第7話うまい、やすい、正常
「あの……どちら様?」
いつも通りのリアクション。フォックスタイプの銀縁メガネをかけ、黒髪の太い三つ編み。年の頃は三十代半ばくらい。マタニティドレスを身に着けた、結構な長身でやたらとムッチリした体つき。
「御主人よ、この女を使えば上手く死骸を処理できるぞ」
「おい、ジジイ。エロゲに一人はいそうなのが出てきたんだが」
「みなぎるのは構わんが気をつけよ。危険な女じゃ。外見に惑わされてはいかん」
「でも、ああいうのが大好物なんでしょ、更紗氏?」
物陰から血まみれ浜松の冷やかし。
「ええ。三度の飯より最優先事項だとも、浜松氏」
軽く受け流す。
「早く用件を言ってください、子供達が怖がってますぅ」
彼女の周りを囲むようにして、小さな男の子と女の子が二人ずつビクビクしている。
「オマエのガキ共なんかポチがいじめてやるぞ~~」
と、両手を振り上げ、プチ保育園へと突っ込んでいく。
「はいはい、黙りなさ~~い」
ポ~~ンと投げ込まれるゲーム機とヌイグルミ。キャッキャッ♪ と、群がってくる四人のガキ共……+ポチ。
「アンジェリーナよ、オマエに人間の死骸を処理してもらいたい。できるな?」
土佐が女を睨みつける。
(病原体に『アンジェリーナ』って……)
微妙な空気の弥富ではあったが、視線はさっきから彼女に釘付けだ。
「ちょいと、こー君。さっちんの様子が何か変やで」
「ええ、確かに。なんだかドキドキしてますね」
「なんとふしだらな。性欲センサーが振り切れてるわよ」
三匹の野次馬がヒソヒソと。つーか、性欲センサーって何?
「あの~~、アンジェリーナさん? 俺、ここの住人なんスけど、どうして床下に?」
弥富、少々耳が赤い。
「ちょいと、こー君。さっちんたら敬語使っとるで」
「ええ、確かに。なんだか落ち着きがありませんし」
「目を覚ましなさい。更紗はネット情報の魔力に騙されているのよ」
外野が忙しい。
「わたし暑い場所が苦手でしてぇ。子供達と床下でひっそり涼んでいたんですぅ」
「はあ……ところで、コレなんですが」
深見・父の遺体を指差す。業者に仕事を依頼する感じで。5千円とか8千円とかで。
「あらまぁ、御可哀そうに」
そう言って彼女はメガネを外し、遺体の傍にしゃがみ込む。
――カプッ
噛みついた。遺体の首筋に躊躇なく噛みついた。
「うわ~~い☆」
更にはアンジェリーナの子供達が飛び掛かり、背中や腕や頭へと食いついていく。
「ぎゃあああああああああああああああああああああッッッ!」
※描写に適さない光景に家主が発狂しました。しばらく御待ちください※
「連中はああやって生物から養分を吸い取るワケ。なんともおぞましい」
復活した浜松が弥富の身体を揺さぶってる。
(そんなバカな……現実には存在しないアバターで遺体をッ!?)
遺体はみるみる干からびていく。塩化ビニールの人形から空気が抜けるみたいに、小さくしぼんでいくのだ。茫然自失の弥富に見守られながら、遺体は文字通り骨と皮だけになってしまった。
「ふぅ、ごちそうさまでしたぁ」
「ごちそ~~さまでした~~☆」
母と子供達が口元をフキフキ。
「では、御主人。後はコイツを燃えるゴミの日に出すだけじゃ」
さらっと完全犯罪が成立した。コレばっかりはバーローにも解けまい。
(やっちまった……俺、とうとうやっちまったよ)
ゴム手袋着用。ゴミ袋用意。生まれて初めての死体処理。父よ、母よ、息子は今日も懸命に生きてます。
「全員そろったか? これより第二回『人類と魚類の朝まで生討論会』を始める」
本日も世界は平和。だけど、このアパートの一室だけは、その世界から見放されている。
「更紗先生、質問ッ!」
「何だ? 落第生の浜松」
「反省の色って何色ですか?」
「オマエの脳ミソと同じ色だ。だから、反省して廊下に立ってろ」
浜松、バルコニーで直立不動。
「今、最も俺が知りたいのは……コレが一体何者なのかだ」
そう言って弥富はゴミ袋の中身を指差す。
「深見素赤さんの父親ですね」
郡山が事も無げに言う。
「そうじゃなくて、人物の社会的な事情や背景についてだ」
「悪の秘密結社なんてフィクションです。本気にしてはいけない」
「そうじゃな。が、この男の通信内容から察するに、電薬管理局に雇われた可能性もある。身元云々はともかく、この男からの連絡が途絶えたとなると、御主人は確実に怪しまれ、先方はより強引な行動に出るじゃろうて」
土佐がとっても不吉な事を言う。25年の平凡過ぎる人生に逮捕フラグが立つ。
「けど、妙やなァ……うち等は超高性能な
「ええ、そこなんです。ゴミ袋の中身の雇い主と目される者は、通常回線でのPDS使用を察知した。が、ボク達禁魚の存在を突破した痕跡が確認できません。となると、先方は特A級の
「監視って……実の父親が娘をか?」
「実の父とは限りません」
ガスの散布やケータイでのやり取りは、明らかに一般人の言動ではなかった。
「御主人よ、可能性だけで推測するのでは切りがない。ここからは課外実習といこう」
「は?」
土佐が何かガサゴソと準備し始めた。
「この部屋に引きこもっていても解決せん。情報を足で拾いに行くとしよう」
「よっしゃああああああああああああああああッ!」
反省していた浜松が万歳ポーズで窓ガラスを突き破り、一回転して華麗に着地した。
「……おい」
弥富が今後の展開を予想してイヤな顔になっている。
「ボサッとするなッ! 41秒で仕度しなッ!」
無理だバカヤロー。浜松は何がそんなに嬉しいのか、やたらとはしゃぎながらコスチュームチェンジ中だ。
「要するに、ボク等といっしょに調査に出かけるワケです」
郡山に悪意は全く無い。ただ、禁魚全員に言えるのは――
(コイツ等、絶対ノープランだろ)
俺は試されているんだ。神様の与えた試練なんだ。クリスマス当日のコンビニが、冴えない男性アルバイトばっかりになるのと同じ仕組みなんだ。そう考えよう。
「では、各自速やかに外出の準備を」
土佐の号令に従って禁魚達が散る。部屋にはポチだけが残り、膝を折ってポツンと座っていた。
「……何だよ?」
「外は嫌いか?」
「ああ。遠出すると不安になる」
「ポチは水槽から出たことない。だから、連れてけ」
「うらやましいな。好奇心一杯でストレスも感じない。こんなに人間臭いのに」
「オマエは人間のくせに人間らしくないな。どうしてそうなった?」
「無表情でそんな事聞くなよ」
「ポチ達に人のような感情は無い。だから、無表情」
「じゃあ、禁魚達のバカみたいな言動は何だ?」
「PDSに不可能は無い。感情は常に演出される」
クスッ……
一瞬だけポチの口元が歪んだように見えた。
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