第19話地球は正常だった。だが、神は異常だった
「お主の発言の全てを信じるとして、他の使い道とは何じゃ?」
講習の時間は終了して仮想空間は解体され、禁魚同士が向かい合っている。
「教えてやんな~~い」
浜松、何故か変顔になって質問を却下する。
「儂は15年禁魚として生きておる。おそらくは最年長のクラスじゃろう。ネットの海からも消滅したカスのような情報も記憶しておる。実に下らん話じゃよ……ネット中毒者共の与太話に過ぎん。が、ここにきて奇妙な信憑性が湧いてきおったわい」
「何が言いたいンや?」
出雲がキョトンとしている。
「ボクも少々推測を。月並みな回答が出ちゃったんですけど」
郡山は何だか申し訳なさそうに苦笑している。
「ちょ、なあ……うちだけ蚊帳の外っぽいンやけど」
出雲は顔を赤くして膨れてる。そして、浜松はメガネをかけ直した。
「はいはい、とどのつまり――」
「……マジで?」
所変わって弥富の部屋。コンビニから帰った弥富が床に正座し、驚愕の表情で呟いた。
「……MA・ZI・DE?」
隣で同様にチョコンと正座したポチが驚愕している。
「ええ。この事項は実動課でも最重要機密とされており、断じて部外者への情報漏洩が無きよう、釘を刺されておりますの」
正座する二人の前に腕組みして厳然と立つ津軽。
「あの~~、聞かされた後で言うのもなんですが、最重要機密が今まさに口コミで漏洩されましたけど」
「弥富殿は部外者ではありませんわ。ですので、ここで話しても問題は無くってよ」
事件に関わる組織内部の人間以外には話すな……という意味なんだろうが、天然な彼女には正しく伝わってなかったようだ。
────『生命のデジタル化』────
(そんな陳腐なSFもどきが現実にあるワケが……)
引きつった表情の弥富。他者の意見を求めるように隣のポチを横目で盗み見る。
ばりッばりッ、グビぃグビぃ
煎餅かじって茶ァすすっとる。この後のトークに興味津々で準備万端だった。
ネット社会では有りがちな都市伝説。忘れた頃に泡のように湧いて出てきて、流行る前にどっかに消えていく。次に新しく出てきた時には別の色に脚色され、新味をネット住人に提供する。まるでダイエット本の悪循環。そこに必ずつきまとうのが『生命のデジタル化』。
「人間の脳内で発生する電気信号を、常にデジタル処理できる環境下に置き、対象者の人格・記憶・性質などをデジタル変換して、ネット内で再構築する。そんなテクノロジーですわ」
「……はぁ」
弥富はリアクションに困って生返事だ。
「くぎゅううううううッ~~、お茶飲み過ぎた。ポチは尿意に従ってオシッコしてくるぞ」
おい、オマエは自由過ぎ。そして、くぎゅうって言うな。
「いわゆる『AI』ってヤツですか?」
「いいえ。人工知能とは基本的な構成が異なります。デジタル化された人間はネットの海を自由自在に移動でき、あらゆる情報を回収し、どんなに強固な
「いや、ちょっと待って下さい。その言い方だと、既に前例が存在しているみたいに聞こえますけど」
「いいえ。わたくしが知る限り、公式の実験結果は存在しておりません。あくまで理論上の話ですわ」
「可能性は充分にあるという事ですね……オリジナルPDSには」
弥富が複雑な気分に陥って俯く。思い出した。不可思議な方程式を。
――――― 【浜松(禁魚)=深見素赤(人類)】 ―――――
(まさか……そんな。いや、もしかすると?)
津軽の言った内容から察するに、深見素赤はオリジナルPDSを用い、自らの肉体を被験体として浜松という魚類に変貌した。そんな突拍子もない解答が導き出されかねない。
「ああ~~、なんかもどかしいッ!」
どうにもハッキリとした正解が見えてこない。
「おいッ! いつまで残尿感と格闘してんだよッ!」
彼はUBの扉に向かって呼びかけた。
ドカアァァァァァッッッン!
吹き飛ぶ扉。UBの中からポチがムダに格好良くダイナミック退室。
「よし、出た」
ポチ、ドヤ顔で立ち上がる。弥富は迷惑そうな面でポチをつまみ上げた。
「なあ、深見素赤は自分に一体何をしたと思う?」
彼の瞳はいつになく真剣だ。
「おお~~、男前になってるぞ。この一級フラグ建築士め」
「ワケ分かんねえよ」
「答えを得たいのか? ならば、その人物と心を同調させるのが一番だぞ」
ジョキンッ、ジョキンッ――
乾いた金属音。仁王立ちするポチの手には大きなハサミ。
「……ナニ?」
「さあ、勇者よ。今すぐズボンとパンツを脱ぐのです」
「勇者ってダレッ!? そして、男を廃業しろってかッ!?」
「中身そのものを変えてしまえば、おのずと相手の気持ちに近づけるという事ですわね」
津軽さん、ここは感心するタイミングじゃありません。
「性別まで変える必要ねえから」
ハサミの先端を不気味に光らせ、ジリジリと近づくポチに対し、弥富は金属バットで自衛の準備。
「では、ヒントをやるぞ。この世で最も見てはいけないモノを想像するのだ」
「……閉店後、レジのお金を数えてるメイド喫茶のメイド」
ヒシッ――
弥富の脚に抱きつくポチ。
「素晴らしいぞ、合格点を与えようッ!」
どんな基準だよ。
(生命のデジタル化か……)
結局、明確な回答は得られないままその日の夜は過ぎていった。
夏の朝日はとっても早起き。カーテンの隙間から差し込んできた日光が、ベッドの上の弥富を射る。
ムア~~ン……
「あ、あじいぃ~~(苦)」
エアコンの電源は切れている。窓はしっかり閉まっている。
「ま、窓を開けねえと……新鮮な空気に触れねえと」
ガラッ
(外の空気が気持ち良い。オハヨウ、一般社会。皆さん、本日も労働御苦労さまです)
彼はいつも通りニートだ。要するに、本日も働いていない。もう一度言う。働いてません。
「同じ空気吸っちゃってスミマセ~~ン」
遠くの方に見える街に向かって御挨拶だ。
「あらあら、汗まみれで暑苦しそう」
「えッ……?」
不意に背後から声がして振り返ってみると、長身の女性が一人立っていた。光沢のある黒髪を一本の太い三つ編みにし、フォックスタイプの銀縁メガネをかけ、ワインレッドのマタニティドレスを着ている。
「うわ~~い☆」
バタバタバタッ!
彼女の後ろから幼児達が元気一杯で駆け出して、床の上のポチを踏みつけていく。
「あ、アンジェリーナさん」
そういえば、インカムを付けたまま寝たんだ。彼女は水槽の中に潜む禁魚達の天敵。『白点病原虫』という病原体の一種が、PDSによってアバターになっている。脳に与えられた一定の信号が、視覚・聴覚・触覚等に影響を及ぼしている。幼児達の駆ける足音は聞こえるし、目の前には、爆乳&デカ尻の妖艶なお母さんも見えたりする。
「どうかしたんですか?」
「エアコンをつけて欲しいんですけどぉ」
白点病原虫は夏の高い水温が苦手だ。申し訳無さそうにモジモジしながら答える彼女はとってもカワイイ(あくまで弥富の趣味として)。
ピッ――
冷房が再稼働し、室外機の振動音が部屋の中まで響いてくる。同時にムクリと起き上がる床の上のポチ。
「第1回、幼児だらけのゲーム大会ィ。『アグ〇スにはナイショだぞ杯』開催するぞ~~」
次世代ゲーム機を抱えたポチのもとに、アンジェリーナの子供達が集合。
「……ふぅ」
自分でもよく分からない溜息が漏れて、弥富は額の汗をぬぐった。
「お疲れみたいですねぇ」
「あ……いや、別にそういうワケじゃ」
不意に心理状態をアンジェリーナに見透かされ、軽く動揺する。
「話したくても話せない事なんて、よくありますよぉ。わたしはただの病原体ですけどぉ、言葉に出してしまえばスッキリするかもしれませんよぉ」
「働くってやっぱ大変ですよね? バイトもしてない俺が言うのも変ですけど」
ここ数日、あまりに色んな事があって目まぐるしかった。社会人になるための一歩が踏み出せない自分の前に、立派に社会に貢献する津軽という女性が現れ、思い知った。
―――― 俺は何一つできちゃいない ――――
「更紗ちゃんには『将来の夢』とかないんですかぁ?」
下の名前でちゃん付けされて弥富がちょっぴり赤くなる。
(何だろう……夢って必要なのかなあ?)
弥富の脳裏に懐かしい記憶が薄らと甦る。ダレもが小学生の頃、将来の夢について作文を書かされる。まだ世間を殆ど知らぬ無垢な子供達は、不相応という言葉を無視するように、野球選手やらサッカー選手やら、医者やら国家公務員やらと、思いついた職業を書く。当然、その夢が実際に叶う事はまず無い。そもそも、小学生みたいな人生経験値の浅い者達に、夢を尋ねる行為自体が間違っている。自分には何ができて何ができないのか。どんな人格の持ち主なのか。肉体的にはドコが優れているのか。そういったモノが総合的に把握できて、初めてプランを練ることができる。10才そこそこで作文に書く将来の夢は、ただの願望や趣味の延長上に存在するであろう、関わりのある職種を挙げているに過ぎない。弥富はそんな仕組みなど理解できるワケもなく、先生に質問した事があった。
「先生、この作文を書くと、みんな夢が叶うんですか?」
……って。現在、弥富25才。将来の展望特に無し。だが、それこそがリアルだ。嘘の無い純粋な現実だ。かつての学校の同級生が、どれほどの社会的地位を得ていようが、そこに勝ち負けは無い。無限にある結果の内の一つが該当しただけ。なるべくして成った。それ以上でもそれ以下でもない。
「バイトでもすれば、何か夢的なモノって見えてくるんですかね?」
独り言のように呟く。
「わたしは病原体。この先の人生なんて決まってますけどぉ、更紗ちゃんには沢山の選択肢がありますよぉ。よ~~く考えて選んだモノなら、たとえ予定外の結末に至ったとしても、悔いは無いと思いますぅ」
「そんなモンですかねえ」
まずは体を動かそう。バイト探すため本気出そう。明日になったらね。
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