第21話あまり強い言葉を遣うなよ。正常に見えるぞ

 電薬管理局・実動課――検査棟。現在、深夜。昼夜を通し、四匹の禁魚達は精密検査を受けていた。彼等の基本的な肉体構造は通常の金魚と大差は無く、その生体の体質・耐性・内臓機能・運動能力・潜在的寿命なども、特に変質しているワケではなかった。ただ、一つだけ……その『脳』に異常が発見された。人間の脳は発生学的に言うと、『大脳』・『大脳辺縁系』・『脳幹』の三つから構成されている。そして、魚類のような下等な脊椎動物は、『脳幹』に相当する部分しか持っていない。つまり、金魚には進化の過程で最初に発生した、本能を司る神経器官しか備わっていない。だが、禁魚には大脳と大脳辺縁系の役割を担う箇所が構築されており、脳全体の質量と密度は金魚の数倍ある事が分かった。

「うち等って何なンやろう?」

 出雲が虚ろな瞳で呟く。

「開口一番にどうかした? ついに邪気眼でも覚醒しちゃった?」

 同じ水槽で泳ぐ浜松が訝る。

「だって、『生命のデジタル化』やで。人間の精神が丸ごと禁魚に移せるって……テクノロジー自体も驚異やけど、うち等の体ってどうなっとるン?」

「できれば技術体系の詳細な説明もしてあげたいけど、残念ながら回線が限定されちゃってんだよね」

 オリジナルPDSは常時機能しているが、今はイントラネットでアバター化しているため、外部からの情報は接収できない。

「躁鬱病の特効薬開発の過程で生まれたんですよね、ボク達って」

「うむ。<内臓の一部を悪くすれば、他の生物の内臓を摂取して治癒を図る>……人類の考えた原始的な処方の一つじゃが、まさか、魚類の脳ミソで人類の脳の正常化を促そうとはな」

「言うなればですね。確かにDHAは、鬱病やアルツハイマー型痴呆に効果があると言われていますが」

「うむ。儂もそろそろ年齢的にマズイかもしれんからのう。都合の良いDHAが有るなら、恩恵に与りたいもんじゃ」

「マズイんですか?」

「……お主、ダレ?」

「大変ですッ! 急患が出ましたッ!」

 別の水槽では郡山と土佐がグダグダしていた。

「いえ、それはまだ……はい、承知しております。問題ありません。こちらで対処できますので……それでは」

 ピッ――

 宇野課長がケータイを切る。

(上層部の役人共め……現場はタイムテーブル通りには動かんのだよ)

 彼はしかめっ面で二つの水槽を交互に見た。

「また上からの催促ですか?」

 作業服をきた検査員の青年が声をかける。

「国家調査室にせっつかれているんだろう。皺寄せはいつも我々現場の人間にやってくる」

「Mr.アストラの拘束ですか……闇夜のカラスを捕まえるみたいで、手探り状態ですからね」

 検査員が独り言のように呟く。

「ヤツさえ逮捕できれば、芋づる式に全ての『子』と『孫』を摘発できる。そのためには、何としてでも禁魚共を懐柔せねばな」

 課長はデスクに両肘をついて、重ね合わせた手を額に当てがう。

(不本意ではあるが、裏取引きが必要か)

 何度か禁魚達にはコンタクトを試みた。彼等はあまりに人間臭く、反射で生きる魚類とは全く異なった。こちらの質問に対してまともに回答する様子は無く、上手くはぐらかされる。特に浜松……いや、深見素赤は明らかに重要な情報を隠し持っている。そんな相手との取引は半端でないリスクが伴う。

「……致し方なしか」

 課長は葛藤と熟考を繰り返し、結論に達した。インカムを装着し、強化水槽の前に立つ。

「あらまあ、えらく男前な面になってんじゃん」

「下賤なクラッカー風情がッ」

 相手の腹を見透かしたように微笑みを浮かべる浜松。

「で、今度はあたしに何が聴きたいのかな?」

「Mr.アストラの逮捕に繋がる情報を全て吐くんだ」

 ドンッ!

 激昂した課長が水槽を拳で叩いた。

「おやおや、更年期障害かなあ? 労災はキチンとおりるのかなあ?」

 あくまでも挑発的だ。

「いいだろう……取引きだ」

「ムフっ★」

 その言葉を待ってましたとばかりに、浜松は口元をイヤらしく歪める。すると、仮想空間にモニターが現れ、取引き内容が表示された。


【要求事項】

(1)オリジナルPDSの違法使用と、それに関連する全ての罪状を白紙に

(2)今後、警察機関及び電薬管理局からの干渉は一切無し

(3)禁魚の解放と飼い主への合法的移譲

(4)あたしのバックアップの管理と保護

                          ――以上。

「話にならんッ!」

 宇野課長は声を荒げて踵を返す。

「よく考えた方がイイよ。ここで断ったら最後、Mr.アストラの拘束はおろか、自分の職場が何をしているのかも知らないままだよ」

「――ッ、どういう意味だ?」

 退室しようとしていた課長が立ち止まって振り返る。

「ま、(1)~(3)は法的手続きで時間を食うだろうから、まずは(4)を最優先で実行してちょうだい」

「『バックアップ』とは何の事だ?」

「仮死状態で保存中のあたし。深見素赤のニ・ク・タ・イ☆」

 精一杯のポーズでカワイイを作ったつもり。

(体の保存? まさか、本当にコイツは禁魚へデジタル化した自分を……?)

 静かに驚愕する課長。その時――


 ウォォォォォンッ! ウォォォォォンッ! ウォォォォォンッ! 


 けたたましく鳴り響くアラーム。同時に、フロアの出入り口の隔壁が作動する。

「か、課長ッ……何がッ!?」

 検査員の青年があたふたする。

「落ち着け。どうせ電圧異常による誤作動だ」

 彼は壁のコンソールから内線電話で警備室につなぐ。

「こちら第1検査室。警備、アラームを止めろ。一体何が――」


<パンッパンッパンッ! ガシャアアアアアァァァァァ――――ッッッ!>


「なッ!?」

 受話器の向こうから聞こえる、明らかに尋常ではない状況を伝える喧騒。課長は受話器をコンソールに戻し、周囲を素早く見回した。

(銃声ッ!? バカな、ここは政府の直轄施設だぞッ!?)

 全くの想定外な展開に課長の血の気が引く。

「う、宇野さん……ど、どどどどどうかしたんですかッ?」

 上司の様子を目の当たりにして、検査員の青年が動揺しまくっている。

(くそッ、信じられん……)

 ケータイを取り出してモニターを見る。そこには<圏外>の文字が。

「オマエのケータイをよこせッ」

「あ、え……は、はいッ」

 不安で顔色を悪くしながら検査員が自分のを手渡す。

(くッ……携帯ジャマーか)

 モニターには同様に<圏外>の文字。検査棟全体をカバーするだけのジャミングとなると、並の出力では不可能。おそらく、相手は軍事用の大出力タイプを使っている。となれば、相手はイカレた暴徒でも街のチンピラでもない。歴とした――『敵』だ。

「このフロアに銃火器の装備は?」

「い、いえ……」

「なら、エアダクトから外へ出られないか?」

「ダメです……侵入を防止するための鉄格子がはめ込まれています」

「ちッ、窮まったか」

 課長がホルスターの自動小銃オートマチックに手をそえる。ここのセキュリティは軍部に直結している。何かわずかでも異常が発生すれば、衛兵が一個小隊でやってくる。到着までは10分足らず。

「言えッ、Mr.アストラはドコにいるッ!?」

 政府施設を強襲しても余計なリスクを背負い込むだけで、割に合う事はまず無い。それでもこんな事態に臨む連中となると──

「敵の狙いは明確だ。オマエが弥富に残したポータブルHD……アレを使えば管理局のサーバーに容易にアクセスできる。もう猶予は殆ど残っていない……すぐに情報を吐けッ!」

 顔を赤くし、イヤな汗で額を濡らしながら課長が叫ぶ。

「猶予ォ? 別にィ、囚われの身のあたしには関係ないしィ」

 これ以上は無いというくらいのふてぶてしい面で寝転がってる。

「うぐッ……い、いいだろう。オマエの要求を呑もう」

 敵はポータブルHDを奪取すると同時に、サーバーのオリジナルPDSを破壊していくだろう。オリジナルはハッキングによる流出リスクを最小限に抑えるため、他の情報機関にバックアップは存在しない。このままでは、敵がオリジナルを実質的に独占する事となる。

「書面で宜しく。電薬管理局長のサイン入りでね」

「フザけるなッ! すぐそこまで迫っているんだぞッ!」


 ドゴオオオオオォォォォォ――――――――ッッッン!!


 出入り口の隔壁が轟音をたてて振動する。

「ええ、そうみたいね。フヒヒッ★」

「貴様ッ、取引きするつもりなどハナっから無いってコトか」

 課長が悔しそうに眉間に皺を寄せた。

「明日には有象無象のハッカー共が全力でお祭り騒ぎ。世界にその名を轟かすハッカー駆逐機関が襲撃を受け、オリジナルPDSを強奪されたってねえ。ざまあああああッッッ!」


 ドカンッ! ドカンッ! ドカアアアアアァァァ――――──ッン!!


 隔壁から聞こえてくる軋轢をBGMに、浜松の愉快そうな雄叫びが木霊した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る