第31話津軽さん!? おかしくなったんじゃ!? 残念だったな、正常だよ
「ここですわね」
津軽は原付の持ち主を特定し、長洲家の住所を探り当てた。時刻は既に午前1時を過ぎ、周囲の住宅の殆どは、灯りを消して寝静まっている。
(参りますわよッ)
通りに人の気配は全く無く、彼女は側に建っている電柱を利用して、三角跳びの要領で器用に塀を越えると、敷地内に着地。と同時に、クラッチバッグから愛用の凶器を取り出した。
「さて」
キッと二階を睨みつける。灯りがついている部屋は一つ。まずは消灯している部屋から侵入するのが常套。
ヒュッ──
先程と同様に塀を蹴って三角跳び。闇夜を舞うムササビのごとく、身軽に軒先へ乗り移る。素早く部屋の窓に接近し、ガラス切りで窓の一部を円形に切り取った。
カチャ……
窓に開けた穴からゆっくりと手を差し込み、鍵を開ける。彼女は音がしないよう、窓を半分程開いて侵入した。
「…………」
部屋は大して広くないようだ。光源は外から差してくる、ささやかな街灯の光のみ。目が完全に闇に慣れるまでは動き回れない。彼女は中腰で固まったまま、息を殺し耳をすます。
(────ッ、気配が……寝息?)
すぐ近くから、とても小さく聞こえてくる人の息使い。間違いない……何者かが寝ているのだ。もしかすると、偽メイド本人にいきなり当たったのかもしれない。緊張で額に汗を滲ませながら目をこらす。布団だ。床に布団を敷いてダレかが寝ている。壁の方を向いて寝ているため顔は確認できないが、明らかに例の偽メイドとは別人だ。
(家族の一人?)
あまりとりたくない手段だが、敵である偽メイドに人質交換の交渉を迫るのが常套。
「失礼致しますわッ」
バッ──!
まさに寝込みを襲う。相手の首に片腕を回し、強引に上半身を起こさせると、もう片方の手斧の刃を相手の背中に当てた。
「あうッ──、えッ……何? ダレ? オ姉チャンなのッ!?」
背後から羽交い絞めにされ、相手の口から驚きの声が漏れる。
(声の感じは子供のようですわ……それに今、オ姉チャンと。偽メイドの外見年齢から察するに、コレは弟かしら?)
冷静に洞察力を働かせ、彼を布団の中から引きずり出した。
「どうか御静かに。心を静めて言う通りにしていただければ、危害は加えませんことよ」
津軽は彼を無理矢理立たせて周囲を見渡す。廊下の照明だろうか、部屋のドアの隙間から淡い光が漏れている。
「や、やだッ! オ姉────ッ、んぐッ……」
「声を上げてもロクな事にはなりませんわよ。さあ、姉上の御部屋まで案内してくださいまし」
大声を出しかけた口を手で塞ぎ、有無を言わさぬ威圧的な態度で背を押す。
「…………う、うん……」
彼はビクビクと怯えつつ部屋のドアを開け、津軽を先導する。廊下に出て左に曲がり、突き当たりの部屋の前で止まった。津軽が耳をそばたてる。見たところ普通の民家。ドアに何かしらのトラップがあるとは考えにくいが、慎重を期するにこしたことはない。
バタバタバタッ!
(────ッ!?)
部屋の中から何者かが争っているような物音。
「いいかげん観念しなさいよ」
「よ、よせッ! やめてくれッ!」
「ウフフッ、別に死ぬワケじゃないし、見た目より痛くはないって。すぐに慣れるわよ★」
「な、何で俺がこんなめに……はぐッ!」
男女が言い争っている。声の主は明らかに例の偽メイドと弥富だ。
(拷問? もしや、何か重要な情報を弥富殿から引き出そうと……?)
これはマズイ事態だ。一刻も早く救出しなければ。津軽は意を決した。
バンッ!
「そこまでですわよッ!」
荒々しくドアを蹴り開け、人質を盾にして突入した。
「なッ……!?」
「あッ……!?」
一瞬にしてフリーズする一組の男女。中に居たのは確かに弥富と偽メイドであったが、津軽が想定していた事態とは、少々異なっていたようで。両手首を縛られ、仰向けに寝そべった弥富に偽メイドが馬乗りになり、上着を強引にめくり上げながら、手に持ったピアスを彼の乳首に装着しようとしていた。そんな状態で固まった二人。マヌケだし、恥ずかしいし、青少年保護条例が黙っちゃいないし。
「……失礼致しましたわ」
パタン
津軽はドアをそっと閉じた。なんか申し訳なさそうな声でそっと閉じた。で、数秒間の沈黙と思考。
「そこまでですわよ、犯罪者ッ!」
「ちょッ、アタシの弟から離れなさいよッ! この犯罪者ッ!」
再度ドアを蹴り開けて対峙する二人。画的にはどちらも色々と犯しちゃってる。
「つ、津軽さんッ!?」
貞操の危機に颯爽と現れたヒロインの名を呼ぶ。
「弥富殿、御無事で?」
「一応無事っぽいですけど、画的にはあまり無事っぽくありません」
確かに。
「オ、オ姉チャン、この人って……!?」
目が見えない彼──朱文はすっかり怯えきっている。
「くッ、この卑怯者め……」
「朝駆けして人を拉致するような輩に、卑怯者呼ばわりされる謂れはありませんわ。お互い無駄な時間は省きましょう。弥富殿を今すぐ引き渡しなさい。さもなくば、アナタの弟さんを……」
そう言って手斧を彼の頬に近づける。部屋の照明に照らされ、朱文の顔がハッキリと津軽の目に映った。
「────まあ☆」
朱文の顔を目の当たりにし、津軽の口から漏れた声。とっても不吉な要素を含んだ声。
(なんという運命の悪戯ッ、わたくしのハートにドストライクな美少年ッ!)
朱文にとって残念なお知らせ。彼は人質から戦利品に昇格してしまいました。
(マズイ……津軽さんの顔つきが変わった。社会的に問題な性癖が発動してる……)
弥富の頬が引きつる。
「アンタ、それでも政府機関の役人なのッ!? アタシの弟に何かしたら……!」
「お黙りなさい。この家がアナタの根城ということは、全ての居住者が調査対象となります。大人しく弥富殿を返しませんと、弟さんを犯し──いえ、共犯とみなして逮捕しますわよ」
冷静な素振りではあるけど、心の中はムラムラ中だ。
「ま、待ってよッ、弟は事故で全盲なの。それに、まだ13歳。逮捕なんかされて妙なトラウマができたら……」
「13歳? まあ、まさに食べご──じゃなくて、若いのに御気の毒ですわ」
津軽さん、もう少し頑張って本音を隠してくれ。
「ところで、この有り様は何ですの? 弥富殿はわたくしの護衛対象者。経緯を説明していただきますわよ」
そう言ってキッと睨みつけてくる。
「ええっとですねぇ(汗)」
当惑する弥富。SMチックなアイテムで拘束され、しるくに馬乗りにされていたのには深いワケがある。
津軽突入の数分前――
「それじゃあ、上も下もポポポポ~~~~ッイといっちゃって」
「いやいやいや……えらく当然みたいな言い方だけどさ、丸裸になる必要はないよな?」
「だってぇ、拘束具の構造上、服の上からじゃインパクトないし。アタシも楽しめないし」
思い出した。コイツ、自分が見ている前で、俺に排尿させようとしてたんだった。
「下半身は勘弁してください。弁護士を呼んでください。田舎の両親を泣かせないでください」
弥富、しぶる。
「う~~ん……じゃあ、こう考えてみて。アダムとイヴは禁断の果実を食べちゃって、ピュアな心を失い、羞恥心が芽生えて服を着るようになった。ということは、露出狂の人は失われたそのピュアな心を取り戻しつつある、素晴らしい人類ではないか……ってワケよ」
どんだけ強引な曲論だよ。
「──っという事がありまして。無理矢理剥ぎ取られそうになったトコロに、津軽さんが現れてくれました」
端的に説明し終えて少し落ち着いた弥富。使い道の無い貞操は守られた。
「状況は把握致しました。では、早速」
ヒュッ──!
手の平で軽やかに踊る二本の手斧。津軽は朱文を優しく部屋の外に押し出し、長洲しるくと対峙した。
(ふんッ、完全にヤル気じゃん)
殺陣の空気を感じ取ったしるくが、額に冷や汗を滲ませる。こうも早くここを特定される事自体が想定外。自室とはいえ、こんな狭いスペースでは地の利もクソもない。先に凶器を装備した方が圧倒的に有利だ。
「前回のような下準備は見受けられませんわね。つまり、奇襲をかけられたアナタに勝機は皆無。わたくしも畜生ではありません。抵抗しないのなら、傷つけはしませんことよ」
厳然たる態度で言い切った。勝利を確信したこの余裕に感化され、低下しかけていたしるくの士気が急上昇した。
「ナメないでよねッ、オバサン!」
ジャラッ!
弥富拘束用の細い鎖付きの首輪を拾い上げ、構えた。
(所詮は素人ですわね。このような狭い場所では、間合いの微妙な調整が必要なロングレンジの武器は不利)
津軽の口元がわずかにニヤける。
「では、御仕置きと参りましょう」
相手との距離は床の一蹴りで無くなる程度。鎖をどの方向から振り回してきても、確実に手斧の一撃が先に入る。例え防御に使ったとしても、SMグッズとしての鎖……防ぎきるだけの太さも強度も無い。が、ここで確率と可能性がとんでもない暴挙に出た。
ぐらっ……
(あ、脚に力が……こんなタイミングで……迂闊ッ)
津軽の体が文字通り脚から崩れ落ちたのだ。
「へッ? 津軽さん!?」
圧倒的有利な空気を醸し出していた津軽の変貌に、弥富が戸惑いの声を上げる。
「や、弥富殿……睡眠期が、は……始まって……無念ッ」
────ガクッ
彼女の意識が飛んだ。そして、訪れた沈黙の中で聞こえる小さな寝息。実に分かりやすく寝落ちしたのである。ネットの神よ、これは何と呼ぶ試練ですか?
ネット神「フラグ回収」
思い出した。津軽は脳髄に先天性の奇病を患っていて、丸3日活動した後、丸3日眠り続けるって説明を受けたのを。
「…………何コレ?」
勝負は一瞬にしてついた。よく分からないまましるくが勝った。正直、複雑な気持ちだ。鉛筆でピーマンの絵を描いたら、「上手に描けたね、パプリカ」って他人から言われるくらい複雑な気持ちだ。が、確実に言えるのは、今度はしるくの口元がニヤける番だった。
「超ざまぁぁぁぁぁッ! プギャー!m9(^Д^ )m9(^Д^)9m( ^Д^)9mプギャー!」
弥富の人質生活、延長決定である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます