第2話おちこんだりもしたけれど、私は正常です

―――― 翌朝 ――――


「やった……捕まってない……俺、まだ生きてていいんだッ!」

 掛け布団が宙を舞う。ドス黒い悪夢に一晩中うなされたが、カーテンの隙間から朝日が差し込み、身の安全を噛みしめた弥富が飛び起きた。

(ということは……)

 バレていない。電薬管理局のサーバーに違法アクセスしたにも関わらず、国家暴力は踏み込んで来なかった。そして、この事実から以下の事が予測できる。

①友人の残したポータブルHDには、探知防止機能がついている。

               ↓

②友人は自分と同い年であるが、恐ろしくソフトウェアに精通している。

               ↓

③これで安全、且つ無料でPDSを満喫できる。

               ↓

④父よ、母よ、アナタ達の息子はなんとかなりました。

「よし、こうなれば次を試してみよう」

 これこそまさに僥倖。楽しまなければ損だ。昨日の浜松とポチの件はエラーの一種だろう。そういうことにしておこう。

 弥富は『インカムβ』を装着し、今度は和金の水槽に『インカムα』を取り付けた。

(コイツはオスみたいだな)

 和金のような丈夫で活発な品種から察するに、ビジュアル的には大きくて筋肉質な魚のアバターが──

「……どちら様?」

 昨日とリアクションがいっしょ。脆弱ピュアなハートが砕け散らないよう、ある程度気を強く持っていたが、またオカシイのが目の前に立ってる。

「やあ、弥富さん。はじめまして。ボクは『郡山こおりやま』といいます。宜しくお願いしますね」

 営業スマイルだ。フォーマルスーツを着た20歳前後の青年が、ペコリと会釈した。斜め15度で。

「随分イメージとかけ離れているんだが……またしても」

「そうは申されましても。クレームでしたらカスタマーセンターにお願いします」

「いや、返品とかじゃなくて。魚類のくせにどうしてこうも人類丸出しなんだ?」

「禁魚はPDS専用に調整された生物ですので」

「え? そうなんだ……あ、そのPDSだよ。あのポータブルHDは特別な仕様なのか? 電薬管理局に探知されないなんて普通じゃないぞ」

「システムの詳細については何とも」

「じゃあ、別の質問」

 弥富はポータブルHDを凝視しながら呟いた。

「友達が死んだ。原因を知りたい」

 声が少し震えていた。

「それはつまり、御友人の死に電薬管理局が関わっていると?」

 郡山が目を細める。

「友達はメールじゃなく手紙を書いてよこした。ネット上の動きを監視されていた可能性がある。しかも、自分の死を予測した内容の上に、ポータブルHDにはPDSがインストールされていた。関係が無いハズがない」

「なるほど。つまり、告訴して刑事裁判に持ち込み、国の情報機関に正義の鉄槌を下すと?」

「いや、とりあえず……何かイヤガラセでもできればと」

 抵抗レベル・ランク最弱。 

「俺ってハッカーみたいな技術とか持ってないし。ネットサーフィンが好きなただの引きこもりだし……み、見るなッ! そんな目で見るなッ!」

 弥富、苦悶。郡山の視線がとっても冷たい。

「それじゃあ、他の禁魚達と一緒に相談して、今後の身の振り方を考えましょう」

「そんな事できるのか?」

「簡単です。同じ水槽に禁魚同士を泳がせれば」

 弥富はそう言われてインカムを外し、四つの水槽を見渡す。

(よし、それじゃあ……)

 黒出目金を手ですくい、和金の水槽に移す。そして、再度インカムを装着。


「ぎゃああああああああああああああああああああああッッッ!」


 弥富、大絶叫ほえる

「もっとイイ声で鳴きなッ、このクソガキがッ!」

「シバけよ。もっと激しく。そして、食っちゃえよ」

 ボンテージを纏った浜松が、天井から吊り下げられたポチを鞭でビシバシやってる。

「やめろよバカ共」

 汚物を見るような目で弥富が浜松の後頭部を殴る。

「痛ッ、やぶからぼうに何事よッ!?」

「やぶからぼうはオマエだ。人様の部屋でマニアックなコトすんじゃねえよ」

 まさに最新技術の無駄遣いである。

「やあ、浜松さん」

「ん? ああ、郡山じゃん。よく来たね。どうよ、アンタも?」

「はい。それでは遠慮なく」

 ビシッ! バシッ! 

「その調子だ。手首のスナップをきかせろ。心の変態を解放しろ」

 相変わらずの無表情でポチは呟くし。

「で、何用よ?」

 鞭をブンブンさせながら浜松が弥富に向き直る。 

(んん……?)

 一瞬、素に戻った浜松の表情から、弥富が何か思い出しそうになった。昨夜は唐突な展開にあたふたしていたため、相手の顔をよく見ていなかったが、この少女アバターの顔って──

「あッ、そうだよ、オマエのその顔……何で『彼女』と同じ顔なんだッ!?」

 浜松の顔面を指差す。

「『彼女』というのは、さっき言っていた御友人のことですね?」

 郡山が二人へ交互に目をやる。

「どういうことなんだ? 彼女とオマエは何か関係があるのか?」

 葬式で遺影を見て初めて知った友人の顔。今、ハッキリと思い出した。

「知らないよ。他人の空似でしょ」

「いいや、そのメガネといい髪型といい……そっくりだッ」

 弥富の語気が荒くなる。

「まあまあ。禁魚の生態についてはボク達自身も知らない事が多いので」

「なら、知ってる事は?」

「例えばですね、どうしてPDSの使用が電薬管理局に察知されないのか……とか」

「いや、待て。システムの詳細はよく知らないって言ってたろ?」

「ええ、ポータブルHDのシステムに関しては。しかし、それとは別に電薬管理局に察知されないのは、ボク達『禁魚』の存在理由と関係しているんです」

「そういうワケ。あたし達はPDSを媒体としてはじめて機能する、生きた『防火壁ファイヤーウォール』なんだよね」

 浜松がドヤ顔で微笑んだ。

「どうなってんだよ……!」

 引きこもり一般人の手には余り過ぎるテクノロジーを前にし、愕然としている。

「現実を受け入れろよ。そして、シバけよ」

 ビシッ! バシッ!

 心の変態を解放した弥富はとりあえずポチをシバきあげ、力無く床に腰を下ろした。頭の中の自分がグニャリと崩れて溶ける。インカムを外し、一目散にベッドに跳び込んだ。なんだか寒い……もう夏なのに。人としての器がお猪口程度しかない弥富にとって、この現実は大き過ぎる。このまま何も考えず、布団を被っていればその内落ち着くだろう。うん、落ち着くに違いない。落ち着く──


「落ち着くかあああああああああああああああああああああッッッ!」


 発狂。何か別の物に変身しそうな勢いで。

(どうすればいい!?)

 現実から目を逸らしている場合ではない。この状況を打破するには、禁魚達とのコンタクトを続けるしかないのだ。

「よし、やろう……」

 二度あることは三度ある。そんな言葉が頭をよぎるが、彼はらんちゅうの水槽にインカムを取り付け、再度自分もインカムを装着する。

「……Shock・The・オレ」

 弥富の口端からヨダレでも漏れるかのように、珍妙な言葉が力無く垂れる。またしても発生する扱いに困る事案。彼の眼前に出現したのは、テーブルの上に腰かけて団扇でパタパタ扇いでる少女。問題はその格好だ。

「何故に下着?」

 ブラとショーツでこんにちは。

「暑いンやもん。もうちょい高性能のエアレーション使ってや」

 開口一番に文句言われた。

「なんつーか、その……品種の体型がよく反映されてるな」

 少女の全身から汗がダ~ラダラ。ウエストの贅沢なお肉がプ~ルプル。

「それはデブやって言いたいンかッ!? ちゃうでッ、うちはぽっちゃりやッ!」

「その二つの境界線はドコに引くんだよ?」

「ぽっちゃりはカワイイ。デブはブス。これが真理や」

「オマエ……同性の友達無くすぞ」

 外見的には高校生くらいだろうか。赤髪のツインテールとムッチリボディがやたらと主張されてる。

「アンタがさっちんやな。うちは『出雲いずも』っていいます。よろしゅう♪」

 もうアダ名で呼んできた。えらくフレンドリーだ。

「とにかく、まずは服を着ろ」

「別にエエやん。ジロジロ見られると楽しいンやもん」

 オマワリさん、助けてください。俺の部屋に変態ホンモノがいます。

「オレの方は微妙に不愉快だがな」

「何でやッ!? まだ若いのにドキドキを失ったらアカンでッ!」

出雲が意味不明なウインクをしてくるし、M字開脚でパカパカするし。

「うるさいよ。オマエこそ常識を失うなよ」

「で、うちに何の用や?」

 あ、そうだった。当初の目的を忘れるところだった。浜松や郡山を相手に尋問を続けても、あまり進展が期待できない。コイツならどうだろうか。

「オマエ達『禁魚』の生態について、知っている事を全て話してくれ」

「いやや、面倒臭い」

 オマエもかよ。

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