第13話清潔で美しく、正常な毎日を目指す家主
現実世界にエロゲの理論は存在しないし、通用もしない。それでもあえて全国の二次コンやネット中毒者に告ぐ。今、風呂上がりの俺の目の前に、同い年くらいの女性がいます。目つきはちょい怖いけど、清潔感のある結構な美人さんです。
「では、わたくしは監視を続行致しますので、弥富殿はおやすみくださいまし」
「は、はあ」
時間的に大のオトナが就寝しちゃうには早過ぎだ。
「あの……ネットしてていいですか?」
「ええ、構いませんわ」
ネットサーフィンは弥富のライフワークだ。無職が誇る唯一の仕事……いや、使命だ。心の中でそう強く主張してみた。
(いや、待てよ)
危うく失念するところだった。ネット環境は当局に遠隔制御されているんだった。男、25歳。一人暮らし。まだ若くて男性ホルモンも正常に分泌する身体なら、アクセスするサイトは年齢認証が必要なサイトに偏る。こ れ 必 然。
カチカチッ
しばらくは辛抱だ。一生続くワケじゃない。ここは監視されても問題のない、海外のアニメダウンロードサイトを巡回して暇を潰そう。
「…………」
沈黙の作業。背後に控えるエージェントが気になり仕方がない。そもそも、自分の家に異性が踏み込んでいる事実が信じられない。家族すら招いたことのないこの部屋に、大して素性も分からない若い女性と二人っきり。彼のリアルに対する脆弱な免疫が、「我慢できませんッ」と敬礼している。それにしてもこの人、俺が就寝するまで帰らんつもりか?
「津軽さんはこの仕事長いんですか?」
「いえ、まだ半年程ですわ」
「それにしては結構さまになっているというか、手慣れた感じというか」
「以前の職場でSPを務めてましたの。情報機関での実動任務に戸惑いはありませんわ」
「SPって……政府の要人とかVIPを護衛するアレですか? スゴイですね。俺と歳もそう違わないんでしょ?」
「今年で26になりましたわ」
うわぁ~~、やっぱりだ。一つ違いのオネーサンは、国の情報機関に勤める立派な職をお持ちなのに対し、俺はハローワークに行く事すらためらうミスター・凡庸。ああ、そんな真っすぐで純粋な切れ長の瞳で俺を見ないで。そう、俺は社会の不適合者。マウスをカチカチして電力を消費するのが仕事だよ。
「そういえば、他の監視役の人はドコに? 外で張っているんですか?」
おもむろに質問してみた。
「いいえ。わたくしだけですわ」
――は?
「24時間、わたくしだけがアナタを監視致しますわ」
――へ?
鏡で見たら自分自身でも引くくらいのマヌケ面になる。
(何を言って……?)
俺ってさ、また襲撃される可能性が高いから、護衛を兼ねたエージェントがつけられたんだよね? なのに御一人? ファミレスの従業員じゃなくてもイヤな顔になっちゃうよ。
「津軽さんの力量を疑うワケじゃないんですけど、一人で大丈夫なんですか?」
「問題ありませんわ。情報不足のため、当面の脅威がどれ程のレベルかは分かりませんが、警護のための訓練は一通り受けてますの」
「そ、そうですか」
ド素人が文句をつけるべきではないのだろうが、正直……強そうには見えない。身長は自分と同じくらいで、ガリガリとはいかないが、明らかに細身で目立った身体的特徴はない。スーツの内側に銃器の類いを常備しているのか?
「やっぱ、警護の仕事となると拳銃とか使うんですよね?」
「いいえ。わたくし、無粋な飛び道具は趣味ではありませんので、携帯しておりませんわ」
無手? 俺に対する脅威とやらが再発した時、一目散に撤退する彼女の姿を見せられるのか?
(ネットの神よ……俺に残された寿命が分かるなら、そっと耳元で囁いてくれ)
ネット神「そろそろ死ぬよ★」
「いやだあッ!」
弱い心が生み出した幻聴にまた侵され、頭を抱えて体をよじる。
「何事ですのッ!?」
弥富の情緒不安定っぷりに遭遇してビックリ。津軽が思わず身構えた。
「え、あ……スンマセン。つい、取り乱しちゃって」
ヘコヘコしながら椅子に座り直す。
「慣れない事態でストレスに圧迫されているのでしょう。早めに休まれる事を御勧め致しますわ」
彼女は優しい声で気遣ってくれた。
「そうさせてもらいます」
一日の内に多くの突発的事件が発生し、すっかり神経が高ぶり過ぎていたのだろう。ちょっと気を抜くと一挙に疲れがやってきた。今日から始まった特殊な生活ペースをこなしていくためにも、メンタル面を意識的に療養させておくべきだ。
(寝よ。雑念は捨てて寝ちまおう)
デスクトップの電源を落とし、就寝用のTシャツと短パンに着替え、玄関戸の鍵をかけてカーテンを閉める。
ドサッ……
彼の体がベッドの上に力無く横たわる。照明のヒモを引っ張って、部屋の中は闇を纏った。カーテンの隙間から差し込む月の光が……光が……ひ、かり――
「ひいいいいいィィィィィ!?」
月明かりに照らし出された津軽が、床に正座してこっちを静かに見てるんだが。弥富は派手に跳び上がり、女の子みたいに掛け布団を抱いて壁を背にする。
「どうかなさいまして?」
「どうかなさいましたッ!」
あまりに自然な感じだったので気付かなかった。そういやこの人……まだ居るじゃん。しかも、寝ようとしている相手を無言で見つめてるんだもん。心臓様のバクバクが御いたわしいコトになってるよ。
「何をやってんですかッ!?」
「監視ですわ」
彼女は事も無げに言った。
「……いや、あの~~」
「何か支障でも?」
はい、あります。そんな、まさかなァ(笑)……みたいな予感が順番待ちしていた。だから聞いてみた。
「もしかして、俺の部屋に住む気ですか?」
「いいえ、24時間体制で監視するだけですわ。
(ヤベぇよ、
Q.ネットの神よ。俺、25歳にして初めて異性と一つ屋根の下、一晩過ごすみたいです。けど、相手の女性は明らかに変です。こんな時、どうすればいいのでしょう?
A.「あ、ヤベッ。TS〇TAYAにDVD返しとかねえと」
ネットの神、逃げた。
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