第15話争いは、正常な者同士でしか発生しない
「ちょ、どうかしたんですか?」
「追われています。ビルの中で撒きますわよ」
追われているッ!?
津軽に腕をグイグイ引かれながら、湿度と野郎率が極めて高い屋内を駆け抜けていく。ヤバイ。正体不明のオッサンに襲撃された記憶が、彼の脳裏でハッキリと甦る。
タンタンタンタンッ
狭く汚い非常階段を1階から駆け昇り、3階のフィギュアコーナーを疾走する。突然の出来事に常連客達がビックリして振り向く。
「ドコまで?」
「では、ここに入っていてくださいまし」
5階の男性用トイレのドアが開けられ、弥富が荒々しく放り込まれる。
「あ、あの~~……御客様、どうかされましたか?」
突然の喧騒に驚いた店の男性店員が、怪訝な顔をして津軽に声をかけてきた。
「いいえ、どうという事ではありませんわ」
「左様ですか」
店員がニッコリと微笑んだ。そして、何故か──
ガラガラガラッ――――ガシャンッ!
フロアと階段をつなぐ通路のシャッターを閉めた。もちろん、まだ閉店時間ではない。
(おや……懐かしい臭いが漂ってきましたわね)
津軽が何か特別な『領域』を感じ取った。一般社会ではまずあり得ない気配と、あってはいけない剣呑な空気だ。
<皆様ぁ、大変長らくお待たせ致しましたッ! 本日のメインイベント開始でございますッ! どうか最後までごゆっくり御覧下さい~~ッ!>
天井のスピーカーから流れてくる放送。新作コスプレを見ていた客達が、何事かと周囲をキョロキョロする。
「下衆な演出ですわね」
小さく毒づき、マネキンの前を通り過ぎようとした津軽を――
「キャハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」
マネキンがけたたましく笑った。
(──ッ!?)
虚をつかれた津軽が口元を歪め、素早く後退する。
にゅ……
ミニスカタイプのメイド服を着たマネキンが、その脚を伸ばしてゆっくりと一歩前に出た。
「どもども~~、はっじめましてぇ☆」
えらく軽いノリの女が現れた。
「どちら様でしょう?」
津軽が目を細める。派手な格好して瞳をパチクリさせ、やたらと営業用ポーズをとるもんだから、彼女としては対応に困る。
「アンタが津軽っていうSPさん?」
「……ええ」
個人情報が漏れている。明らかに相手は一般人ではない。毒々しいまでに染めた蒼いショートボブに、ワインレッドのルージュ。ディテールにこだわったメイド服はミニスカ仕様で、ムッチリな太ももが一般の野郎共の視線を独占中。
「時間無いからぁ、簡単に要求を伝えちゃうねぇ。要するにぃ、さっきアンタがトイレに放り込んだヤツを、アタシに譲ってほしいワケぇ。分かるぅ?」
「ええ、構いませんわ。どうぞ、御自由に」
津軽は特に動揺することもなく、不審人物の要求にすんなりと応えた。
「さすがプロ。ハナシが早くて助かるぅ」
そう言ってメイドコスプレの女は、スキップしながら男性用トイレのドアに向かう。スカートが妖しい揚力でヒラヒラしてて、これまた一般客の薄汚ねえ視線を浴びまくり。
カチャ
無情にも扉は開けられてしまい、オロオロする弥富のヘタレな画が公然とさらされる。
「えッ……は?」
彼としては首を小さく傾げるしかない。メイドコスプレした17、8歳くらいの女の子が、満面の笑顔で立ってるもんだから。
「ターゲットはっけ~~ん★」
「へ?」
コレが追っ手? 後ろの方でアキバな男共がローアングルで写メ撮っていますが。
「デートに付き合ってね、オ兄チャ~~ン」
本人はポーズを極めてドヤ顔なんだけど、全くもって萌えの方は感じません。直感で申し訳ないんだけど、君って……DQNに分類されると思うよ。
ヒュッ――
弥富の視界を縦に何かが走った。偽メイドの背後で大きく空気がうねり、次の瞬間――
――――ドッ!
肉体の一部同士がぶつかり合う音。片膝をつき、頭の上でクロスさせた両手首で踵落としを防御する偽メイドと、強烈な攻撃意志をむき出しにした津軽。
「ヤだなぁ~~、面倒臭いオバサンって」
「こちらのセリフですわ、小娘」
とってもよろしくないフラグが立った。
<果たして勝つのはSP津軽かッ!? それとも謎の特A級メイドかッ!? 盛り上がって参りましたあッ!>
煽る店内放送。ゴングは鳴っちゃいないが、戦いは起きるべくして起きた。
「こんな可愛い女の子に後ろから襲いかかるなんてぇ、ちょっとイカレてんじゃなぁい?」
「残念ながら特に可愛くはありませんし、わたくしは至って正常でしてよ」
二人は仁王立ちして対峙する。殺陣の雰囲気が漂い始め、彼女達を囲むようにしてギャラリー達が色めき立つ。
「仕方ないなぁ。優しく排除してあ げ る ねッ★」
「実に不愉快です。折檻が必要ですわね」
お互いの目が合った瞬間――
スパアアアアアアアアァァァァァァァ――――――ッッッン!!
二人とも激烈なビンタ。しかも、相討ち。それぞれの左頬に赤黒い手形を作って、同時に不敵に笑ってみせた。
「ふ~~ん、なかなかヤルじゃん」
「そちらこそ、良い身のこなしですわね」
オオオオオオオオォォォォォ~~~~!
ギャラリーがどよめく。
(あのさあ……もっと建設的な解決法はないの?)
トイレの扉の陰から、ビクビクしながら様子をうかがう弥富。お互いの顔面をブッ叩いてケンカ始めたけど、そんな対応でいいのだろうか。イイ大人として。
「じゃあ、ちょっぴりビックリさせちゃおっかなぁ」
偽メイドは自分の真横に立つマネキンから衣装を剥ぎ取り、その足首をおもむろに掴む。
――ブゥオンッ!
「くッ!」
マネキンの頭部が津軽の鼻先をかすめ、彼女は思わず息を呑んだ。
「どお? ビックリしちゃったかなぁ(笑)」
偽メイドがわざとらしく微笑む。
(す、すげぇッ!)
弥富がポカンと口を半開き。マネキンを片手で掴み、団扇でも扇ぐみたいに振り回した。
<おおっと、謎のメイドが凶器攻撃だあッ! 高さ175センチ、重量20㎏のマネキンを片手で軽々と扱う彼女ッ、とても女性の腕力とは思えなあああ~~いッ!>
店員の実況にも熱がこもる。
「なるほど。少々鬱陶しい武器ですわね」
マネキンの硬さと重さ、スピードからくる攻撃力とリーチ。素手のまま間合いに入るのは難しい。その上、津軽は銃器の類いは携帯していないって言ってたし。
「そんじゃ、一気に片付けちゃうよぉッ!」
タンッ――
軽い足取りで床を蹴って跳び上がった偽メイド。
一歩後退しつつ、床に置いてあった自分のクラッチバッグを、器用に蹴り上げる津軽。
これでもかッ、というくらい大きくマネキンを振りかぶった偽メイド。
蹴り上げられたバッグが開き、そこから飛び出してきた二本の――
――――ギンッ!
「おッ……斧ぉッ!?」
片手で扱える小型の手斧を両手に握り、津軽がマネキンの軌道をずらした。
「いかがかしら? ビックリなさって?」
彼女はバカにするみたいに鼻で笑った。
「へぇ……色気のないモン隠し持ってるじゃん」
偽メイドの目の色が変わった。お互いが充分な殺意を全身に纏い始める。
<なんとォ、対するSPは二本の物騒な刃物で迎撃だッ! こいつは目が離せないぞッ!>
実況の声が更にヒートアップする。
(リーチはこっちが断然に有利……いくら刃物でも、間合いにさえ入られなければ問題ないもんねぇ)
グッ……
マネキンの足首を掴む手に一層の力がこもる。大振りさえしなければ恐れる事はない。
――ボッ!
巨大な弾丸が突っ込んでくるような突き。直撃すれば胸骨が砕け、内臓に致命傷を負わせかねない……が。
――斬ッ!
光刃、一閃。上半身を巧みにひねって紙一重で回避しつつ、右斜め下から手斧で斬り上げ、マネキンの首を切断する。
(げッ!?)
大型の武器を使った突きを繰り出した後は、どうしても体勢を整えるのにスキができる。津軽はそのままの勢いで軽やかにステップを踏み、もう一本の手斧を裏拳を叩きこむみたいに偽メイドの側頭部へ――
ピタッ……
寸止め。ヒットしていれば、眼球がバイオレンスに飛び出していただろう。
「さて、アナタには尋問すべき事項が沢山ありましてよ。これから実動課に連行させていただきますわ」
<きまったァァァァァッ! SP津軽の勝利だァァァァァッ!>
オオオオオオオオオオォォォォォォォ――――ッッッ!
狭いフロアに声援が喧しく響き渡る。
「ちッ……なにさ、こんなに強いなんて聞いてないよ」
「答えなさい。雇い主はダレですの?」
<おおっと~~、残念ながらそこから先はオ フ レ コ だ>
フッ――
「うおッ……ちょ、な、何にも見えないしッ!」
唐突に全ての照明が落ち、窓一つないフロアは真っ暗になり、弥富が情けない声を上げてヘタレこむ。
「弥富殿ッ!」
津軽が彼を呼ぶ声と、バタバタと逃げ惑う幾人かの足音が聞こえる。
パッ――
数秒後、照明が元に戻る。が、そこに偽メイドと男性店員の姿は無く、ギャラリーの一般客等が床に転がってるだけ。
(迂闊でしたわ。この対応の早さ……相手は『個人』ではありませんわね)
悔しそうな面持ちで手斧をバッグに仕舞い、弥富の方に向き直る。
「さあ、行きましょう」
何事も無かったかのようにスッと手を差し伸べる。
「あ、は……はい」
この人……よく分らんが、凄い。
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