第24話奇跡を待つより正常な努力よ
「ただいま戻りましてよ、課長」
現場検証でごったがえす検査棟に津軽が帰還。水が入ったビニール袋を携えて。
「とんだ不始末だな……津軽」
半日ですっかり痩せ衰えてしまった宇野課長が出迎える。
「この失態はMr.アストラを捕縛して挽回してみせますわ」
「そうか。オマエもヤツが関わっていると思うか」
課長が深く溜息をついた。
「ところで、禁魚達の要望通りコレを持って来ましたが、何を?」
水が満たされたビニール袋を凝視する。
「理由は聞いていない。とにかく、水槽に入れてやってくれ」
三匹の禁魚が遊泳する水槽へと袋の中身を流しこむ。そして、弥富のアパートから持ってきたインカムを装着した。
「おおォ、よくぞ生きていたな。このロクデナシ共めェ~~」
いきなり現れた、ワンピースに麦わら帽子姿の幼児──ポチ。禁魚三匹に向かって駆け寄っていく。
「ほんなら早速」
「いただきます、ですね」
「ふむ、食おうかのう」
モシャモシャ、ガツガツ、ジュルジュル~~
「いいぞォ、どんどん食うがいいぞォ。生まれてきた事自体が黒歴史なポチの肉体を摂取し、オマエ達の臓腑も真っ黒になってしまえ~~」
辞世の句で呪いをかけながら食われるポチ。
「……で、この面子で何がしたいんだ?」
課長が水槽の前にパイプ椅子を持ってきて腰かけた。
「めたもるふぉーぜぇぇぇぇぇッ!」
急に水槽とその周辺が暗くなり、妙なテンションの声がした。
「おい」
悪い予感がする。これから先は圧倒的な時間の無駄が懸念される。
パッ──
照明の無い箇所からいきなりのライトアップ。
「うちはギルティ・バイオレット! 荒んだ現代人のハートを癒すチームの救護役やッ!」
出雲、サイズが合わないワンピース衣装で登場。
「ボクはギルティ・チェリー! その筋のオ姉サン達から好評なチームの交渉役ですッ! ……すっごく恥ずかしいですッ!」
郡山、前回の弥富の忠告通りにスネ毛の処理を終えている。
「儂はギルティ・アイリス。え~~、その、アレじゃ。チームのマスコットじゃよ。ああ、なんかもう……面倒臭いのう」
土佐、目出し帽を被っただけ。世間一般で言うところの不審者。
「ポチはギルティ・ブロッサム! 労働意欲の無い若者を無差別にジェノサイドしちゃう、チームのリーサルウエポンだぞッ! せぇ~~のッ──」
<ワン・ツー・スリー・フォー・ギルティ5!!>
ブシュウゥゥゥゥゥ!
どこからともなくレインボーな煙が吹き出して、禁魚三匹と糸ミミズが珍妙なステッキを手にポーズをきめた。当然、拍手は無い。
「……で?」
津軽が全く関心が無い様子で聞く。
「ネットの海を漂う怪しい情報をピックアップし、電子指紋から目標の人物の居場所を突き止めるンや」
「そしてぇ、完膚なきまでに駆逐してくれるんだぞ」
要するに、遊び半分で拉致事件の真相を暴いてやる……そんな心構えだ。
「『Mr.アストラの拘束』、『浜松と弥富更紗の捜索』、及び『大規模なサイバーテロの予防対策』……この三つが急務だ。いいな?」
「任せときッ!」
出雲がウインクして斜め45度のポーズ。完全に浜松の悪フザケに毒されてる。
「課長、わたくしは道路交通システムにアクセスし、弥富殿の捜索を──」
と、踵を返そうとした津軽の肩に、ポンッと出雲の手が乗せられる。
「ちょいちょい、独断専行はアカンで、ギルティ・ローズ★」
満面の笑顔という凶器でもって行われた勧誘。出雲の片手には衣装一式が。
「……か、課長、助けてくださいまし(汗)」
引きつった顔で上司に救いを求める。
「スマン、非常時だ。逝ってくれ」
上司、視線を合わせられず、あさっての方向を向きながらポツリと呟いた。
「どうするよ?」
弥富が部屋の中でポツリと呟いた。蒸発に気づいた津軽さんが実動課に連絡し、大捜索が始まっているハズ……そう思いたい。目撃者の証言とか監視カメラの映像とかから、この場所を瞬く間に割り出し、どっかのバーローみたいにカッコ良く救ってくれるハズ。そう思わせてよッ、ねえ、幸運の女神ッ!
女神A「真実はいつも一つッ! ……もしくは二つぐらいッ!」
(ダメだ……不安で押し潰されそうだ)
部屋のドアは外と内側のどちらからでも鍵をかけられるよう、改造されている。現在は外から鍵がかけられ、窓はあるが金属製の格子がはめこまれていて、脱出は不可能。しかも、ここは二階。格子が無かったとしても、弥富の更年期障害な足腰では、着地と同時に何かがポキッといく。そう、ポキッと。
「よし、こうなれば」
窓を全開して大きく息を吸い込んだ。そう、大声で叫んで周囲の民家に助けを求めるのである。
「ダレか──」
ガチャ……
(や、ヤベッ!)
解錠される音がして大口を開いたまま硬直する。ドアノブが回りドアが開いた。
「オ姉チャン、居る?」
「……え?」
一人の少年が立っていた。12、3才くらいのちょっぴり痩せ気味な少年だ。
「あれッ……居ないの?」
「あ、俺は、その~~」
予想外の来訪者で対応に困っている。
「えッ、ダレ? お客さん?」
少年の声がわずかにうわずっている。何かから逃げるようにドアを半分だけ閉め、隙間から顔を出した。
(――ん?)
弥富が妙な違和感を感じた。少年は両目のまぶたを閉じたまま様子をうかがっている。
「あの~~……オ姉チャン、部屋に居ますか?」
オドオドした態度で聞いてくる。やはりそうだ。この少年、目が見えていない。
「こらッ、
少年の背後から声がして、彼はビクッと体を震わせ振り向いた。
「ダメでしょ、勝手に鍵を開けたら」
「ご、ゴメンナサイ……ラジオの調子が悪くなっちゃって、直してもらおうと思って」
「分かったわ。ラジオは後で修理しといてあげるから、自分の部屋に戻ってなさい。いい?」
彼女──ヤンデレコメットは少年から携帯式のラジオを受け取った。
バタンッ!
ドアが強めに閉められる。
「見ちゃった?」
「うん、見ちゃった」
明らかにテンションがダウンしている彼女。
「あァァァ~~、もォォォ~~ッ! いきなりプライヴェート目撃されちゃったじゃんッ!」
何故だか頭を抱えて悔しがってる。先程までは例のミニスカメイド服だったが、今は紺のブレザーにネクタイをしめ、膝まで隠れるスカート。頭髪も黒に染め直してある。
「またコスプレかよ」
弥富は床の上にキチンと正座し面倒臭そうに呟く。
「違うわよ。言ったでしょ、アタシは現役の女子高生なの。今は夏休みに入ってるけど部活があるワケ」
「なるほど……」
毎日が日曜日な弥富にとって、『学校』や『学生』という単語は実に恐れ多く、芳しい。しかも、目の前には朝一番の生搾りなJKが一人。「青春ってナニ? それって食えるの?」……みたいな学生時代を過ごした日々。そんな彼に神様がささやかな御褒美を与えてくださったのか? 脳内の造りは痛々しいが、よく見りゃ可愛いし。
「うわッ、キモッ! ほっぺた赤くして物欲しそうな目で見ないでよッ!」
ヤンデレコメットが思わず怯む。弥富の面はTVに映ったらアウトなレベルにまで変形してた。
「あ、あのさぁ……」
「何よ?」
急に弥富の顔色が悪くなりモジモジし始める。
「トイレ行きたい」
「はい、コレ使ってね」
彼の生理現象を予測していたかのように、即座にズイッとバケツを一つ差し出した。
「……マジですか?」
「勇気ある者、人はそれを勇者と呼ぶのよ」
他人様の部屋でバケツに排泄する勇者ってナニ?
「トイレ済ましたらコレで手を拭いて。で、喉が乾いたらコレ飲んで。昼過ぎには帰ってくるから」
床に並べられるウエットティッシュと、天然水のペットボトル。
「ど、どうも御親切に」
拉致された身なので全く感謝する気にはなれないが。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合う二人。
「あの……早速このバケツを使いたいんだけど」
「いいわよ。どうぞ」
大変申し訳なさそうに言う弥富に対し、彼女は全くの平常心。
「いや、どうぞじゃなくて。目の前に居られたら困るワケだが。画的にも法的にも」
「いいじゃん、しちゃいなよ」
ああ、神様。今こそ御救いください。ちょっぴり可愛いと思いかけてる女子高生の前で、排尿行為を強制させられようとしています。しかも、彼女はちょっぴり微笑んでいて、ナニか期待しているような口振りなんです。こんな時、迷える二十代はどうすればッ!?
神様A「気をつけて、児ポ法が見ているよ」
本日も荒んだ心は絶好調に電波を拾ってる。
「まずは出て行ってくれ。ハナシはそれからだ」
尿意が危険値にまで達しているのか、さすがの弥富も真剣な眼差し。
「ちょこっとだけ。ちょこっとだけでいいから。してるトコ見せて★」
………コイツ、とんでもないポテンシャルを秘めてやがった。コレは単なるイヤがらせか? それとも病的な性癖なのか? いずれにせよ、この状況下で泌尿器を露出させるワケにはいかない。
「お願いです。とっとと出て行ってください」
その場にビシッと土下座する。男・25歳、排尿するため女子高生に頭を下げる。人生何が起きるか分からんね。
「もう、分かったわよ。じゃ、大人しくしててちょうだいね」
彼女は欲求不満気味に出て行った。
(津軽さん、なるべく早く助けてください。どうしようもなく危険を感じてます)
残された弥富は周囲を観察し始めた。彼女の言う通りなら5、6時間は帰ってこないハズ。今のうちに外と通信するか、物理的に脱出を試みるしかない。Mr.ベッカーなどという不審人物に贈答される前に。
「ダメだ……くそッ」
デスクトップはパスワードが設定されていて、メールは使えない。部屋に固定電話は無く、格子を破壊できそうな道具も無い。ドアは木製だが非常にブ厚く、何度体当たりしようとも不毛に終わりそうだ。つまり、進退きわまった。
ガチャ──
解錠される音がしてドアが開く。
(──ッ!)
思わず弥富は身構えた。
「あ……入ってもいいですか?」
ドアを半開きにしてヒョコッと顔を出すさっきの少年。やはり目は見えていないようで、顔を上下左右に動かしながらこちらの様子をうかがっている。
(よし、これぞ千載一遇のチャンスッ!)
この少年、ヤンデレコメットをオ姉チャンと呼んでいた。おそらく弟だろう。そして、どんな症状かは知らないが目が見えていない。強行突破するなら今をおいて他にはない。
(身体障害者を押しのけるのは気が引けるが……致し方なしッ!)
意を決してドアに手をかけようとした。が──
「ラジオ……直せますか? また音が悪くなっちゃって」
おずおずと差し出される携帯型ラジオ。カナリ使いこまれていて、いたる所に細かい傷が入っている。
「あ、いや……お父さんかお母さんに直してもらった方がいいよ」
ドアノブに触れた手がピタリと止まる。
「ご、ゴメンナサイ。パパもママもいなくて、だから、その……」
完全に腰がひけている。
(まいったな、こりゃ)
この家には自分とこの少年しかいないようだ。まさに脱出の好機なんだが、こうも怯えながら頼まれては、良心の呵責ってヤツに耐えられない。
「ええっと、パパとママは御仕事かな?」
「ううん……違うんだ。どっかに行っちゃったんだ」
「どっかに行った?」
「<子供を残して蒸発する親の事なんか忘れなさい>……ってオ姉チャンは言うんだ」
(蒸発?)
耳に入れてほしくなかった情報に苛まれ、ドアノブに触れていた手を仕方なく離した。
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