第8話正常だから、俺はこの街を選ぶぜ

「全員整列ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~ッ!」

 ──ザッ

「これより点呼をとるッ!」

 ──ザッ

「郡山ッ!」

「はい」

「出雲ッ!」

「はいな」

「土佐ッ!」

「うむ」

「ポチッ!」

「さあ、食えよ」

 ──ザッ

「ここに精鋭四名と携帯食がそろった。屋外にはいかなる危険が待ち受けているか、想像もつかない。よって、命がけの任務となるだろう。分かったかッ!?」

「質問宜しいでしょうか? 浜松軍曹」

「何だ? 郡山伍長」

「ボク達……何で軍服なんでしょう?」

「あたしの趣味・嗜好が常に優先されるからよ」

「質問ええかなァ?」

「何だ? 出雲兵長」

「うち等ドコ行くンや?」

「地平線の彼方だ」

「ちょっといいかのう?」

「何だ? 土佐二等兵」

「お主の真後ろでダレかが拳を振り上げとるぞ」

「ぬッ、曲者ッ!」

 ぐしゃ……

 浜松軍曹の顔面にめり込む一撃。

「静かにしろよ、バカ共」

 弥富が面倒臭そうな面で登場。鼻血を吹いた浜松軍曹が足元に転がる。

「質問するぞ、弥富少佐」

「何だ? ポチ衛生兵」

「ドコで何をすればいい?」

「街に出る。そして、『享輪コーポレーション』に行く」

 覚悟した。引きこもっていても確かに進展は無い。人が死んでいる。しかも、自分の部屋でだ。

「弥富少佐、具体的に享輪コーポレーションで何を?」

「深見素赤について調べる。彼女がオリジナルPDSとどう関係しているのか、どうしてそんなモノを俺に託したのか、知りたい事は山程ある」

「おおッ、さっちん少佐が珍しくアクティブやで」

「で、会社のある『アキバ』という街へ行くのか?」

「ああ。そうだ」

「それって……隣町じゃぞ」

「だから何ッ!? 電車で一駅の距離だとマズイのッ!? それ以上の遠出なんて怖くてできないからッ!」

 本日もヘタレっぷりを露呈中だ。


※アキバ街の特徴※

    ↓

{カメラを首からさげた白人のカップルが2、3組は必ずいる}

{ケバブの店が妙に多い}

{デブの野郎率が高過ぎて、屋内は湿度が急上昇する}

{リュックサックは体の一部}

{美少女が商売してブサイクが金を出す}


 ──バタンッ!


 勢いよく閉められる個室の扉。電車が駅に到着し、弥富は足早に電車を降りて階段を駆け下りる。そして、一目散に駅のトイレへと駆け込んだのだ。便器のフタの上に腰かけ、荒い呼吸を整えている。他人様から見れば圧倒的に不審者だ。

「よし。とりあえず第一ポイントに到着だな」

 浜松軍曹がビシッと起立している。今度は眼帯まで装着して悪ノリは絶好調だ。

「……おい」

 弥富がうんざりした感じで呟く。禁魚の入ったビニール袋にインカムが付けられ、ラップトップにポータブルHDがつながっている。外でもネットにつながるよう、専用のプリペイドカードを使っている。腰かける弥富を中心に、周囲にはいつもの四匹が起立。

「自分で言うのもなンやけど……うち等、何をしとンねん?」

 確かに。一つの個室トイレに総勢五人が集合。しかも、アーミーなコスプレで。

「今後の作戦内容を説明する。諸君、コレを見てくれたまえ」

 浜松軍曹が紙キレを一枚ずつ配る。そこには下記のように書かれていた。


         『作戦名・当たって砕けた★』


 作戦の手順…………1.正面から本部ビルに突入

                ↓

          2.深見素赤の勤務していた部署に突入

                ↓

          3.それっぽいHDを根こそぎブンどる

                ↓

          4.笑顔で緊急脱出

                             ――以上。

「……おい、ハナっから砕けてどうする」

「浜やん軍曹、完全に勢いだけやン」

「ええ、ただの無謀ですね」

「若いモンは死に急ぐのう」

 不平不満の空気が漂う。

「足りない知恵の分は根性でカバー。我々は特攻野郎・Zチームであるッ!」

 要するに行き当たりばったりだ。

「よし、しばらく大人しくしてろ」

 弥富は心の中で何か始末をつけたかのように頷き、禁魚の入った袋をコインロッカーに入れた。そこから始まる彼の現実逃避タイム。オタク街へゴー。

「あ~~☆ アドレナリンが良い具合に分泌される~~♪」

 弥富、ヘヴン状態。店頭モニターから流れるギャルゲーのBGMに包まれ、彼はあっという間に街に溶けていく。ダレからも干渉されず、ダレにも干渉せず、街の雑踏に消えて行った。


「さて、どうしたものかのう……」

「いきなりつまずきましたね」

「ヒマやなァ、つまらんなァ」

「敵前逃亡とはッ! 軍法会議にかけ、拷問して不名誉除隊確定よッ!」

 四匹はすっかり気合いも根性も萎えてしまった。

「ところで浜松よ、今は御主人の目は無い。腹を割って全て話してもらえんかのう」

「何を?」

 浜松は大きな十字架を担いで拷問のリハーサル中。

「ゴミ袋に片付けた例の男……何者か知っとるんじゃないのか?」

「それを聞いてどうするワケ? 特に意味は無いよ」

「そうかもしれん。が、同じ種族として、これ以上隠し事をされていては気分が悪い」

 土佐は真剣だった。彼の背後に立つ郡山と出雲も、同様の雰囲気を滲ませている。

「アノ男はただの消耗品。深見素赤を監視するためだけに、偽りの肉親を演じていた」

「つまり、実の父親ではないと?」

「家族はみんな入れ替わりに気づいてなかったみたい」

 浜松の口調が重苦しくなり、目つきが悪くなる。

「それが事実だとして、どうしてそんな事まで御存じなんですか?」

 もっともな質問だ。

「確かにな。儂等が得られる情報は、ネットに流れる事象に限定されておる」

 土佐も訝しがる。

「案外、深見素赤っちゅう女と浜やんが同一人物――とかいうオチやったりなァ」

 出雲がニヤニヤしながら呟いた。

「いや~~、よく燃えるね~~」

 十字架にくくり付けられたポチ。松明を手にした浜松がそっと点火。何だか遠くを見てる。まさかとは思うが、地雷踏んだ?

「…………(汗)」

「…………(汗)」

「…………(汗)」

 三匹が笑顔でダラダラと汗を吹き出しつつ、沈黙。一番あってはいけない短絡的結末が見え隠れしだした。

「このカスめ。このネタバレめ。この中二病め」

 ポチがメラメラと燃え盛りながら文句をたれる。

「はあ~~、もうちょい隠し通せると思ったんだけど。世の中上手くはいかないよね」

 何かを諦めたみたいに浜松が大きく溜息をつく。

「バカな……深見素赤の死亡記録はネットから確認してある。従って、オマエというアバターを操作している輩は、深見素赤の名を語り、御主人に何かをさせようとしている事になる」

 動揺する土佐が反論した。

「うんにゃ。そうじゃなくてさ、深見素赤は手にしちゃいけない危険物モノを手し、電薬管理局から監視がつけられ、彼女は『浜松』になった」

 浜松は自分を指差して苦笑いを浮かべた。

「深見素赤という実在の人間が、なんだかの方法で浜松という禁魚になった……と?」

 郡山が当惑した表情で尋ねる。

「簡単に言ってしまえばね」

「くだらん。出来の悪い都市伝説じゃ」

 土佐がイラつきのこもった声で言い返す。

「信じてもらわなくても結構。あたしは質問されたから事実を言ったまでだし。物的証拠は無いし、今、目の前で証明することも出来ない。けど、享輪コーポレーションに無事潜入できれば、アンタ達の望む回答を見せられるかも」

そう言って意味ありげに微笑んだ。

「よかろう。では、御主人の帰りを待つとしよう」

 空気が重い。同じ種族だと思っていた相手に向けられた、疑惑の目。そして、彼等が待つ飼い主の方はというと――

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