第6話見ろ! 人がゴミのように正常だ!

「ちょっといいかな、君達?」

 インカムを装着した深見・父が、四匹の禁魚の前に現れる。

「ZZZZZZZZ……(眠)」

 現実世界での状況を察してか、禁魚達はあからさまな狸寝入りをきめこんでる。

「君達、エアレーション止めるよ」

「失礼しました、お客様」

 四匹はそろって回れ、右。

「さて、君達の飼い主は今回の件にどれだけ関わっている?」

 深見・父は腕組みをして鋭い視線を向けてくる。

「いきなり尋問か? ドコのダレやねん?」

「わたしはただの使いっパシリだ。特殊なオリジナルPDSが通常回線で使われたため、奪取するよう指示を受けた」

 妙な空気が流れ出した。

「弥富更紗は禁制動物飼育の現行犯で逮捕される。が、君達の態度次第で彼を見逃すという選択肢もある」

「ボク等や弥富さんがどんな情報を得たのか全て話せと?」

「ああ、そうだ」

「ん~~、お断りですね」

 郡山が苦笑いして答える。他の三匹もイヤそうな顔してる。

(……?)

 この様子に深見・父は眉をひそめ、ケータイを手に取った。

「禁魚かシステムにエラーがあるようだ。こちらの要求に正しく応えない」

<システムに問題はない。禁魚は非常に知能の高い生物だ。何が起きるかこちらも予測しきれない>

「だとしても、これ程まで擬人化レベルが高いものなのか? 魚類とは思えんくらい饒舌だ」

<とにかく、情報の回収を急げ>

「了解した」

 深見・父は呆れたように軽く溜息をつくと、禁魚達の方に向き直る。

 ガシャ――

「――――ッ!?」

 彼は硬直した。乾いた金属音がして、太い銃口が自分に向けられていた。そして、拳銃を握った浜松の口元が歪んだ。


 ドオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッッッン!!


 空気が重々しく震え、深見・父の意識が吹き飛んだ。

 ドサッ……

 自分の脚が消えて無くなったみたいに崩れ落ち、彼は動かなくなった。

「……?」

 弥富の前で深見・父は水槽に頭を突っ込み、ブクブクしている。インカムを装着していない弥富には、何が起きたのか全く分からない。


 ―――――――――― 動かなくなった? ――――――――――


 人が死んだ。すぐ目の前で人が死んだ。動画サイトでしか見たことのない現実が、衝撃と共に訪れてしまった。

(こんなのねぇよッ!)

 身動きがとれないまま死体を目の前にし、事の成り行きを見ていないといけない。 

「やべぇよ、やべぇよ、やべぇよ、やべぇよ、やべぇよ……!」

 ガスの効果が薄れて小声を口にするまでに回復したが、変な臭いがしてそうな汗がダラダラ流れ出る。しばらくしてやっと手足の自由が戻り、彼はゆっくりとインカムを装着した。

「死んでる。コレ、死んでる。あはははははははは」

 ポチが無表情で死体をゲシゲシと蹴ってる。

「オマエ等が殺したのか……? いや、その前にこのオッサンは何だよッ!? ガスマスク持参して人の部屋で白いヤツ撒きやがったぞッ! もう分かんねぇコトだらけで鼻血噴いちまうよッ!」

 ──ドスッ

「おふッ!」

「落ち着けっての」

 弥富の腹に浜松の膝蹴りがめり込む。

「ま、まずは警察に……って、いやいや、バカか俺ッ! ええっと~~……おい、どうにかできねえのかよッ!? オメー等が殺したんだろうがッ!」

「まあ、確かに。浜やんが撃ち殺したなァ」

「う、撃ち殺したッ!?」

「うん。眉間に一発くれてやったよ」

「そんな……だって、バーチャルだろッ!? どうして現実に人が死ぬんだよッ!?」

「オリジナルPDSと禁魚がシンクロして発生する、いわゆる『副作用』の一種じゃよ。大脳が強力な暗示を受け、肉体にありえない命令を下すんじゃ」

 死体を見下ろしながら土佐のジジイが呟く。

「どういう事だ?」

「知っての通り儂等の姿は生身ではない。言わば幻覚じゃ。見る者の脳幹に強烈なストレスを与え、器質性疾患を引き起こす」

「要するに、この男性は突発的な脳血管障害により死んだ――というコトです」

 郡山はそう言って死体の頭をつかみ、乱暴に水槽から引っ張り出した。

「と、いうことは……俺にも影響が出るのか?」

「うんにゃ。さっちんの場合は全くもって安全や」

「何でだ?」

「引きこもりで、貧乏で、社会的地位が無くて、生活力も無い。おまけに友達いなくて、コミュニケーションとるの下手だから」

 浜松がビシッと弥富を指差した。

「よ~~し、ちょっとこっちに来てくれるかな~~」

 ズリズリ、ズリズリ……

 浜松が物陰に引きずられていく。


 ――ゴシャ! ――グシャ! ――ベキッ!


「さて、話を続けようかな」

 弥富だけ戻って来た。拳に赤黒い液体を付着させて。

「さっちん、何か一犯罪おかしてへンか?」

「この部屋は治外法権だ」

 物陰から弱々しく腕が伸びてきてるし。血文字でメッセージ書こうとしてるし。

「ま、まあ……浜松さんが言いたかったのは、人畜無害な使用者には悪影響をもたらさないという事です」

「なるほど。で、この死体はどうすりゃいいんだ?」

 男の正体は気にかかるが、中年オヤジの亡骸と生活する趣味は無い。追究は後にして処理方法を検討しなくては。

「せやなァ、外に持ち出すのは危険やから、浴槽でバラしてゴミ袋に詰めたらどうや?」

「怖ェ、却下だ」

「化学薬品で溶かしてみてはどうじゃろう?」

「怖ェ、却下だ」

「醤油とワサビを買ってくるのがベストだぞ」

「食うのッ!?」

「う~~ん、仕方ありません。出来る事なら関わり合いたくありませんでしたが、『アレ』に頼みましょう」

 郡山はそう言って土佐のジジイに目配せする。

「ふぅ、気乗りせんがのう」

 ジジイが辺りをキョロキョロし始め、姿勢を低くして家具の下を覗き込みだした。

「おい、屋内でホームレスやるんじゃねえよ」

「違う。人探しじゃ」

「ダレもいねえよ。探すんならテメーの脳内を見ろよ。愉快な妖精がきっと見つかるぞ」

「むッ、コレはッ!?」

 ベッドの下から大量のエロDVDを発見。

「うわ~~、男ってアホやなあ。一人暮らしなンやから隠す必要ないやろ」

 出雲検疫官によって没収された。

「違うのッ! 男って生き物は条件反射とパターンで生きてるのッ! 生きる知恵の反復練習なのッ!」

 惨めに弁解する男が一匹。

「おッ、そこにおったかッ!」

 床下に続くパネルを全開にし、土佐がダレかを見つけた。床下が急にガタガタと騒がしくなり、ジジイとダレかの口論が聞こえてくる。  

「こらッ、さっさと出てこんかいッ!」

「いやですぅ、もう真夏の天気で気温が高いんですぅ」

「やかましいッ! 四の五のぬかすなッ!」

「大声出さないでください、子供達が怯えますぅ」

「知ったことか、このクソ女がッ!」

 オマワリさん、うちの床下にダレかいます。

「おい……何がいるんだよ?」

「ボク達が最も忌み嫌う生物が潜んでいるんです。ニートにとっての両親、ロリコンにとっての児ポ法、マナにとってのカナなんです」

 いや、三つ目はちょっと違うだろ。

「処置が遅れると死に至る禁魚の病気の一種や。『白点病』っちゅうヤツやねん」

「おいおいおい……相当な危険人物が床下に潜伏してるワケか?」

「せや。体中がメチャクチャ痒くなって、ジワジワと体液や血液を吸いよンねん」

 禁魚達にとっては天敵らしい。

「よし、二人で一気に引っ張り出す。踏んばるのじゃ」

「了解です」

 床下からニュッと現れた手を、土佐と郡山の二人がかりでガッチリつかみ――

「せいやああああああああああッッッ!」

 ズルリ……

 捕獲成功つかまえた

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