第9話日本よ、これが正常だ
アキバの街の片隅にある小さな公園で、一人静かにベンチに腰掛けていた。小学生の頃、担任の先生に言われた言葉を思い出していた。
「いいですか、皆さん。世の中には悪い事ばかり考え、道端をウロウロしている人達が沢山います。そんな人達は、アナタ方のような良い子を狙って誘拐したり、猥褻な行為に及びます。働く気力の無いオジサンや、自分の部屋に閉じこもったニート達には気をつけてください。防犯ベルやケータイのGPS機能をフル活用し、身を守りましょう。帰ったら配ったプリントを御家族に必ず見せてください。それでは皆さん、さようなら~~☆」
……先生、スンマセン。俺、もらったプリントを帰り道で捨てちゃいました。飛行機にして飛ばしちゃいました。とってもよく飛びました。そのせいでしょうか、25才の俺は、先生が罵っていたニートに成り下がりました。
リアルな重圧からの逃避行動……これにより一時的に平常心を維持していたが、外の空気が早くも弥富を鬱にさせる。
天使A「まいったなあ……こんなトコで気持ち良く死んじゃってるよ」
天使B「これって残業代出るんスかねえ、先輩?」
天使C「最近は組合からの指示が厳しいしなあ」
天使B「見なかった事にしましょうか?」
天使A「いやいや、そりゃマズイだろ。仮にも俺達って神の使いだしさあ、ビジュアル的に綺麗にくたばったのを放置したら、減給ものだよ」
天使C「それもそうだな。よし、オレが少年を担ぐから、オマエ等は大型犬の方宜しく」
天使A「ちょ、待てよッ……俺、実は犬アレルギーなんだよ。だから代わってくれ」
天使C「やだよ。座敷犬ならともかく、こんなデカくて体臭がキツイのはパス」
天使B「そんじゃあ、この場で洗礼しときますか」
ガソリンかけてライターで点火。
「ふぁあいやあああああああああああああああああああッ!」
珍妙な幻覚に苛まれ、弥富の雄叫びが公園に木霊した。
一方その頃、留守番中の禁魚達はすっかり待ちくたびれていた。
「もうやだッ! 拷問のリハーサル飽きたッ!」
低温ローソクを片手に浜松が文句をたれる。
「そりゃ拷問じゃのうてただのプレイじゃぞ」
ジジイが冷静にツッコんでくれた。
「ハァハァ、もう少しだ……もう少しでポチは何かになれそうな気がする」
ポチ、三角木馬に跨って虚ろな瞳になってる。
「アカンッ! ポチが大人の階段上りかけとるでッ!」
全員がムダな体力の発散手段を模索してる。
「めたもるふぉぉぉぉぉぜぇぇぇぇぇ~~!」
マヌケな奇声を発し、いつの間にか着替えた浜松が躍り出た。
「…………」
残念ながら、その光景に真っ先にツッコんでくれる猛者はおらず。
「ポチも変身だあ~~」
即、感染。週末の午前中に放送してそうなアニメの衣装を纏い、浜松といっしょに痛々しいポーズをきめる。背景がやたらとカラフルに光ったり、爆発したりで……なんかもう、ごく一部の成人男性共が拍手してそう。
「は、浜松さん……?」
「アキバ限定魔女っ娘・『ギルティ5』! あたしはリーダーのギルティ・ローズ!」
直訳すると『有罪な五人組』になる。
「ポチはチームのリーサルウエポン、ギルティ・ブロッサム。魔法っぽい力でローアングラー共を一掃するぞ~~」
珍妙なスティックを振り回してる。
「……で?」
出雲が冷たい視線を目の前のバカ二名に向けた。
「さあ、急いでッ! 衣装は全員分あるから、さっさと着替えてアキバの街をサクッと救うのですッ!」
救いが必要なのはテメーの頭だ。
「あ、あの……別に着替えなくても」
郡山は恐れている。魔女っ娘衣装を野郎にも着せようとしているから。
「羞恥心なんてかなぐり捨てなさい。この街では、一般常識と平常心の持ち主は生きていけないの。さあ、今日からアナタはギルティ・チェリー!」
そう言ってズイッと差し出される、フリルまみれのピンクの衣装。
「そんな……」
思わず受け取ってしまい、俯いたまま凍りついてる。
「さあ、出雲もコレで心の鎖を破壊するのよ」
満面の笑顔で手渡されるバイオレットな衣装。なんか、サイズが小さいのが気になる。
「う、うち……いや、マジでアカンて」
ゴクリと息を呑む。何だろう、この不可思議な誘惑。衣装を手に取るだけで、みるみる羞恥心が崩壊していくようなカンジ。
「ビンビン伝わってくるでしょ? 体が魔法の力で高揚するでしょ? さあ、後は変態という名の乙女に変身するだけッ!」
変態になるのが前提みたいだ。
「で、ジジイはコレね」
差し出されたのは目出し帽が一つ……以上。
「儂も?」
高齢者が巻き添えにあった。仕方がないんでかぶってみる。案の定、ただの銀行強盗にしか見えない。
「似合ってるよ、ギルティ・アイリス!」
いやいや、一人だけ明らかに仲間ハズレだから。防犯カメラでズームアップされるから。
「ギルティ・アイリスはチームのマスコット担当ね」
爽やかに笑顔で言われたけど、目出し帽かぶったジジイがマスコットって……。
「そ、それで……一体何を?」
二十歳前後の青年が魔女っ娘コスプレ。しかもピンク。田舎の御両親はきっと泣いています的な、そんな光景。郡山は薄らと頬を赤らめながら浜松に問う。
「『享輪コーポレーション』のメインサーバーへ突入する」
浜松の表情が唐突に引き締まり、メガネを外して目を細めた。
「――――ッ?」
言葉につまった。悪フザケを展開するものとばかり思っていたため、浜松の発言に対し二の句が継げない。
「本社ビルのサーバー室まで運んでもらう予定だったけど、更紗が怖気づいた場合も想定し、ラップトップのHDにハッキング用のチートコードを組ませてもらったの」
「なンや、さっちんは体良く利用されとったンか?」
出雲は衣装のサイズが合わず、二の腕とウエストをパンパンにしてる。
「
「なるほど。引きこもり気味で、友達もおらず、コミュニケーション能力の乏しい御主人は、まさに最適な該当者というワケじゃな」
土佐がヒゲを弄りながら頷いた。
「あたしが所持したままだと強奪されかねない。ダレとも繋がりが無く、平凡で目立たないバカ野郎が必要だった。だから、あたしは沢山の人間とチャットして、それとなく相手の社会的立場や性格を分析し、選別していった。更紗はまさにベストの人材だったワケ」
次第に浜松の表情に微笑みが。ただし、その顔は明らかに悪人の色に変化していた。
「外部から安全にハッキングできるのなら、どうして弥富さんに言ってあげなかったんですか? 彼が享輪コーポレーションで拘束でもされたら、ボク達全員が処分されかねないのに」
郡山が膝を折って座る。ミニスカ仕様なんで中身が見えそう。
「それはそれ。更紗のヘタレな光景が見れて楽しいし――」
「ほう、そいつは興味のあるハナシだなあ」
不意に聞き慣れた声がして、振り向けばヤツがいる。インカムを装着し、薄らと怒りの滲んだ瞳で弥冨が帰還。その手には、着火済みの低温ローソクと乗馬用のムチが。
「あらヤダ、やさしくし・て・ね☆」
浜松は力一杯の営業スマイル。だが、無意味だ。
「ポチ、準備しろ」
「うん、分かった。これで浜松も何かになれるぞ」
瞬時にして裏切ったポチが三角木馬を運んでくる始末。
(うっわ~~……)
展開をスピーディに予測した他の連中は、静かにあさっての方向に目をそむけた。とっても晴れがましい笑顔で。
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