スヤスヤサーズデー

「おはよう、ござい、ま……すぴー。

 ……ん。七月、十……二日? 朝の、放送の、時間、で……すー……。

 …………あ。ん…………すぴー。すぴー。……ん。……んん……すー……。

 …………むにゃむにゃ…………お腹、いっぱい……やきそば、ぱん。むふ。むふふ。……じゅる。んっ。……夢。…………おやすみ、な……さ…………すー」






 本当に寝ちゃってるよあの子。

 木戸の朝の放送は毎度こんな感じである。殆ど寝言だけが垂れ流される放送も、総目高校の木曜日にしかあり得ないだろう。

 どんな感じで放送をしているのか以前から気にはなっていたが、案の定うつらうつらとしながら放送をしているみたいだった。頭がゆらゆらと振り子のように揺れている。目は完全に閉じていて、微かに開いた唇からは呼吸音が漏れている。ついでに時々涎も漏れている。垂れる寸前にじゅるりと吸い上げ目を覚ましの繰り返しだ。

 こんな放送、きちんとサポートの二人が機能していればあり得ないはずなのだが。

「あは。今日も緑は可愛いね」

「うふ。それを言うなら、昭和くんだってカッコいい」

「まったくぅ、そんなことないだろーう? 緑の目は節穴かな? ほっぺたつーんつん」

「うん。もう、この節穴な目には、昭和くんしか入ってないから。てへ」

 俺が横にいるのもお構いなく、二人だけの世界に入っているのは花村緑と草壁昭和。職務怠慢も甚だし過ぎるが、これでも一応俺と同い年で、放送部に入部して一年半近くが経っている。二人が付き合いだしたのは一年の三学期の終盤で、その前までは二人ともきちんと業務をこなしていた……と思う。

「みどりぃ、君は何でこんな可愛いんだい?」

「そーれーはぁ、昭和くん好みの女の子に産まれたかったかぁら」

「みどり……」

「あきかずくん……」

 まあどうでもいい。この二人をもはや人として見てはいけない気がする。横で変なラブストーリーの映画でも撮っているのだと割り切るしかない。地味に苛立ってしまうのは、この二人、不細工同士だったならまだしも、それなりに良い顔をしているのだ。正にリア充。爆発してくんねえかなマジで。

「はぁ……」

 などとやっかみ続けていても仕方がない。

 今日も今日とてやることは山積みだ。

 うんうんと唸りながら策を練っている内に放送は終わったみたいで、木戸が欠伸をしながらマイク室から出てきていた。考え事をやめて話しかける。

「お疲れさん」

「うん……眠い」

 瞼を擦りながら、むにゅむにゅと唇を動かしている。

「なんか昨日してたのか?」

「学校から帰ってさっきまでずっと寝てた」

 眠り過ぎだろ。何らかの病気を疑うレベルだぞ。

 と、木戸は俺の顔をスッと見上げてきた。

「そう言えば、アンケートの件は順調?」

「え? あぁ、月島さんから聞いたのか?」

「ううん。何となく。二人が会話してるのを校庭のベンチで聞いたのもそうだけど、雰囲気で何となくね」

 意外や意外、木戸はどこか鋭いところがあるってことか。

 本来なら他言するような内容じゃないし、放送部の部員が他にもいる場所でぺらぺらと喋るような内容じゃないのだが、サポートの二人は自分たちの世界に入り込んでるし、木戸は中立というか興味関心がそこまで無さそうだし、多少進捗を告げても良いだろう。

「火ノ元と水上さんの説得しだいでどっちにも転ぶって感じかな。確率は五分五分だって思ってるよ」

「……んん? 火ノ元と水上? 部長は?」

「部長? 部長はアンケート阻止派なんだから関係ないだろ」

 何だか話が噛み合わない。すると、木戸は俺の発言を聞いて目を何度か瞬いた。

「アンケート……阻止? なんのこと? 月島が勝つように後押しをしてるんじゃないの?」

 そこで俺はことの次第に気づく。

 つまり、木戸は。……俺たちが何してるか本当は気づいていなかった! ぜんっぜん鋭くなんてなかった。

「えっと……ああ、そう、アンケートで火ノ元と水上が勝つことを阻止しようって派閥だよ」

「んん? ……うーん。なんでその二人?」

「そ、それは……あ! いっけね、もうこんな時間じゃん、急がなきゃ」

 空々しく時計を見つめてから、てへぺろと舌をチロリと出しながら頭を一回ポンと叩いた。

「予鈴まであと十分もある」

「と、とにかくそういうことだから! じゃな!」

 冷静に突っ込みを入れてくる木戸のいぶかしむ様な視線を無視して、俺は放送室を後にした。





「七月十二日。お昼の放送の時間です。

 ……もぐもぐ。

 ……ずー。

 ……もぐもぐ。

 ……ごくん。

 ……ん。平和。

 ……もぐもぐ。

 ……ごくん。

 ……かちゃかちゃ。

 ……寝る」




 結局寝るんだなあいつ。しかも放送中に食事を摂り、あまつさえ殆ど喋らないなんて、相変わらず斬新な放送スタイルである。

「みどりぃ」

「あきかずくぅん」

 横でも相変わらずラブラブムード全開の二人がいる。

 なんだここ。他の曜日も問題ありそうな奴らが何人かいたが、木曜日が断トツのナンバーワンである。

 俺は呆れ半分でため息を零しながら時計を見る。そろそろ行くか。

 窓辺から背を離し、歩き出す。花村と草壁は俺に気づきすらしなかったが、マイク室でうとうととしていた木戸がふとこちらを見てきて、ひらひらと手を振ってくれた。俺も彼女に手を振り返して放送室を出て行った。

 目的地は、昨日約束した場所。二年五組である。

 っと、その前に一回自分のクラスへ行かなくては。例のブツを持っていかないと交渉決裂になるだろうから。

 自席にあった鞄ごと引っ提げて、二年五組へ向かう。

「栄一くん、います――」

「遅い」

 二年五組の扉を開けて呼びかけたと同時に、直ぐ目の前にいた栄一くんが吐き捨てるように返事をしてきた。急な彼の登場に思わず驚き後ろ足を踏む。

「び、びっくりした」

 だが、身構える俺へ栄一くんはスタスタと歩み寄ってくる。

「さぁ、早くよこせ。さぁ、さあ」

 俺は廊下の窓際へと追いやられながら、鞄を盾にしつつ栄一くんの猛進を食い止める。

「わ、わかった、わかったから。これでしょ?」

 胸の高さまで上げた鞄の中から、それを取り出すと、栄一くんは奪い取るようにして手に持ち、それを眺めてにやりと微笑んだ。

「ご苦労」

「……あ、あのー。約束のものは?」

 すると栄一くんは今思い出したとばかりに「あぁ」と言って小脇に抱えていたそれを差し出してきた。

「お互い、返却は明日の放課後にしよう。必要とあれば携帯電話で写真を撮るなりして色々と補ってくれ」

「お、補う? まぁ、分かった」

 いまいち分からなかったが、適当に話を合わせておく。

 有頂天になりつつ、それをマジマジと見つめる栄一くんを残し、俺は自分のクラスへと引き上げる。

 自席に着き、ゆっくりと栄一君から貸しうけた物を眺めたのだが。

「……やっぱり」

 思ったとおりだったことがいくつもあって。そして。

「……はぁ、回りくどいこって」

 新発見。みたいなのも一つあった。

 何にせよ、決戦は明日だ。泣いても笑っても明日で最後。









「とぅーとぅるー。とぅーとぅるー。とぅーとぅとぅーとぅるー。とぅーとぅるー。とぅーとぅるー。とぅーるーとぅーるるー。とぅーとぅとぅーとぅーるーるー。とぅーるーるーとぅーるー。とぅーとぅとぅーとぅーるーるー。とぅーるーるーとぅーるー。

 とぅーとぅるー。とぅーとぅーるー。とぅーとぅとぅーとぅるー。とぅーとぅるー。とぅーるるー。たーりらーりーらー。……たーりらーりーらー。たーーりーーーらーーーー。……七月十二日、一学期最後の水曜日の放送です。流れてる曲はドヴォルザークの新世界よりから『家路』です。

 担当は、木戸透子。草壁昭和。花村緑。あと、あ……焼きそばパンでした。さようなら。ばばーん」

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