第4話

 その理由のひとつは相手の声がとても小さかったこと、もうひとつはあいさつが聞いたことのない「どちらから?」だったことです。


 相手の声が小さかった原因はすぐに分りました。それは、お互いに離れたところにいたからで、つまり相手はこちらにぶつかる前にあいさつをしたということです。確かに鉄は誰かとぶつかった感じはしませんでした。


 誰かとぶつかる前にあいさつをするものはいません。ぶつかって初めて近くに誰かがいることに気が付くのです。まれに独り言をつぶやきながら飛んでいる塵がいますが、独り言で「どちらから?」とは言ったりしません。


 そこまで考えると鉄には事情がはっきりしました。


 つまり、近くで誰かと誰かがぶつかって、そのあいさつを自分は聞いたのだ。片方は「どちらから?」という変わったあいさつをする塵で、もう片方は日ごろからあいさつをしない主義の塵だったんだ。そしてその無口な塵の代わりに自分が返事をしたというわけ。


 鉄はそう納得しました。


 「事情が分かってしまえば不思議なことなんてないものだな。それにしても『どちらから?』なんて珍しいあいさつは初めて聞いた。それになんといっても長すぎる。」

 鉄の考えはいつの間にか独り言になっていました。


 「こんなに長いあいさつは誰にだって全部を聞いてもらえやしないよ。まして返事なんてとてももらえない。」

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