増殖《パンデミック》
第20話一番正常なのは……値段だ
チャンチャラ、チャカチャカ♪ チャンチャラ、チャア~~~~♪
「……ふぅ」
場違いな格好の一人の女性が静かに佇み、場違いな空気を漂わせていた。
「わあああああああああああああッッッ☆」
「きゃああああああああああああッッッ☆」
辺りから聞こえてくる楽しそうな喧騒。それを完全に無視するかのように、紙タバコの煙を燻らせている。その淑女――歳の頃は40前後くらいだろうか、絢爛豪華な着物を纏ってベンチに腰かけている。切れ長の眉と捕食中の爬虫類みたいな瞳……特に何かをしているワケでも無く、周囲の仰々しいアトラクションを無言で眺めている。
夕方。夏のまだ元気な夕日に照らされながら、擬人化されたネズミやらアヒルやらの着ぐるみが、辺りの入園者達に愛想を振りまいている。ファンタジィーなBGMが空気を和ませる中、淑女が口を開いた。
「さて」
いつの間にか彼女の両脇に男が一人ずつ腰かけ、背後に三人の男が並んで立っていた。
「では、最終確認を御願いしよう。Mrs.フェリックス」
左脇に座る口髭と顎鬚を蓄えた年配の男が、顔を相手に向けることなく声をかけた。
「契約内容に変更は無いわ。決行は明日の深夜。日付変更と共に目標のポイントを強襲。ターゲットを速やかに奪取した後、所定の場所に集合……以上」
淑女は淡々とした口調で指示を出し、夕空に向かって白い煙を吐く。
「で、報酬の方は?」
右脇に座る金髪の中年男が抑揚の無い声で問う。
「ロンダリング済みの現金で各自5千万。承知しているとは思うけど、あくまで成功報酬。しくじればアンタ達に先は無い。任務を完遂し、女房とガキに土産を買って笑顔で凱旋するか……あるいは、しくじって拘束され自国に強制送還されるか……前者には明るい未来が。後者には国外で違法な戦闘行為に参加した罪での懲役が。娘や息子と再会できる頃には介護が必要になってるだろうねえ」
淑女──Mrs.フェリックスは悪戯な笑みを浮かべプレッシャーをかけた。
「心配無用だ。アンタはヘッドハンティングの才能に恵まれている。我々を引き抜いて正解だったという事実、すぐに証明してやろう」
左脇の年配オヤジが野暮ったいメガネを弄りながら呟く。
「第三世界の吹き溜まりで小銭稼ぐのは飽きたしな。ここいらでデカイ仕事こなして家族サービスしてやりてえし」
Mrs.の背後に立つ三人が小さく色めき立っている。
「で、注文しておいた装備一式はいつ?」
「メインエントランス周辺のコインロッカーに預けてあるよ。言っとくけど、必要経費とロッカーの利用料は報酬から天引きするからね」
「ケチ臭いコト言うなよ。知ってんだぜ、アンタとアンタの商売仲間が、偽PDSでしこたま儲けてんの」
金髪の中年が左脚を軋ませながら脚を組む。その脚は重厚な金属加工が施された義足だった。
「ふぅ」
Mrs.がタバコの煙を金髪の顔に吹きかけた。
「へいへい、分かりやしたよ。明日は楽しいナイトショーになりそうだね」
チャンチャラ、チャカチャカ♪ チャンチャラ、チャア~~~~♪
やがて、派手なネオンを纏ったパレードが賑やかに始まり、沢山の愉快なキャラクターと観客達でごった返す。世間一般は本日も平和で、何事も無く時が過ぎていく。そして、パレードが通過した頃には、ベンチから彼等の姿は消えていた。
「ふ、ふひィ~~……疲れた」
――パタッ
弥富が部屋の床に倒れ伏す。目は充血しちゃって指先が軽く痙攣してる。
「ガキ共がポチをいじめるぞ~~、ヤツ等は接待プレイという言葉を……けふッ」
その隣では瀕死のポチが仰向けにブッ倒れ、街の裏で暴行された後みたいになってる。
「楽しかったよッ、じゃあまたねえ~~ッ!」
熾烈なゲーム大会は明け方まで続き、敗残者を二名床に転がし、幼児達のアバターは視界から消えていった。
(や、やべえ……リアルとゲームの境目がボヤけてくる)
ニートの特権。日がな一日部屋にこもってゲーム漬け。エアコンとデスクトップがフル稼働して、電力会社を喜ばせたり、エコへの貢献を拒否したり。
「あらあらぁ、すっかり御疲れみたいですねぇ」
アンジェリーナが優しく声をかけながら弥富の傍に正座する。
スッ――
不意に両頬に白く滑らかな手が添えられ、柔らかで良い香りのする太ももが弥富の後頭部を迎える。
「あ……」
膝枕へと優しく誘導され、彼は思わず小さな声を漏らした。真上を向けば、アンジェリーナのにこやかな表情がすぐそこにあって、なんだか気恥ずかしい。
「きっと、また会えますよぉ」
「え……?」
「ネットにつながってアバター化していると、色んな情報が全身を駆け巡るんですぅ。口では上手く説明できない何かが教えてくれるんですぅ」
そう言って彼女は弥富の手を取り、自分の左胸に押し当てた。
「えッ、ちょ……ど、どうも(汗)」
何がどうもなのかは知らんが、手の平から伝わる感触に彼の頬は真っ赤だ。
「もう少し自信を持ってぇ。必ずアナタにしか出来ない事が見つかるハズ。ええ、必ずぅ」
彼女が何を言いたいのかはさっぱり分からない。ただ、深層心理のドコかが癒されて、とっても心地良い。
「宜しいでしょうか、弥富殿?」
「は、はいッ! 大きくて柔らかでイイ匂いがッ、あ……」
不意に呼ばれて慌てて起き上がる。アンジェリーナの姿は消え、代わりにインカムを付けた津軽が腕組みして立っていた。
「実動課よりメールが届いたので伝えておきますわ」
デスクトップでメールを開く。添付ファイルを解凍すると、監視カメラの映像を処理した何枚かの写真が出てきた。
「ダレです?」
合計五名の男の姿が映っている。いずれも外国人で、弥富と関わりがありそうな人物には到底見えない。
「管理局と合同捜査を実施している、『国家調査室』からの情報ですわ。正午前、この五名は空港に到着してますの。ただし、それぞれが別の空港から国内に入ってますわ。そして、衛星による追跡に勘付いたかのように消息を絶ち、未だに発見には至ってないとの事」
津軽は神妙な顔つきだが、弥富の方は今一つピンときてない。
「何かマズイんですか?」
「国家調査室は、国外から入国してくるテロリストや敵性因子等を監視、及び拘束した後、国外退去させる任を帯びています。国内と国外で交わされる通信の傍受も任務の一端。通信内容に秘密工作や戦闘行為を臭わせるやり取りがあったため、緊急手配されましたの」
「はあ……」
そう言われてもリアクションに困る。俺は社会の隅で控えめに息してるだけのニートで、追跡が必要な危険な外人との接点など持ち合わせてない……って、まさかッ!?
「とりあえず、現状の可能性の一つとしてピックアップされただけですが、警戒するに越した事はありませんわ」
ハッとして目を合わせた津軽の視線は、ここ数日で起きた事件との関連性を示唆していた。深見素赤の父と名乗る中年男の襲撃、メイド服姿で奇襲をしかけてきたDQN……本来なら、警察沙汰になるべき事件の続きを感じさせる。
「国家調査室からの情報によると、五人とも元は同じ民間の傭兵派遣会社の社員で、つい先日、外部から引き抜かれた事が判明してますの」
「民間の傭兵派遣会社って……?」
弥富の全身からイヤな汗が吹き出る。
「この国では承認されていない職種ですわ。他国の内紛地帯や敵国の最前線に送られ、救援活動を担ったり、VIPの護衛に当たったりするプロ。観光目的では無い事は確かでしょう」
人命が左右されるレベルのフラグが立った。頼む、俺とは無関係であってくれ。幸運の女神よッ……どうか、また奇跡をッ!
女神A「ジョリジョリぃ~~、ジョリジョリぃ~~、フフ~~ん♪」
……女神、スネ毛剃ってた。
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