第2話

 その昔、とても冷たく、真っ暗で、果てが知れないほどだだっ広く広がる空間に、粒が一つ漂っていました。この粒というのは、もう少し分かりやすくいうと「塵」で、より正確に言えば「鉄のかけら」でした。つまり、鉄の粒が暗闇の中を漂っていたわけです。


 「漂っていた」と書きましたが、実はそんなのんびりしたものではありません。もし、この空間に「立ち止まっている」人がいれば、その人はこの鉄の粒が1秒間に数百キロメートルも進むのを見たことでしょう。


 しかし、鉄にとっては、自分の周りにじっとして動かないものなどないので、自分がどんな速度で動いているのかわかりません。比べるもののないこの世界では、どんなスピードで移動しても、むしろ、動いていないと感じる方が自然でした。


 何しろ、光がまったくないものですから、鉄には、周りがどうなっているのか、ほとんどわかりません。そうです、真っ暗闇なのです。太陽も惑星も、遠くに輝いているはずの星々も、何もありません。

 それでも、自分と同じような塵が、自分と同じように、ごくまばらに漂っていることは感じていました。


 鉄はそういう感じを受けるだけでなく、実際、たびたび他の塵とぶつかりました。

 たいていの場合、お互いものすごいスピードでぶつかるものですから、ぶつかった後は弾かれ合って同じようにものすごいスピードで離れていきます。


 そのため、ぶつかった相手と満足にあいさつもできません。

 「すいま・・・」までを口に出すころには相手は十分に遠ざかってしまっているので、その後の「・・・せん」は聞き取ってもらえませんでした。


 ですので鉄はもっと短い挨拶を心がけるようにしていました。「どうも」、「失礼」といった具合に。

 鉄の言葉に対して同じように短い言葉をかける相手もいれば、無言のまま飛び去って行く相手もいました。


 誰かとぶつかると、鉄は自分の体がほんの少し熱くなるのを感じました。しかし、周りはとても寒いので、その熱はすぐに消えてしまうのでした。

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