第16話ところで俺のPCを見てくれ、こいつをどう思う? すごく……正常です
<首尾は?>
「ごっめ~~ん、しくじっちゃった」
<失敗した? 何があった?>
「だってさ、アイツってば、危なっかしい武器隠し持ってたしさ。妙に運動神経も良いしぃ」
偽メイドは街の片隅の公園に居た。無邪気にはしゃぐ子供達に混じり、ブランコに腰掛けてケータイで通話している。
<SPのプロフィールは昨日の内に送信したハズだが>
「えっと~~……見てない」
<貴様ッ、ヤル気あるのかッ!?>
通話相手の男が激昂している。
「だってぇ、細かい文字とか数字で一杯だったんだも~~ん」
<いいか、良く聞け。普通に奇襲をしかけてどうにかできる相手ではない。特別な訓練を受けたプロだ。もっとよく考えて行動しろ>
「はいはい、りょ~~かい。期限までには弥富更紗の身柄を確保するって。そっちこそ、報酬の件忘れないでよねッ」
<問題ない>
「あはッ、楽しみィ。じゃあねえ、『Mr.ベッカー』」
そう言って笑顔でケータイを切る。
バタバタバタッ
すぐ側を鬼ごっこしている子供達が走り去っていく。アキバの街はとりあえず平和だ。
(とはいえ、コイツはちょっぴり困ったなぁ。ターゲットに付きっきりぽいし……奇襲できるタイミングも限られちゃうしなぁ)
彼女は自分の顎先を人差し指でトントンと叩き、あまり利口そうにない頭をフル回転させて考える。
ポク、ポク、ポク、ポク、ポク……チ~~ン♪
「バカの考え休むに似たりッ! さあッ、頑張って行くぞォッ!」
勢い良く立ち上がり、太陽に向かってガッツポーズ。
「わあ~~ッ、バカだあッ! バカがいるッ!」
遠くの方から子供達に野次られた。ついでに空き缶投げつけられた。
「こンのクソガキがあッ! 児ポ法に引っかかるようなコトしてやるゥ!」
偽メイド、子供達を追いかけて公園から消えて行った。
夕方。真夏はまだ空が明るい。しかし、弥富の住むアパート周辺は比較的寂しく、夕方にもなれば、人通りはめっきり減って静かになる。そんな中を一台のジープが停車する。降りて来たのは両手に斧を構えた運転手と、悲痛な表情をした青年。普通に見れば拉致事件の現場だ。
「あの……御近所さんに見られたらマズイんですが」
「何がですの?」
「手に持っている
「先程のような襲撃に常に備えなければ。わたくしに課せられた任務ですので」
仕事に真面目なのは分かりました。けどですね、この国ではアナタの今の状態を『銃刀法違反者』と呼びます。回転灯を装備し、サイレンを鳴らす自動車がやってきちゃうんです。
ドサッ……
「ふぅ」
弥富はアパートのリビングに荷物を置き、軽く溜息をついた。昨日の今日でまさかの襲撃。一体、俺を拉致ってどうする気だったんだ?
「弥富殿、デスクトップを御借りしますわ」
「何をするんですか?」
「本日の事件の詳細を課長に報告しますわ」
襲撃があったのだから増援が期待できる。彼女一人で24時間体制の警護は無茶だ。それ以前に、異性に対する免疫が欠片もない俺にとって、同棲みたいな生活を続けるのはマズイ。脳内に住む不思議な妖精さんが、<まあ、押せよ>と書かれた謎のスイッチを押しかねない。そうなると色々困る。男性的に困るのである。
(メシでも炊くか)
広がりかけた妄想を振り払い、狭いキッチンで米を洗い始める。
「津軽さん、何か好き嫌いはありますか?」
「いいえ、ございませんわ。どうぞ御構い無く」
「じゃあ、米が炊けるまで一時間近くかかるんで、その前に俺はシャワー浴びてますね」
「ええ、どうぞ」
カップルのような言葉のやり取りも全てが初体験。すごく新鮮で、自分の現状の立場ってヤツを失念しそうになる。
夕飯の支度が整い、長い一人暮らしで鍛えられた料理がテーブルに並ぶ。
「増援はいつ来てもらえるんですか?」
沢庵をコリコリしながら弥富が問う。
「増援? いいえ、ダレも来ませんわ」
「へ? いや、事件起きちゃったし。津軽さん一人だけというのは……」
「心配ありませんわ。他人の救援を当てにするほど、わたくし弱くはありませんの」
彼女は毅然と言い放ち、赤だしをすすった。
(この人、もしかして……)
弥富が一瞬、何か親近感に似たモノを感じた。他人とのコミュニケーションに微妙な問題がありそうな。
カチャ、ガタン、サアアアアァァァァァァッ
夕飯が済み、津軽が手際よく戸締りして鍵をかけ、カーテンを閉めた。
「どうかしたんですか?」
「弥富殿、お風呂場を御借り致しますわ」
「あ……じゃあ俺、少しの間外に出てますね」
この部屋は狭い。UBのため脱衣所など無い。リビングに居ると、どうしても脱衣する様子が視界に入ってしまう。つまり、ガラスのハートがドキドキでワクワクで、オマエはもう死んでいる。
「いけません。弥富殿の身の安全を託された者として、常に側に居ていただかねば」
「いや、しかしですねえ(汗)」
――ファサッ
(うおッとッ!)
躊躇なくスーツを脱ぎ始めたから、慌てて彼女に背を向けた。衣擦れの音がなんとも悩ましくて、下半身に余計な血液が全員集合しちゃう。
血液「フヒヒ、サーセンwww」
静まれよ、不埒な血液。
パタンッ
UBの扉が閉まり、シャワーを使う音が聞こえてきた。
(はやまるな、俺の中の妖精さんッ! そのスイッチを押してはいけないッ!)
妙な妄想に取り付かれ、頭を抱えて必死に何かと戦っている。
妖精さん「おおっと、危ねえ。マジで寸止めだったZE★」
「よしッ」
立ち上がってデスクトップの前に座る。雑念を追い払うにはネットに潜るのが一番。
(ん?)
『最近使った項目』に目をやると、なんか見覚えの無いファイルの存在が。
「コレって……」
今日の朝、津軽がデスクトップを使って何か作業していたが、その時のヤツか? おそらくは実動課への報告書類か何かだろうが、普通に気になる。
(う~~ん、見たい。けど、見ちゃマズイんだろうなあ。でも、やっぱ……)
チャンスは今しかない。勇気を出して左クリック。
「――ん?」
ポンポン、ピロリ~~ン♪ チャンチャン、ピロラ~~ン♪ ズンチャ、ズンチャ♪
えらく愉快なBGMが流れてきた。モニターに映ったのは、アニメチックな動画。蠱惑的な美女(全裸)に、後ろから抱き締められる美少年(全裸)。
「んんッ?」
コレはいわゆるDL版の『エロゲ』ですねえ。オープニング映像を見た感じ、思いっきりショタ系ですねえ。若奥様の年齢から淑女までが揃って、明らかに10代半ばか、それよりちょい若い美少年達と絡んでますねえ。
「んんッ!?(汗)」
弥富が記憶した今日の一コマ一コマが反芻され、気がかりな箇所を挙げてみた。
1・ファミレスで談笑する一家を見つめる津軽。(可愛らしい男の子を含む)
2・DVD販売店の宣伝用モニターを見つめる津軽。(柴犬とじゃれる愛らしい少年を含む)
3・明らかに児ポ法のグレーゾーンに位置する、ショタ系のエロゲ。(淫語あり)
この3つから導き出される回答――
(ちょっとおッ、 ダレかア〇ネス呼んできてえぇぇぇぇぇッ!!)
心の中で叫んだ。吐血するくらいの勢いで。
――カタッ
慌てて立ち上がると、ズボンのポケットから小さな音がした。
(あ、そういえば)
ポケットの中身を取り出す。量販店でこっそり買った『インカムα・β』のセットだ。隅っこに片付けた四つの水槽へ目をやった。つい先日まで禁魚達が泳いでいた。なんか不可思議な侘しさを感じてしまう。
「…………」
空っぽの水槽にインカムを取り付け、自動バックアップ機能でコピーされたPDSを起動させた。もちろん、禁魚達のアバターは現れない。彼等はいない。弥富は何かの儀式を行った後みたいに、妙な空虚感を味わっていた。
シャアアアアアアァァァァァァァァ――
聞こえてくるシャワーの音がなんだか切ない。
「おお~~、とっても卑猥だぞ。アグ〇スが強制捜査に乗り出してくるぞ」
ああ、その通り。しかも、俺のデスクトップ使ってダウンロードしてる……し?
(ん?)
不意に耳に届いた、低調で抑揚の無い子供の声。デスクトップの方に目をやると、椅子にチョコンと腰かけた幼児が一人。
「エロゲにオチはいらん。それこそが世界の真実だぞ」
「――え?」
『ポチ』が居た。
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