第11話見せて貰おうか。情報機関のセキュリティの正常とやらを!
「……相当マズイってことか」
浜松の崩壊っぷりから不安のみが募る。
「ええ、そうよ。当局の人間と接触するリスクは覚悟してた。ここは数ある取引先の一つだし……けど、どうしてッ!? あたしの勤務先を突き止めるのは簡単だけど、連中が兵隊率いてやって来たってコトは、あたしの生存がバレてるってワケッ!?」
浜松は悔しそうに歯を噛み鳴らし、ポチが作製したメイド・イン・御家庭な毒ガス兵器を握りしめた。
「おお~~、ついに特攻か。ポチは止めない。さあ、未来への懸け橋になってこい、このビッチめ」
と言っても所詮はアバター。ネットを介してない者に対しては何もできない。
「名簿を検索しましたが、その社員はつい最近亡くなっています」
電薬管理局を名乗る中年男性に対し、役員がフロントの端末を操作しながら回答した。
「常務、本件は警察機関の了承を得て実施されています。どのような事実があるにしろ、我々は捜査の手順に従い行動させていただきます」
中年男性は役員の身分証を確認し、厳然とした態度で言い切った。
「分かりました。ところで、名刺か何かお持ちでしょうか?」
「私は電薬管理局・実動課の『
そう言って男は自分のIDを見せた。
「『実動課』? と、申しますと?」
「ネット犯罪者やサイバーテロリストを専門に逮捕する部署です」
『宇野』と名乗る男はそう言って、後ろに控える軍人達に向き直る。
「これよりビル内の一斉捜索を行う。各自、所定の持ち場へ移動し警戒を怠るな」
ザッ!
命令を受けて部隊が素早く散開する。来客者達はどうすればいいのか分らず、ただ圧倒されるばかりだ。
「さて、常務。私はここのサーバー室に用があるんですが」
宇野は何か含みのある表情で言う。
「申し訳ありませんが、アソコは部外者の立ち入りを禁止されています」
「先程も申した通り、我々は警察機関の了承を得ております。異議申し立てなら裁判所にお願いします」
常務の前に捜索令状が差し出された。
「……分りました。では、こちらへ」
マズイ。極めてマズイ状況だ。弥富一行と行き先がかぶったという事は、連中も浜松と同様の目的があると推測される。
「よし、御主人よ。今こそ段ボール箱の出番じゃ」
「はい?」
「頭からかぶって姿を隠すんじゃよ」
「……マジで?」
浜松がかぶってた段ボール箱(愛媛みかん)が手渡される。
「すねえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇッッッく!」
プチ毒ガス兵器を握りしめ、ポチが意味不明な雄叫びを上げる。
「まさか、この小道具でサーバー室に潜入しろって?」
弥富が恐る恐る浜松の表情をうかがう。
「あたしは非常識検定5段の持ち主よ」
コイツってば本気だよ。瞳の中に「死んでこい」って書いてあるよ。
(こうなりゃヤケだ……事件に巻き込まれた被害者の底力、見せてやるッ!)
――カチャ
ミッション開始。段ボール箱(愛媛みかん)がトイレから大胆に、且つ慎重に躍り出る。まずはエレベーターホールまで行って、そこから地下3階を目指す。
カサカサカサッ
俺は今から巨大なゴキブリ。周囲に立っているのはマネキン。そう自分に言い聞かせる。
カサカサカサッ
「ん? 何だ?」
早速のエマージェンシー。前進することわずか数秒で近くの軍人さんに発見された。掃除の行き届いた綺麗な玄関ホールに、薄汚い段ボール箱(愛媛みかん)がポツンと一つ……完全にリアクション待ちだ。
(奇跡は起きる……いや、起こしてみせるッ!)
珍しく気合いと自信が体にみなぎっている。引きこもりな人生に初めて舞い降りたこの緊張感。やれる。今の弥富には幸運の女神が微笑みっぱなしなのさッ!
ガサッ――
「おい、オマエ何やってんだ?」
いとも簡単に取り上げられる段ボール。
「ですよねえ~~(汗)」
極限まで引きつる弥富の顔面。おい、幸運の女神……速攻で裏切りやがったな。
女神A「ゴメン、あたしちょっとコンビニ行ってくる☆」
変な幻聴が聞こえた。
「ちょっと、こっちに来てもらおうかな」
二人の軍人さんに捕まり、ズルズルと引きずられていく。
「こちら玄関ホール。男性用トイレの近辺にて、不審人物を一名確保しました」
軍人さんが通信機を手に取って連絡を入れた。
<不審人物? 何者だ?>
「生き物が入ったビニール袋とラップトップを所持。段ボール箱(愛媛みかん)をかぶってウロついていたのを捕らえました。身体検査もこちらでやりましょうか?」
<いや、それはこちらでやる。メインサーバー室まで連行しろ>
「了解しました」
通信内容から察するに、偶然にも目的地へ連行してくれるっぽい。すげえよッ、本当に奇跡起こしちゃったよッ!
女神A「あ、ミスドでドーナツ買うの忘れてた☆」
やっぱり変な幻聴は聞こえるが、結果オーライだ。弥富達が乗ったエレベーターはゆっくりと地下3階まで下りていく。行き先で一体何が待っているのか?
ガコンッ――
エレベーターが止まる。配電盤や配管の張り巡らされた無機質な廊下を歩き、突き当たりの部屋の扉が開けられた。
「課長、連行致しました」
扉の向こう側は更に無機質だった。50坪程の部屋には膨大な数のサーバーが林立し、その中央にはスパコンのような形状のメインサーバーが建つ。そして、メインサーバーにノートPCをつなげて作業する宇野と、スーツ姿の数人のエージェントが目に止まる。
「御苦労、こちらで引き取ろう」
弥富はパイプ椅子に座らせられ、エージェント達が左右と背後に立つ。まるで、秘密組織に拉致されて拷問一分前な雰囲気だ。
「さて」
宇野は作業を中断し、弥富の方に向き直った。
「課長、コレを」
エージェントの一人がビニール袋を宇野に差し出す。
「ふむ、おもしろいモノを飼っているな。禁魚は禁制ペットであり、その所持や飼育、あるいは売買といった行為は違法だ。知らなかったのかな?」
宇野はバカにするように軽く鼻で笑い、ビニール袋を人差し指で突っついた。
「君は何者かね? 見たところ、この会社にオフィシャルな用事のある人間とは思えんが」
「…………」
弥富は黙秘するしかなかった。オリジナルPDSを奪取しようとした例の男……アレが電薬管理局の関係者という可能性もある以上、ここでヘタな話はできない。
「課長、リュックの中にコレが」
身体検査をしていたエージェントの一人が、ポータブルHDを宇野に差し出す。
「青年、中身は何だね?」
「…………」
「結構。何か身分を証明する物は見つかったか?」
「いえ。免許証や健康保険証の類いは所持していません。サイフの中はよく分らないポイントカードで一杯です」
「課長、ポイントカードの記入が正しければ、彼の名は弥富更紗。住所は……ん?」
エージェントが眉をひそめた。
「どうした?」
宇野がエージェントの側に寄り、ポイントカードを手に取って凝視する。
「弥富君。今日、君と我々がここで鉢合わせたのは偶然ではないようだな。オリジナルPDSはドコだね?」
やっぱりだ。不正アクセスした事実がバレている。くそッ、なにが高性能な
「あ、あの~~」
「何かね?」
「正直に喋れば解放してもらえますか?」
このままでは確実に懲役刑をくらう。ニートのまま人生の終焉を迎えたくはない。
「まあ、君の態度次第だな」
宇野の表情が一層険しくなった。
「実は――」
弥富は洗いざらい正直に白状した。ここ2、3日に起きた出来事……深見素赤の葬式と、そこで入手したポータブルHD。禁魚とオリジナルPDSの関係性。そして、毒ガスを撒き散らしてポータブルHDを強奪しようとした、深見素赤の父を名乗る男の事も。
「深見素赤の父? その男はそう言っていたのかね?」
「え、ああ……はい」
一瞬、妙な空気と間が生まれた。宇野は踵を返すと部屋の隅まで歩いて行き、手招きで常務とエージェント達を呼ぶ。
(何だ?)
ヒソヒソ会議が始まった。弥富としては不安になることこの上なしだ。
「弥富君、結論から言わせてもらおう。まず一つ。君のポータブルHDと四匹の禁魚は没収。二つ目。自宅のネット環境を遠隔制御させてもらう。で、三つ目だが……」
そう言って宇野は一人のエージェントに合図した。弥富の真横に女性が一人起立する。シワ一つないスーツをビシッと着こなした、黒髪のポニーテールの女だ。年の頃は弥富と同じくらいだろうか、夏だというのに真っ黒い皮手袋を装着している。
「24時間体制で監視をつけさせてもらう」
「えッ、そんな……!」
「一連の君の行為、情報規制法に十回以上は抵触している。腕利きの検事なら、5年は君を刑務所にブチこんでおけるくらいの罪状だ。そこのところをしっかり考慮してもらわんと」
「……はい」
文句の言える立場ではなかった。
「では、簡単に紹介しておこう。君の監視役を務める『
真横でビシッと起立するその顔をチラッと盗み見た。
(うわ~~、お友達にはなりたくねえ……)
細面で端整な顔立ちをしているが、見事なまでの仏頂面だ。仕事に生きて仕事に死すみたいな空気が滲み出ている。
「あの……監視ってどのくらいの間ですか?」
「もちろん、君の身に起こるであろう脅威が完全に去るまでだよ」
「脅威?」
「ああ、そうだ。津軽には監視と同時に警護も兼任してもらう。言いたい事が分かるかな?」
「いえ」
「要するに、君を襲撃したという男だが……電薬管理局の関知していない相手だという事だ」
つまり、深見素赤の父を名乗っていたアノ男は、電薬管理局とは無関係だと?
「つい先日、匿名の情報提供があってね。君のポイントカードに記載された住所に、電薬管理局のメインサーバーへハッキングをしかけたハッカーがいる──とね」
コレってもしや、複雑な事件に巻き込まれるフラグか?
「我々実動課としては、裏のとれない情報に振り回されて行動するワケにはいかない。が、そのハッカーがこの企業の社員で、今日、何だかのサイバーテロを画策している……そう言及された。その社員の名が深見素赤。しかし、その社員は既に死亡していた。しかも、不動産リストを調べたが、匿名の情報にあったのは弥富君の住所で、深見素赤のものではないと先程判明した」
どうやら、深見素赤の生存(?)を知っているワケではないようだ。
「今後、君の身に同様の事件が発生する可能性は高い。充分注意してくれ」
「俺は具体的にどうすれば?」
「悪いが基本的には自宅軟禁だ。外出すれば襲撃されやすくなるからな」
今までも自発的に引きこもっていたし、大した違いはない。ちょっぴり変化したのは話し相手を失った事ぐらいか。
(すまないが……サヨナラだ)
デスクに乗せられたビニール袋を見つめる。禁魚が四匹……大人しく漂っている。決して人ではない。口論したりバカに付き合ったりした連中は、決して人ではないのだ。だから、気にすることはない。いつも通り一人ぼっちに戻るだけなんだ。
「では、津軽。彼の事は頼んだぞ」
「了解ですわ、課長」
弥富と禁魚達の無茶な作戦がここに完結した。結果は──失敗。そして、彼と禁魚達の関係もここに自然消滅を迎えてしまった。
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