電子戦争《テロリズム》
第30話おいしいものは、脂肪と糖と正常さでできている
「おいおい、どうしたんだよ?」
長洲しるく宅。弥富のアパートへ糸ミミズを取りに行った長洲だが、手にはコンビニの弁当と惣菜を詰め込んだ袋を持ち、注文しておいたのはドコに? それに、何かに追われていたみたいに落ち着きが無い面持ちだ。
「ふぅ~~、マジでヤバかった。一体何事よ……」
彼女は玄関の壁にもたれかかり、愚痴りながら呼吸を整えている。
「で、何があったんだ?」
「アンタのアパート近くの交差点で衝突事故が起きたの。危うく巻き込まれそうになったわよ。しかも、アパートの方を見たら、大勢の軍人が中から駆け出してくるし。アレってアンタの部屋の隣だったよ」
「軍人? それって……俺が拉致されたのと関係があるのか?」
「かもね。軍人に混じって例のオバサンもいたし」
「津軽さんがッ!?」
「一応見捨てられてはいなかったみたいね」
そう言って弥富に見えないように苦笑し、キッチンのテーブルに荷物を置いた。
「コイツは何だ?」
「何って……夕飯よ」
さも当たり前のように言う。豚カツ弁当、上海焼きソバ、エビのグラタン、酢豚、筑前煮、コーンサラダ、ビーフカレー……まさにザ・コンビニメニューだ。
「ベタな食生活だな」
「外食依存症のニートに言われたくないわね」
「確かにな。じゃ、明日の朝は俺が簡単な朝食を用意してやるよ」
「えッ、できるのッ!?」
「失敬な顔しやがんなあ。外食に頼る前はしっかり自炊してたの。節約のためにな」
「ふぅ~~ん。ま、期待はしないけどヨロシク。でも、炊飯器とかって使い方分かる?」
しるくが真面目な顔して聞いてくる。
「……おい。まさか、米の炊き方からして知らないってレベルか?」
「うん、知らな~~い」
あさっての方向にめがけて笑顔。いいか、よく聞け女子高生。料理が一通りこなせるってアピールは男に媚びるためではなく、生活力を磨くために必要なのだよ。
──ってなワケで、二階から朱文を呼んで三人で夕食。
「いただきま~~ッす!」
嬉しそうに手を合わせるしるく。彼女の前に並んだ食事の量は、一般の年頃女子高生が摂取する量を遥かに超越していた。
ピッ──
弥富が何気なくテレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。
<速報です。昨今、社会現象にまで発展していた偽PDSの問題ですが、つい先程、電薬管理局の記者クラブから発表があり、偽PDSの生みの親と目される容疑者が逮捕されたとの事です>
────ッ!?
忙しく箸を動かしていたしるくの手が止まり、弥富も思わずテレビのモニターを直視した。
<現場の映像は未だに入ってきてはおりません。未確認ではありますが、国家調査室と電薬管理局による合同作戦が実施されたとの情報もあり、今後、ネット上におけるハッカーやサイバーテロリスト達の動向が警戒されます。繰り返します。本日──>
――ブゥゥゥゥゥン、――ブゥゥゥゥゥン
テーブルに置いてあるしるくのケータイが振動する。
「…………」
しるくはすぐにケータイへ手を伸ばしたが、一瞬、弥富の方に目をやって何かをうかがうように沈黙している。
「出ろよ」
彼は何か察した感じで促した。
「う、うん……ちょっとゴメンね」
弱々しい声で呟き、ケータイを握りしめてリビングの隅っこに歩いて行った。
「あ、あの、ボク……」
偽PDSという単語に敏感に反応する朱文。無理もない……自分の目が見えなくなった原因は本人もよく知っているのだから。
「もしもし、何よ? 夕飯時に」
<テレビを見ろッ! 緊急事態だッ!>
相手はMr.ベッカー。予感した通りの相手からだ。
「はいはい、ついさっき見たっての。で、本当なワケ?」
<安全な回線を使って接触を試みた……だが、ヤツと連絡がとれん。まさに驚天動地だ>
「まさか、そっちも済し崩しに捕まっちゃうとかじゃないでしょうね?」
しるくの声がわずかに震える。
<分からん。アノ男が予想以上の腰ぬけで、余計な情報をリークしてしまう可能性はある。これから私はMrs.フェリックスと連絡をとり、今後の身の振り方を算段せねばならん>
「アタシの方はどうすればいい?」
<今後の展開次第では、人質の存在が最も重要になってくる。絶対に監視を怠るな>
「ちょ、そんなヤバイ状況でアタシが預かってていいの? 別の人に代わってもらった方がよくない?」
<いいや、こんな状況だからこそオマエが一番の適任だ>
「何でよ?」
<オマエはMr.アストラとは一切面識が無い上に、接触した物理的な記録も無い。ヤツが拷問まがいの尋問を受けたところで、オマエに関する情報は流れない>
「あ……そっか」
<唯一の懸念材料は、実動課のエージェントがオマエの顔を知っていることだ。だが、当局もダレが拉致したのか目途が立たなければ、捜索に時間がかかるハズだ>
「あッ……え~~と(汗)」
<おい、まさかッ!?>
「ゴメン。アタシが拉致ったコトがモロバレな書置きしちゃった……テヘペロ☆」
<このマヌケがあッ!>
Mr.の怒号が飛ぶ。
「大丈夫、心配無いって。交通局のカメラがカバーしてない道を選んだし」
<本当か? これ以上の抜かりは無いと断言できるのか?>
「コスプレの神に誓って」
えらくコアな神だな。
<……いいだろう。とにかく、弥富更紗をしっかり見張れッ!>
プツッ──
押しつけるみたいに言い放って通話を切った。
(まいったなァ……ちょっぴり緊張してきた)
まさかの事態だ。偽PDSの元締めが捕まったということは、『子』や『孫』の一斉検挙もありうる。そうなれば、過去に偽PDSを使用した個人までも調査対象にされかねない。つまり、朱文にも火の粉が降りかかる恐れがある。
「何の電話だった?」
「ふぎゃあああああァァァァァッ!?」
急に背後から弥富が声をかけてきて、しるくがバンザイみたいなポーズでビックリ。ケータイが宙を舞う。
「驚き過ぎだ。まずは落ち着いて──」
「ええ、落ち着くわよ(怒)。こうやって脈拍を正常に戻すわよ(怒)」
グイグイッ、グイグイッ……
両手で絞め上げられる弥富の首根っこ。
「ちょッ、やめて。マジでキマってるから……き、気が遠くなって……見たこと無い天使が降臨してるから……」
天使A「おいおい、殺害現場に降りちゃったよ」
天使B「いいのか? まだ神様から魂の回収許可は得てねえぞ」
天使C「いいんじゃないっスか。ちょっとしたフライングっスよ」
天使B「いやマズイって。少年と大型犬みたいに綺麗にキッチリ死んでからが鉄則。この状況での俺達はただの不法侵入者だから」
天使A「別にいいんじゃねえの。この世界ってさ、勝手に人の家に上がり込むヤツ多いらしいし。泥棒とかヨネスケとか」
天使B「そんなのを天使と同列にすんなよ。とにかく撤収するぞ」
天使C「うぃ~~っス。先輩、今回って時間外手当てつくんスかねえ?」
天使A「そんなのは経理部の連中に聞けよ」
天使共、天へと帰還。
(お、おい……助けてくんないの? ……ガクッ)
弥富、天井に手を伸ばしながらおちた。
「まだ食うのかよ」
食事が終わり、弥富としるくはしるくの自室(監禁部屋)へ。朱文は風呂に入っている。しるくは椅子に座り、背もたれにゆったりとその身を預け、生クリームがタップリのプリンを食している最中。
「ちょっと激しく体動かすから糖分を摂取しとくの」
「え……?」
「うっわァ~~、反応がキモッ。飢えた野郎の頭ン中って思考が単純過ぎッ」
微妙に頬を薄赤くする弥富に……「死ねよ、ゴミ虫」みたいな面で返す。
「ヤンデレコメットの名前で動画投稿サイトに投稿してんの。アニソン歌ったり曲に合わせて踊ったりするんだけど、サイトじゃ結構な有名人」
ドヤ顔したしるくが空になったプリンの容器をゴミ箱へポイッ。
「それで撮影機材が辺りに転がってるワケか」
「さあ、括目しなさいッ!」
そう言ってクローゼットを全開。中にはメイド服にミニスカチャイナ、婦警に魔女っ娘、浴衣に水着……男共の淀んだ需要に対する供給源がそこにあり。
「けしからんッ、ああ~~けしからんよッ! 基本的に若い男ってのはな、エッチな物を投げつけられると爆発するんだよ。主に股間がッ!」
口うるさい父親みたいな態度だが、言ってる内容は童貞の戯言だ。
「はいはい、そんなコトは知ってますっての」
ミニスカメイドに着替えながら、彼女は高揚感でテンションが上昇中だ。
「あのさァ……俺の事キモイって言うんなら、どうして目の前で着替えんの?」
「勝手に見られるのとアタシが見せてやるのとでは、エロの質が根本的に違うのよッ!」
「要するに、オマエはバカな男共にエサを与えて楽しんでいると。陰湿なドSであると」
「こっちは機材に経費かかってんのに、視聴者にタダでアタシの艶姿を見せてやってんの。こっちの性癖を満たしたってバチは当たんない。コスプレの神様がそう言ってる」
何でも神様につなげるんじゃねえよ。いちいち神様出てきたら、トイレの女神様と花子さんが殴り合いのケンカ始めちゃうよ……って、じゃあさあ、男達は女神様の前でいっつも泌尿器を露出してたワケ?
――ファサッ☆
着替え終わったしるくがミニスカを翻し、あさっての方向に営業スマイル。PCと撮影用機材を機動。スピーカーから流れるとってもアップテンポなBGM。部屋の空気が別次元とつながったようなテンションに変わり、彼女の表情に一気にパワーがみなぎった。
(うっわあァ……)
オマエ、病んでるよ。カメラに向かって夜中に一人で腰振ったりターンしたりする様は、シラフな精神状態では直視できねえよ。
「な、何よッ!? その人を心底から哀れむような目はッ! 変じゃないからねッ、アタシはとっても正常な女子高生なんだからねッ!」
少し息を荒くしながら声を上げる。
「いいか、よく聞け。「そうです、私が変なオジサンです」って言うのと、「そうです、私が正常なオジサンです」って言うのとではどっちがより変だ?」
「──ッ、何て事なの……後者の方がより変に感じるッ!」
「その通りだ。それこそが真実だ」
明らかにオカシイ諭し方だが、彼女は驚愕の面持ちで納得しちゃった。
「それはそうと……ちょっと頼みがあるんだけど」
急にしおらしい声になって、手を後ろで組みながらモジモジしだす。さっきまでとの落差が大き過ぎて気持ち悪い。
「糸ミミズの回収も無理となると、俺は何もしてやれんぞ」
「ううん、そっちの件じゃなくてさ」
彼女はデスクの引き出しから一冊の本を取り出す。
「じゃ~~ん♪ 綺麗に撮れてるでしょ?」
「…………」
目を細めて沈黙。手にしているのは本人のいわゆる『コスプレ写真集』。弥富は恐る恐るソレを手に取り、中身をペラペラっとめくって見てみる。ほとんどがアニメ・ゲーム系のキャラコス。
「オマエ……コレ売ってんの?」
「ネット通販のみだけど結構評判良いんだよ。でさ、こういう写真集にはもっとエロスが必要だと思うのよ。買うのって野郎ばっかだし」
「待て待て待てッ、オマエの想定するエロスがどういうモノかは知らんが、もっと沢山売るため肌をさらすってのは……イカンッ! お父さんは許しませんよッ!」
「R指定されないギリギリの構成だから問題ないの。でね、次の新作の構想は固まってるんだけどさ、それには男性の協力が必要なワケ」
しるくが不吉な笑みをこぼす。
「やめてくれ。俺は一切関わりたくない」
「ねえ、一宿一飯の礼って知ってる?」
「……おふッ」
弥富の中で大切な何かが失われようとしていた。またしても。
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