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回収屋
起動《ログイン》
第1話ウソみたいだろ。正常なんだぜ。これで
※注意※ 精神的に不安定な状況での飼育は控えてください。
「……もう遅いよ」
一枚の紙キレを持った青年が立ち尽くしながら呟く。テーブルの上で大皿に盛られた見知らぬ幼児が、見知らぬ少女に何かされてる。
「あの……どちら様?」
ドキドキしながら聞いてみる。
「食事中でしょうがあッ!」
「食ってんのッ!?」
怒られた。人の家で勝手に食事しているヤツに怒られた。
ムシャムシャ、ガツガツ
(食ってるよ……幼児を猟奇的に食っちゃってるよ)
だが、幼児は別に痛がるワケでもなく、抵抗する様子もない。
「さあ、食えよ。もっと食えよ。そして、みんな大きく育てばいい」
しかも、無表情で投げやり気味に呟いてるし。
「美味いッ、こいつは天然モノだなッ!」
「ああ、そうだよ。ド天然だよ。オマエの血となり肉となってやるよ」
(え~~と、こんなハズでは……)
青年はこの二人のやり取りに困惑していた。予想とあまりにもかけ離れていたから。いつの間にか、1LDKの狭い部屋にセーラー服のメガネ少女がいて、子供服を着た幼児を食っている。コレは事件だよ。カニバリズムだよ。オマワリさん、こっちだよ。
「げふっ、ごちそうさまでした」
「はい、いただかれました」
食事が終わった。食ったヤツが食われたヤツにペコリ。で、この部屋の主人である青年に向き直る。
「こんばんは、『
笑顔で元気良く自己紹介された。
「いや……だからね、ドコのダレなの?」
「浜松。黒出目金のメス。2才と6ヶ月」
「マジで?」
慌てて『取扱説明書』を手に取り、ペラペラとめくって目を通す。
(やっばあッッッい!)
もんどりうつ青年――『
{弥富君へ 某月某日、私の葬式に御出席ください。二階の角に自室があります。天井裏にジュラルミンケースを隠してありますので、必ず回収してください。尚、ケースのキーコードは下記のアドレスから入手してください。巻き込んでしまうかもしれないけど、その時はゴメンナサイ}
送られてきたDM。ネットで知り合った友達からだった。意味深な内容……いや、それ以前に葬式って? 何かの悪戯か。しかし、現実に葬式は行われてケースは存在し、持参したラップトップでキーコードも入手した。中に入っていたのはポータブルHDが一つ。弥富はソレをアパートに持ち帰り、デスクトップにつなぐ。すると、自動でとあるサイトにリンクした。
【裏ペット販売所】――諸外国との取り決めにより禁制品となった生物を売りさばく、違法なサイト。もちろん、普通に操作してもアクセスできるサイトではないが、勝手にサイトに注文を始めたのだ。唐突な出来事に、ただただ成り行きを静観するしかなかった。で、届いたのは四匹の『禁魚』と二つの専用インカム。
(おいおいおい、コレってまさか……『PDS』かッ!?)
『PDS』――ネットを介し、愛玩動物と仮想空間で会話を楽しめるシステム。専用インカムを飼い主とペットが装着し、人語で簡単な会話ができる。知能の高い動物ほどより高度な会話ができ、一時期爆発的な売上を誇ったソフトだ。が、非常に高い中毒性を有するという事実が判明し、電脳麻薬を取り締まる情報機関から監視されるようになった。その後、ネット上には偽PDSを扱う業者のサイトが泡のように湧き、そこからインストールされたソフトが次々とコピーされ、サイト管理者と使用者を含め大量の逮捕者を出した。現在では監視システムがネットに常設され、よほどのハッカーかジャンキーでなければ手を出さなくなった。
そして、今日……届いた禁魚を水槽に移し、ネットを介して専用インカムを装着した途端の出来事。
「ひいッ! 『電薬管理局』のメインサーバーに自動アクセスしてるうッ!」
最悪だ。人生のハルマゲドンが到来した。予測される今後の展開……監視システムに引っかかる → 住所を突き止められる → オマワリさんが踏み込んで来る → 痛くされる → 拘置所でロープの先を輪っかにする。
「ど、どどどどどどどどどどどどどどどうするッ!?」
「うりゃ」
ドゴッ!
「おふッ!?」
ボディブローが入った。セーラー服の不審人物から暴力をふるわれた。
「さっきからやかましいよ。情緒不安定なの?」
「な、何で殴るのッ!? しかも、リアルに痛いしッ!」
「ネットにつなげた本人が文句言わないで。そして、現実を目の前にして叫ぼう。自分は異常性欲者であると」
「何故にッ!?」
「対象となるペットの服装や外観は、使用頻度の高い情報が反映されるの。つまりはアンタの趣味や性癖がバレたりする。オメデトウ」
「ど、どうして俺の名前を……?」
「ネットに不可能はないのよ。しかも、禁魚は頭が良いのだ。現実とアニメの区別がつくくらいにね」
微妙な知能だ。
「禁魚? オマエが?」
「呆けないでよ。一目瞭然でしょ」
「いや、分かんねえって」
オーバルタイプの赤縁メガネをかけたセーラー服少女。その本性が魚類だとはダレも思わんし。
(聞いていたのと全然違う……)
ネットのスレッドから察するに、犬や猫や鳥の可愛らしいアバターが現れて、簡単な会話が楽しめるって感じだったんだが。今、目の前には人類百%がいる。しかも、えらく饒舌。
「PDSをナメちゃダメ。夢も希望も無い社会の出来損ないに、心の安らぎを与えられるんだよ。高性能ばんざ~~い」
エライ言われようだ。
「犬耳・猫耳の美少女キタ――――ッ……なんて妄想してたんだろ。いいから本性さらけ出しちゃえよ。期待に胸も股間も膨らませちゃえよ」
幼児からは無表情でツッコまれるし。
(と、とにかくだ……ここは落ち着いて大人の対応をしなければ)
なんとか気を取り直す。
「ところで、『浜松』っていうのは名前?」
「いかにも。ちなみに、この無愛想な幼児は『ポチ』。アンタが水槽に入れた糸ミミズだったりする」
エサまで擬人化されてる。
「よ、宜しく」
一応は友好的な態度を示そうと握手を求めてみた。
「調子にのるな、ニート。引きこもってないで外に出ろ。生産性を無視して生き続ける社会の底辺め」
神様、助けてください。見知らぬ幼児に言葉責めを受けています。
(それにしても……)
浜松は高性能と言っていたが、一見して年齢は反映されていない。浜松の外見は中学生くらいだし、ポチにいたっては……まあ、糸ミミズの年齢なんて気にしたことはないが、見た目は5、6才くらいだ。
「あのさ、オマエ達の容姿全般って何基準?」
「あたしの趣味よ」
「右に同じだぞ」
高性能ばんざ~~い。
(どうする、俺?)
偽PDSの中には、性風俗を目的としたヤツもあると聞くが、それは脳内麻薬の分泌と幻覚が成せる技。今、目の前で床に寝っ転がったり、食われた部分をウニョウニョと再生させてる連中……ふてぶてしい空き巣にしか見えない。
「さて、更紗。何が知りたい?」
「え?」
浜松がメガネをクイクイさせながら一瞥をくれる。
「どうして『電薬管理局』のサーバーにつながったのか。『禁魚』とはどんな生態なのか。どうして友人はこんなモノを自分に託したのか……とか」
浜松が問題のポータブルHDを手に取って言う。弥富は軽く息を呑んだ。
「お、教えてくれ」
思い切って聞いてみた。
「ゴメン。分んない」
一蹴。弥富は装着していたインカムを静かに外す。浜松とポチの姿が一瞬にして消え、仮想空間が解除される。代わりに現れる四つの水槽。それぞれに禁魚が一匹ずつ泳いでいる。
「うん、よし。何も無かったコトにしよう」
スッキリした表情でポータブルHDを外し、無線ルーターの電源を切り、玄関の鍵をかけ、照明を消してベッドに潜り込み、布団をかぶる。
(父よ、母よ、ゴメンナサイ……アナタ達の息子は前科持ちになりました)
彼の憂鬱な日々が始まった。
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