第18話目には目を、異常には正常を
「コイツは驚いたな……!」
電薬管理局実動課・検査棟。
弥富から没収したポータブルHDを安全なサーバーにつなぎ、宇野課長が感嘆の声を漏らした。目の前に居るハズのない人間が四人立っているからだ。
「はじめまして。ボクは郡山といいます」
笑顔が爽やかなフォーマルスーツの青年。
「出雲やでえ、よろしゅう」
全身ムッチムチでプルプルなビキニ水着の少女。
「土佐じゃ。段ボールを返してくれんかのう」
継ぎ接ぎだらけの作務衣を着たヒゲのジジイ。
「ヤバッ、確保されちゃったッ! 更紗のヤツ……次に会ったら生殖機能が崩壊するくらいイジメてやるッ!」
セーラー服姿の少女が一名。精神状態が崩壊しかけてる。
(信じられん……話には聞いていたが、これ程までリアルなアバターを造り出せるのか。なるほど、禁魚が禁制ペットに指定されるワケだな)
宇野課長が納得する。
「ところで、深見素赤という人物について何か心当たりはないかね?」
──ギクッ
もんどりうってた浜松の動きがピタリと止まり、ビックリするくらいの汗が噴き出す。
「ちょっと質問があるンやけど」
出雲が控えめに挙手した。
「何だね?」
「うち等って、この後どうなるン?」
「禁魚は禁制ペットだ。一般社会に出回った時点で、迅速に処理しなければならない」
「つまり……ボク達は焼却処分されちゃうんですかッ!?」
素で怯える郡山。
「つまり、汚物は消毒だあァァァァァァァァァァァッ!」
火炎放射器で遊ぶ浜松。
「落ち着きたまえ。別に殺して捨てるワケじゃない。君達は今後の任務に役立ちそうだしな」
「あっぢいいいいいいいッ! スカートに燃え移ったしッ!」
勝手に一人で火だるま。炎が浜松を汚物と認識したようだ。
「儂等の態度次第で今後の身の振り方が変わってくる……そういう事じゃな?」
土佐が白ヒゲを弄りながら呟く。
「理解してもらえたのなら話が早い。実動課はあるハッカーを追跡中なのだが、一向に進展が無くてね。ネットの海を自由に泳げる君達なら、色々と使い道がありそうだしな」
「晴れて自由の身になりたいンなら、誠意を見せろっちゅうワケやな」
出雲が軽く苦笑いする。
「よォォォォォしッ! 諸君、捜査の前にまずは一般的なレクチャーから始めるよッ!」
赤縁メガネをクイッとしながら指示棒を振り回す
「結局、偽PDS使うとどんな良くないコトが起こるン?」
「実に良い質問。では、ボードに概要をまとめて書くよ。しっかりノートに書き写しなさい」
【美人教師・浜松の傾向と対策、ワンポイントアドバイス☆】
●初期症状――鬱病の兆しが表れる。軽い幻聴。軽い幻覚。外出が億劫になる。
●中期症状――躁鬱病にかかる。重度の幻聴。重度の幻覚。外出が恐くなる。
●末期症状――完全に引きこもる。「ガイアがオレにもっと輝けと囁くんだ」、とか言い出す。ギャルゲーと現実の区別がつかなくなる。クリスマスや大晦日を毎年一人で過ごすようになる(弥富を含む)。
「浜やん先生ぇ。根本的な質問なンやけど、PDSって何のために開発されたン? ソフトが一般で発売されとった時分はエライ儲けたらしいけど、売り上げの殆どは契約しとったソフトメーカーに入って、電薬管理局には特に還元されンかったらしいし」
「とってもイイ質問です。その点については現場責任者に尋ねてみましょう」
浜松講師が不吉な笑みをこぼし、宇野課長を睥睨する。
「機密事項に該当する内容だ。話せるワケがないだろう」
課長が目を背ける。
「では、規約により話せない課長さんに代わり、あたしが分かりやすく説明するよ。ここはテストに出しちゃうから注意するように」
「はぁ~~い」
皆さん良い返事だ。
「ネットに氾濫する都市伝説――<電薬管理局は動物の脳髄を搭載した生体PCを開発した>ってヤツ。それに伴い管理局は数社のソフトメーカーと契約を交わし、生体PCを防衛するための
浜松講師は得意そうに講釈し、宇野課長の方に一瞥をくれた。
「深刻化する世界規模のネット犯罪やサイバーテロに対し、迅速且つ確実に対応しなければいけなかった。その問題を超合理的に解決する手段として利用されたのが――」
パンパンッ!
ボードの『オリジナルPDS』の文字を叩く。
「分かったッ! いいだろう……私は今から独り言を口にする。聞きたいのなら勝手にしろ」
禁魚達にヘタな隠蔽は無意味と悟ったのか、課長はデスクに両肘をついて手の平を組んだ。
「決して侵されない不動の監視プログラム……それが我々には必要だった。しかし、公的に法案として成立を待っていたら、プライバシーの侵害だとマスコミから叩かれるのは必至。ハッカー達にも感知され、対策を練られてからでは遅い。そこで、一般大衆に迎合する要素を含んだ汎用性の高いソフトを開発した」
「なるほど。それがPDS……確かに効果は抜群だったようですね」
郡山が軽く頷く。
「想定以上にPDSは普及した。一般家庭に民間企業のサーバー、世界中のネット環境へ瞬く間に浸透していった。が、何事にも100%というものはない。PDSに高い中毒性があると判明し、次第に社会問題化しはじめた。しかも、並行して偽PDSが横行し、我々は対応に追われるようになった。偽物は更に依存性が高く、多くの中毒患者や廃人を出す結果となった。マスコミはこぞって管理局が元凶だと非難する始末だ」
「コピーがコピーを生むからのう。一度ネットの海に流れ出した情報は、どれだけサイト管理者を逮捕しても回収しきれん」
土佐が寂しそうに呟く。
「独り言をありがとう。皆さん、享輪コーポレーションに深見素赤が勤務していたという事実……まだ記憶に新しいですね?」
「新しいで~~す」
またもや良い返事だ。
「待てッ! これ以上不用意な発言は控えて――」
何かとてつもない不吉な予感がしたのか、宇野課長が慌てて立ち上がった。
「かいつまんで言っちゃうと、深見素赤=オリジナルPDSの開発者」
宇野課長の制止も空しく、浜松が解答を述べてしまった。
「というコトはですよ、浜松さんは自分が深見素赤だって言ってましたけど……んんッ?」
郡山が軽く混乱する。この仮想空間に存在する人の姿をした者達は、禁魚のアバターだ。つまり、郡山や出雲という名前はあっても、人体や人間の意識が備わっているワケではない。禁魚の異常発達した脳神経が具現化させる、デジタルの人形。本体はあくまで魚類なのだ。そして、浜松の本体は水槽で泳ぐ『黒出目金(♀)』であり、他の者と同様のハズ。なのに、彼女は自分と深見素赤が同一と言う。
「盛り上がってまいりましたッ!」
浜松講師がボードをバシッと叩き、一枚の大きな写真を張り付けた。
「…………ダレ?」
一同、首を傾げる。
「こ・の・あ・た・し☆」
左右の頬に人差し指を押し当てて、全身を斜め45度に傾けて言う。本人は随分と可愛らしくポーズを極めたつもりだが、カワイイは作れませんでした。
「遺影に使った写真とは全くの別人のような気が……」
「なんや、ネット情報で流れとったのは合成写真かいな」
「えらく野暮ったいメガネかけとるのう」
「私の知る情報では弥富更紗と同い年のハズだが。えらく老けて見えるな」
感想を総括すると――『アバター詐欺』。
「お黙りゃあああああッ!」
浜松講師、発狂。両の手の平をワキワキさせ、天を仰いで吠えた。
「――で?」
宇野課長が彼女の発言に少なからず興味を持ちはじめた。
「あたしは享輪コーポレーションのプログラマーだった。管理局との契約に基づき、依頼された通りのソフトを開発したワケ。けど、デバックの最中に気付いちゃったんだよね……PDSの他の使い道に」
そう言って意味有り気にニヤリと微笑む。
「そこまでだッ!」
宇野課長の野太い怒号がとぶ。
「なぁによ~~、プログラムした張本人が自分の作品を紹介しちゃマズイ?」
「管理局と取り交わした契約にあったハズだ。<ソフトの設計・開発の過程で発生した知的財産権は、全て電薬管理局とその直轄組織に帰属する>とな」
「ええ、ええ。はい、はい。分かっておりますとも。けぇどぉ~~、今のあたしは禁魚の『浜松』。口から飛び出る機密事項に卑猥な単語まで、とことん無責任でいかせてもらっちゃう」
どうしようもなく確信犯だ。
「き、貴様ッ……!」
宇野課長は耐えかねてインカムを外す。その瞬間、脳髄が認識していた仮想空間は雲散霧消し、検査棟の設備機器が立ち並ぶ無機質な空間に戻る。
(ネット環境を限定しておいて正解だったな)
最悪のケース……管理局のスキャンダルがネットの海に流れ、国家レベルで収拾がつかない事態に発展する。
「さて、どう報告すべきか……」
彼には管理局の役員に事の次第を報告する義務がある。が、今ここで短絡的に報告を済ませば、確実に禁魚の処分命令が出るだろう。実動課の責任者としては、まだ使える情報を隠しているであろう禁魚達を切り捨てるのは惜しい。
(言い訳なら後でいくらでもしてやる……『Mr.アストラ』さえ逮捕できればな)
課長はデスクの上に両肘を突き、両手を合わせて自分の口元にあてがった。
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