第八幕

 湯気が漂う脱衣所に一糸まとわぬ女の人が立っている。

 「へ?」  カイトは、間が抜けたような声と同時に思考が止まってしまった。

 二人の視線が合う。

 「うわぁぁぁぁーーーー!!!!  あっ!!  あのっ!!  そのっ!!ごっ、ごめんなさい!!  すいません!!」  カイトは、しどろもどろとしながら慌てて引き戸を閉めようとする。  

 しかし、焦って引き戸がうまく閉まらない。

 その様子を見ていたオルガは、恐怖で顔を強張らせながらもカイトへと駆け寄る。

 「え?」  オルガの行動にカイトの思考が再び停止。  

 オルガは、力強く長い足をしならせると強烈な回し蹴りをカイトの顔に叩きつけた。

 「うぐぇっ!!」  カイトは、強烈な衝撃で意識を絶ち切られると地面に倒れてしまった。

 オルガは、脱衣所の奥まで急いで下がると大きな手拭いで身体を覆った。

 「オルガ様、ご無事ですか!!」と、ベンテンが慌てた様子で駆けて来た。

 オルガは怯えた様子で言葉なくコクリと頷く。

 オルガの安否を確認したベンテンは少年に視線を移した。

 「やはり貴様は、あの時の――」  ベンテンは、カラクリ屋から発つ時に橋ですれ違った少年を思い出した。

 「なぜ、此処に?  ワシらをつけておったのか?」  ベンテンは、手にした鋏の切っ先を少年の頭部にあてがう。

 「さっさと黄泉の国へ返れ!!」

 ベンテンを追いかけて来たヒビキがその光景を目の当たりにする。

 「やめてぇぇぇぇ!!!!」  ヒビキが叫ぶ。

 しかし、ヒビキの思いはベンテンには届かなかった。

 ベンテンは、身の丈ほどの鋏を大きく振りかぶると、カイトの頭部めがけて突き殺そうとした。

 その刹那、不穏な空気が辺りを包み込む。

 気を失っているカイトの瞼がゆっくりと開き、紅い瞳が現れる。  目の焦点は合っていない。  

 「な、なんじゃ?」  身の危険を感じたベンテンがカイトから飛び退く。

 カイトは、操り人形のようにユラリと立ち上がった。

 「カ、カイト君?」  ヒビキは、カイトの異変を目にして呆然と立ち尽くしている。

 カイトが天に向かって左腕を上げた、すると左手の周辺の空間が歪みだした。

 歪んだ空間から黒い穴がポッカリと出現する。  まるで底の見えない漆黒の闇のようだった。

 「ベンテン!!  小僧から離れい!!」  騒ぎに気付いたシグレが本殿から飛び出して来た。

 「ベンテン!!  ヒビキ!!  もっと下がれ!!」  シグレは躊躇する事なく、カイトに向かって疾走する。 

 カイトは、シグレに背を向けるように立っていた。  そして、フクロウの様にクルリと顔だけをシグレに向ける。

 シグレとカイトの視線がぶつかる。

 しかし、カイトの紅い瞳には生気が全く感じられなかった。

 「ちっ、あの時と同じか。  さて、どうするかの」  シグレは疾走しながら一人ごちた。

 カイトの手の平に出現した闇が徐々に広がっていく。  

 シグレは、地面に敷き詰めてある砂利をカイトめがけて蹴り飛ばした。

 無数の砂利がカイトめがけて飛散する。

 すると、闇がグニャリとカイトの正面に移動、飛散してきた砂利が闇に飲まれる。  まるで底なしの穴に落ちるかのように。

 シグレは、その隙を突く。

 シグレは更に加速すると、カイトの真横に飛び出した。

 カイトの顎を拳で撃ち抜き、意識を絶とうとする。 

 カイトは、ふらつきながらガクリと片膝を着いた。

 闇が移動、シグレを飲み込もうとする。

 しかし、シグレは闇の動きを予想していたのか、すでにカイトとの距離をとっていた。

 カイトは無表情のまま、ユラリと立ち上がる。

 「ちっ、浅かったか」  シグレは眉間に皺をよせながら愚痴った。

 更に闇が広がっていく。

 「あまり時間は掛けられんな」と、シグレは腰帯から吊り下げていた酒呑童子しゅてんどうじと記されたヒョウタンに手をかける。

 シグレとカイトの数秒の攻防を目にしていたベンテンは、思いついたかのように「まさか……あれは、奈落か?」と、一人ごちた。   


 


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