第23話筋肉モリモリマッチョマンの正常だ
皆さん、オハヨウゴザイマス。弥富更紗です。現在、早朝。拉致されてる真っ最中です。
(ば、ば、ば、ばばばばばッ……バカなァァァァァッ!?)
俺は心の中で力の限り叫んだ。何故こうなったのか……時間をさかのぼる事数分前──
ピンポ~~ン♪
呼び鈴が鳴った。午前5時半。ニートの生活リズムにおいて、絶対起きてはいけない時間だ。
「マジかよォ……何の罰ゲームだよォ」
深夜に実動課から入った連絡──『浜松拉致事件』。その戦慄のせいで余計な身の危険を感じていた弥富。そのためか、眠りにつけたのはほんの2、3時間前だというのに。
ピンポ~~ン♪ ピンポ~~ン♪ ピンポ~~ン♪
容赦の無い連打。
(フザけんなよォ。ガンジーが舌打ちしながらヘッドロックかけちまうぞォ……)
ワケの分からんイラつきがこもり始め、周囲を見渡してみたが津軽の姿は無い。代わりにUBを使用する音が聞こえてくる。朝のシャワータイム中のようだ。
「はいはい、開けますよ(怒)」
目一杯のストレスを滲ませつつ玄関戸の前に立つ。
カチャ……
開く玄関戸。
「迎えに来ちゃったよ、オ兄チャン★」
「はうッ!?」
不測の事態が来ちゃいました。夏の朝一に降り注ぐ日光を背に受けながら、そこに立つのは『偽メイド』。アキバの街で奇襲をしかけ、弥富を拉致しようとした少女。額からちょっぴり汗を流しつつ、爽やかな営業スマイルを浮かべ、妹系メイドを演じているつもりらしい。弥富は尋常ならざる不吉な空気を感じ、つかんでいるドアノブを思いっ切り引っ張って──
――ガッ!
「だ~~ッめ。今日はアタシとデートしてもらうんだもんねぇ♪」
前回はショートボブを蒼に染めていたが、今回はモスグリーンに染めて登場。ルージュも火炎のような色をしていて、本人のヤル気を表しているかのよう。ミニスカを両手で摘まんで持ち上げ、閉めようとするドアを足のつま先を滑り込ませて止めた。ムチッとした太ももが視界を占めるが、この状況下でナマ唾ゴックンするヒマはない。
「つ、津軽さ──」
護衛役の名を叫ぼうとした瞬間、視界が真っ黒に染まった。頭の上からスッポリと麻袋を被せられたのだ。
「ちょっと荒っぽくしちゃうけどォ、我慢してね」
可愛らしい声と共に手錠がガチャっとかけられる。そして、彼の体がグイッと持ち上げられた。袋を被せられて視認はできないが、おそらく脇に抱きかかえられている。
(おいおいおいッ……なんつー腕力だよッ!)
アキバの雑居ビルで津軽と戦闘になった際、重量のあるマネキンを片手で軽々と振り回していた。外見は身長低めの女子高生くらいに見えるが、何かの競技の強化選手か?
「よっこらセックス★」
アパートの階段を素早く駆け下り、歩道に停めてあった原付に飛び乗る。
グゥオン、グゥオン、ブオォォォォォッ!
御近所さんがとっても迷惑なエンジン音がし、原付が発進。これが数分前に発生した出来事のあらましである。
「……弥富殿?」
シャワーを終え、薄らと湯気を纏った津軽が怪訝な顔になっている。ベッドに護衛対象者の姿は無く、代わりに玄関の土間に紙キレが一枚落ちていた。
(────ッ!?)
その紙キレを拾い上げた津軽の顔色が一変する。
※ 無能なSPへ ※
[弥富更紗は、この超絶現役女子高生・『ヤンデレコメット』がいただいちゃったッ! や~~い、や~~い、奪われてやんの~~(笑)m9プギャ――――ッ!]
(う、迂闊ッ……!)
彼女はあまりの悔しさに服を着る事も忘れ、ケータイを手に取って実動課へとつないだ。
<宇野だ。何事かね?>
浜松拉致の事後処理が続いていて徹夜したのだろう。やたらと眠気のこもった声が届く。
「申し訳ありません。弥富更紗を拉致されました」
<なッ……何があったッ!?>
「油断してましたわ。しかし、犯人の目星はついております。拉致の目的は不明ですが、これより捜索に移りますわ」
<手掛かりがあるのか? こういった場合、犯人からの連絡を待ってから動くのが定石だ。まずは実動課に戻ってこい>
「……ッ、了解ですわ」
今の津軽に分かっているのは相手の背格好や人相くらい。目的や逃走経路が不明の現状、まずは実動課に帰還し、道路交通システムから防犯カメラの映像を確認するのが先決だ。
(拘束した暁には公共の場で辱めてやりますわ……必ずッ!)
彼女はスーツに着替えつつ、少々邪悪な面で歯を噛み鳴らした。
「た、大変やッ! 浜やんに続き、さっちんまで誘拐されたらしいでッ!」
「な、なんと……儂等のうかがい知れぬ所で謀り事が展開しておるな」
「せめてネットにログイン出来れば、めぼしい情報が得られるんですが」
精密検査用のガラス水槽の中。アバター化した出雲と土佐と郡山が、渋い顔して向かい合っている。水槽の外では、軍部の人間と管理局の役員が現場検証を行っている。セキュリティは正常に機能していたが、政府直轄の情報機関に侵入されたのは事実。真っ赤な顔で怒鳴り散らす管理局の役員の前には、真っ青な顔して萎れている
「……最悪だ」
口から魂がこぼれ落ちそうな声で一言呟いた。
「そのようじゃな」
土佐が他人事のように言う。
「外国人による秘密工作が実行されただけでも大事件なのに、その対象が機密性の高い情報機関となれば、国際問題にも発展しかねん。このままでは私のクビはもちろん、管理局の役員までもが更迭されかねん……」
宇野課長はすっかり血の気が引いて、立ち尽くす死体になりかけている。
「ボク達にできる事は?」
郡山がネクタイを絞め直し、意味有りげに問う。
「さすがは禁魚。人間の機微というモノを必要以上に理解しているな」
課長は自嘲気味に軽く鼻で笑い、水槽と繋がっている検査棟のサーバーを操作する。
「回線の制限を解除した。世界中のネット環境で泳げるぞ」
禁魚にオリジナルPDSを使用しているだけでも違法。今までは禁魚から情報を引き出すという名目で管理局側も黙認していたが、あくまでオフラインの状態でのみの許可。たった今、オンラインとなった。
「ええンか? バレたらクビだけでは済まへンやろ?」
ウエストのお肉をポヨンポヨンさせながら、出雲が世話焼きみたいな調子で心配してやる。
「襲撃者達の用意周到さや拉致の対象から察するに、何かとてつもなくマズイ事が起きる気がしてならない」
「手の空いていないお主に代わって、儂等に事件の真相を突き止めろと?」
作務衣の裾をはたきながら土佐が一瞥をくれる。
「そうだ。弥富更紗の拉致とも何だかの関連があるとすれば、敵はカナリ首尾良く事を進めている。猶予はあまり無いだろう」
「これも全て、Mr.アストラという人物が関係しているんでしょうか?」
郡山が課長と目を合わせた。
「分からん……その辺りもオマエ達で調査してもらいたい。宜しく頼む」
彼は軽く頭を下げた。
「せやったら早速注文があるンやけど。エージェントの人に連絡して欲しいンや」
「エージェント? ああ、津軽のことか」
「そうや。その人にな──」
三匹の禁魚&実動課長の抗いが始まった。
キッ──!
30分近く走行していただろうか。偽メイド……ヤンデレコメットが運転する原付が、一軒の家の前で停まった。彼女はケータイを取り出してコールする。
<えらく早起きだな。何事だ?>
中年男性の声だ。
「喜べ喜べッ、任務完了ォ。弥富更紗の拉致にサクッと成功しちゃったもんねぇ」
<よし、でかした。いいか、ここからが重要だ。こちらは別件で手一杯だ。身柄を引き取りに行くまで数日かかる。それまでそっちで監禁しておけ。決して逃げられるなよ>
「はいはい、大丈夫。任せなさいって。じゃあね、Mr.ベッカー」
そう笑顔で返事をしてケータイを切った。
――ドサッ
身動きの取れない弥富の体が放り出される。
「ごめんね、手荒くしちゃって。アタシも
偽メイドは愉快そうに話しながら、弥富の頭に被せた袋を外してやった。
(……ここドコ?)
彼の視界に入ってきたのはフローリングの部屋。床や壁のいたる所に大きくてモフモフした金魚のヌイグルミが飾ってあり、壁紙はとっても目に優しくないドピンク色。辺りにはデスクトップや撮影機材なども見える。
「あ、あのさあ……ちょっと聴いていいかな?」
「あッ、エッチな質問ならまだダメだぞッ。そういうのはお互いをもっとよく知ってからじゃないとね」
「ここって君の家?」
「もっちろん」
「君っていくつ?」
「もうッ、男の人ってどーしてすぐ女の子に年齢を聞きたがるかなあッ!」
軽く怒られた。
「え、あ……いや、まあ……言いたくないなら別に」
「現役バリバリ女子高生、超健康優良の17歳でぇぇぇぇぇッす!」
腰に片手をあてて、もう片方の手で天井をビシッと指差した。
(うざッ!)
言葉が目に見えて飛び出さんばかりの不愉快さだ。
「Mr.ベッカーが回収に来るまでここが生活スペース。ゆっくりしていってね」
「これって完全に犯罪だろッ!? ベッカーってヤツが何者なのか知らないけど、君もタダじゃ済まなくなるぞッ!」
「ウフフフ★ そこは心配御無用なんだよね。Mr.ベッカーがいつも警察機関に手を回してくれるから、アタシが前科持ちになるコトは無ァし」
「いつもって……こんな事を何度もやらかしてんのかッ!?」
「そうだよ。アタシってさあ、ネットのアンダーグラウンドじゃ結構知名度高いアイドルなんだよね。法に触れるのが怖くて実行に移せない、そんな欲求不満な人達から仕事を請け負うワケ。暴行、誘拐、泥棒、器物破損にRPGのレベル上げ──しっかりと実績つんでるんだから」
そう言って前髪をファサッとかき上げ、ビシッと指差してくる。いちいちポーズをとらんと会話ができんらしい。
「そんな……はははッ、冗談だろ?」
ドコの世界にそんな汚れ仕事を請け負う女子高生が居る?
バキンッ!
「残念でした。冗談じゃないんだよね」
弥富にかけた手錠の鎖部分を笑顔で引き千切ってみせた。
「で、ですよね~~(汗)」
彼の頬がヒクヒクしちゃってる。
「アタシはこの腕力で仕事を捌いてきたわ。そこいらのDQN女子高生とは格が違うのだァ」
コイツ、一応DQNとしての自覚はあるらしい。
(マズイ。コレってもしかして……人生終了のお知らせか?)
弥富のドキドキ監禁生活が始まってしまった。
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