された腕に素早く両脚を絡ませ、腕ひしぎ十字固めの要領で、Tを床に倒れ伏させる。
「逃がすなッ!」
Jの一喝で他のメンバーも動いたが、彼等の手をすり抜け、二階への階段を駆け上がる。
「おっと、こっちはまだ捜索中っス。大人しくしてて欲しいっスね」
階段の先で待ち受けるL。
────── ガギンッ! ──────
(……何だ?)
ドアのすぐ向こうから聞こえた、乾いた金属音。反射的に視線を向けた直後――
ドゴンッッッ!
「うわッ!?」
ブ厚いドアが吹き飛ばされ、Lが下敷きになる。
「ようやく出番ですわね。待ちくたびれましたわ」
両手に手斧を装備し、毅然とした面持ちで立つ女が現れる。
「何者だ?」
しるくを追って階段を上ろうとしたSが、眉間に皺を寄せて立ち止まる。
「電薬管理局・実動課エージェントの津軽と申します。アナタ方はどちら様かしら?」
下敷きになったLをドアごしに踏みつけながら、蔑みの目で見下ろす。
「ちッ……」
Sは軽く舌打ちして踵を返し、リビングへ戻って行く。
「何よ……丸3日寝落ちするって設定はどうしたのさ、オバサン」
「もちろん、嘘ですわ。わざと捕獲され、Mr.ベッカーと接触するタイミングを見計らってましたの。残念ながら、ベッカー本人の代わりに、どこかの狼藉者達が訪問されたようですので、狸寝入りはここまで。ま、おかげでアナタの不様な姿を拝見できて気分が良いですわ、小娘」
勝ち誇った表情で津軽は手を差し伸べた。
「行儀良く頭下げたりなんかしないからね」
攻撃的な声で言い返しながら、しるくはその手を掴む。抗う意志は決して萎えていない。
「上等ッ」
津軽の口元が不敵に歪んだ。
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