第3話悲しいけどコレ、正常なのよね!

「つまらんなァ~~。繁殖適齢期の可愛い女の子が下着姿さらしとるンやで、もっと聞くべきコトがあるやろ。ヤルべきコトがあるやろ」

「…………」

 弥富の視線が冷たい。

「まあ、ええわ。せやなァ、うち等は金魚を人為的に変異させて造られたンや。認知症や鬱病に使用する薬の素材として開発されたらしいンやけどな。魚類にはあり得ない知能の高さが分かってなァ、PDSの飛躍的なアップグレードにつながったらしいで」

(薬?)

 初耳だった。が、PDSは仮想空間で癒されるコトを目的としたシステム。薬物との関係性も十分考えられる。

「他には……う~~ん、うちより他の連中に聞いた方がエエと思うけどな」

「浜松と郡山のコトなら却下だ」

 やさぐれ気味に言い切った。

「ほんなら、『土佐とさ』のジイさんに聞いたらええンちゃうかな?」

 最後の一匹とコンタクトをとる時がきた。

「今度こそまともな話が聞けるんだろうな?」

 禁魚に対する弥富の信頼度はド底辺だ。

「なんせ15年も生きとる長老やからな。色々知っとるやろ」

 出雲はそう言ってテーブルから下り、窓を全開にしてこちらに背を向け、仁王立ちになる。Tバックにはギリギリでアウトなヒップをプルプルさせて。

「……何してんの?」

「写メ待ちや」

 弥富、そっとインカムを外す。瞬時にして公然わいせつ者の姿が消える。

(仕方ない……やるか)

 一際ガタイの大きい琉金の泳ぐ水槽にインカムを取り付け、今度こそという期待をこめてインカムを再び装着。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああッッッ!」


 木霊する悲鳴。玄関戸から飛び出せひきこ森。

(何事ッ!?)

 御近所の方々が集まりそうなくらいの慌てっぷり。部屋に戻りたくない。いや、戻れない。だが、このまま裸足でアパートの外をウロついてたら、ドコかの母親が子供に「人生を全力で逆走するとああなるのよ……」とか諭しそうなんで、心臓をバクつかせながら部屋の中をのぞいてみる。

 ――居た。大量に吐血したジジイが床の上に倒れている。

「助けて、HUNAKOSIさんッ!」

 弥富、泣く。自分の部屋で見知らぬ高齢者が死んでるんだもん。

(ど、どうすりゃいいんだ……?)

 おそらくは出雲の言っていた禁魚だろうが、何故だか緊急事態だ。

「よし……」

 弥富はポケットに入ってたケータイを手に取り、投げる。

 ――ゴッ

 頭部に命中。

「げふッ」

 更なる吐血。  

「わおッ!」

 甚大なダメージを与えてしまった。この状態では話をするどころではない。弥富は琉金の水槽に黒出目金をすくって入れる。

「助けて、KATAHIRAさんッ!」

 浜松登場。リアクションが弥富とかぶった。

「いや、そういうの俺が十分やったから」

 弥富が冷静にツッコむ。

「ちッ」

「舌打ち!?」

「で、何の用? あたし、結構忙しいんだけど」

「いや、オマエ魚類じゃん。泳いで呼吸して、エサ食ってフン出すだけじゃん」

「バカ者め、この姿を見なさいッ! 白衣の天使、ここに降臨☆」

 今度はナースだ。イメクラのデリバリーに電話した覚えはない。

「はいはいはい。そして、はい」

 弥富の視線はもう蔑みに近い。

「くッ……信じてないわね。なら、今こそ見せてあげるわッ、あたしの最先端医療(物理)をッ!」

 取り出したのは一本のメス。すかさず執刀。

 ザクッザクッ、ザクッザクッ、ブシュゥ~~……

「うわぁ~~い、赤い噴水だぁ~~」

 部屋と顔面を返り血で汚しながら、弥富が白昼夢を見ている。

「オペ完了」

 わずか5秒。

「どうなった……?」

「てへッ、死んじゃった♪」  

 親指を立てるな。ペロッて舌を出すな。

「おい、どうすんだよ……完全に人災じゃねえか」

 ズリズリ……ズリズリ……

 浜松は白目むいたジジイを玄関まで引きずり、ゴミ袋を頭からかぶせ、ガムテでグルグル巻きにする。

「──よし」

「よし、じゃねえ。真剣な面で無かったコトにすんな」

「心配しないで。ちゃんと可燃ゴミの日に出すから」

 ガサガサッ、ガサガサッ

 ゴミ袋が動き出す。

「何すんじゃいッ!」

 ゴミ袋を豪快に突き破り、ジジイが蘇生した。二人はとりあえず拍手。延命オメデトウ。

「おのれ、浜松ッ! 高齢者を大切にせん若人め、ダイレクトに地獄へ落ちるがいいッ!」

「ヤだよ。そっちが先に逝きなさいよ」

 ――ブスッ

 再執刀。ジジイの脳天から赤い噴水第二射。

「おい……俺の部屋をバイオレンスに模様替えすんなよ」

「ふむ、お主が儂等の御主人じゃな。宜しく頼むぞ」

 握手を求められた。顔面血まみれのジジイに。

「外見の先入観で判断したくはないが、アンタ……ホームレス?」

ハゲ、ヒゲもじゃ、ボロボロの作務衣。そして、雨に濡れた後の犬みたいな臭い。

「無礼なッ、儂は禁魚界の長老ぞッ! 見た目で人間性や社会的立場を判断するようでは、まだまだ人間が青いわッ!」

 一喝された。

「そ~~れ、拾ってこ~~い」

 浜松がポチをポ~~ンと投げる。

「貴重なタンパク質じゃぁぁぁぁぁ!」

 ジジイ、大喜びでポチに食いつく。

「おい、尊厳って言葉知ってるか?」

 弥富は人を哀れむ心を覚えた。

「で、更紗。土佐に何か用?」

「未だにダレも俺の疑問に答えねえし、悪フザケがヤル気を迎撃しやがる」

「確かに土佐は博識だけど、多少ボケてるから期待したらダメちゃんよ」

「何だよ、やっぱ役立たずかよ」

「黙らっしゃいッ! 儂の脳にはネットの森羅万象がつまっとるッ!」

 食べカスを飛ばしながら威張るな。

「なら、オマエ達の生態を詳しく教えてくれ」

「……げぇっぷ」

 やっぱりだよ。そして、ガッカリだよ。

 今日も無駄な時間が過ぎていった。

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