第七幕

 「いやはや、助かりましたわ。  本当なら宿を取るつもりでしたがの、なにぶん手持ちが寂しいもんで、思わず尋ねてしまいました」 

 先刻、家屋の離れにある風呂場の湯で長旅の汚れを綺麗サッパリと落としたベンテンは、炊き立ての米粒が盛られた茶碗片手に、イワシの塩焼きを頭からパクついていた。

 「この町は旅行客が多いから宿代がそこそこするんですよね」と、ヒビキは、まだ風呂場から上がって来ないオルガの昼食を作りながら答えた。

 「あの……ところでベンテンさん。  お爺ちゃんとは一体どんな……私の事も知っておられるみたいでしたけれど」 

 「ん?  ああ、シグレ殿とは、まぁ、なんというか同僚みたいなものですかな。  そうですなぁ、知り合ってから、かれこれ50年近くなりますな。  ヒビキさんとは物心がつくか、つかないかの頃に何度かお会いしておるんじゃが、まぁ、憶えてはおりませんわな。  かっかっかっかっ!」 

 「そうなんですか。  じゃ、あの……私の両親にも会った事が……」

 ベンテンの箸がとまる。

 「うむ、もちろんですじゃ」  

 「両親の事、お爺ちゃんに聞くに聞けなくて。  あまり話したくないみたいだし……」

 「う~む、勝手にワシの口から御両親の事を語ってよいものか、どうか……」

 「二人共、事故死だったとは聞いています」

 「うむ。  あの一件は事故じゃったとワシも考えております。  しかし、シグレ殿本人は口にはせんが、恐らく己のせいでもあると思っとるんじゃろうて。  だからかのぅ、あの一件を機にそれまでの生業を捨て、御両親の忘れ形見であるヒビキさんを連れて故郷であるこの町に戻って来たんじゃろう。  もう、あれから十数年か……時が経つのは早いもんじゃて」

 「一体、何があったんですか?」  ヒビキがベンテンに問いだそうとした、その時だった。

 離れの風呂場から、ただならぬ悲鳴が聞こえてきた。

 「あの声は!?  一体何事じゃ!?」  ベンテンは慌てて立ち上がり、たてかけてあった身の丈ほどの鋏を手に取ると、裸足のまま縁側から外へと飛び出し、悲鳴が聞こえた風呂場の方へと飛ぶように駆けていった。

 「一体何なの?」  ヒビキも慌てて縁側から外へと出てベンテンを追いかける。

 「ん?  あやつは――」  風呂場まで駆けて来たベンテンの視界に映ったのは、脱衣所の出入り口で鼻血を流しながら気を失って倒れている少年だった。

 ベンテンは、少年を無視して脱衣所の中を覗き込む。

 「オルガ様、ご無事ですか!!」

 オルガは、湯上りに使用する大きな手拭い一枚で裸体を覆い、怯えた様子で言葉なくコクリと頷いた。

 ベンテンは、少年に視線を移した。

 「やはり貴様は、あの時の――」  ベンテンは、カラクリ屋から発つ時に橋ですれ違った少年を思い出した。

 「なぜ、此処に?  ワシらをつけておったのか?」  ベンテンは、手にした鋏の切っ先を少年の頭部にあてがう。

 「さっさと黄泉の国へ返れ!!」

 ベンテンを追いかけて来たヒビキがその光景を目の当たりにして何かを叫ぶ。

 しかし、ヒビキの叫び声はベンテンの耳には届かなかった。   

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