第2話 騎士アルベルト

 「気の進まんいくさなのは俺だって同じさ、レオン。ガリシア軍も、元は我々と同じ属領軍ぞくりょうぐんだったからな。味方同士で殺し合いをする気分だ。」


 背後から声がした。レオンハルトの独り言に応じ、横に馬を並べて来たのは、盟友めいゆうにして帝国騎士のアルベルト・フェーレンシルトだった。ロンバルディア騎士団、第十五重装騎兵中隊の隊長。レオンハルトと同じく、騎兵二百騎を率いる身分である。


「勝手に配置を離れていいのか。」

レオンハルトは、脱いだかぶとの銀色の曲面をでながらたずねた。


「部下には作戦の打ち合わせと言ってある。」


「作戦も何も、騎兵は突撃が基本だから、馬を走らせる以外やることは無いだろう。」


な考え方だな。お前のような男が、よくも騎兵の指揮などれるものだ」


 黄金こがね色の髪を揺らしてアルベルトは笑い出した。しかし、レオンハルトのことを本気でな指揮官と思っているわけではない。尚武しょうぶの気質と実力主義のロンバルディア騎士団において、無能な騎士が二百騎の騎兵中隊の指揮を任されることなど無いからだ。


 独立指揮をゆだねられた騎兵指揮官の場合、突撃が最も効果を上げる敵陣の弱点部分を見破る戦術眼が、必要とされる。そして、最も危険な先頭を走り、方向転換の難しい騎兵集団をみちびき、反撃を武技ぶぎではねのけ、敵を討ち取らなければならない。


 騎兵は、的確な判断力と、不退転ふたいてんの勇気と、さらにはすぐれた武術と馬術とを同時に要求される兵種なのだった。


 いくつかの過去の戦闘で武勲ぶくんを上げ、武勇ぶゆうを示したからこそ、アルベルトを含む僚友りょうゆう達の推薦と、騎士団総指揮官のケルナー総長そうちょうの引き立てを受け、レオンハルトは今の地位を得たのだ。


「俺がいいかげんでも、クソ真面目まじめなおまえが二人分働いてくれるだろう、アル。気の進まん俺は、戦場のすみで昼寝でもしてるさ。」

 

ようやくレオンハルトも笑顔を見せた。


 気心の知れた友に皮肉を言われても、レオンハルトは腹など立てない。戦争と流行病はやりやまいで、貧しい落魄らくはく貴族の両親を早くに亡くしたレオンハルトは、アルベルトの父であるフェーレンシルトきょうに預かられ、幼年時代からアルベルトと共に兄弟のように一緒に育てられたのだった。


「気が進むも進まないも、我々平騎士ひらきしに選択の自由があるはずも無い。そもそも本国が帝国の言いなりだからな。」


「言いなりにならざるを得ない。帝国とロンバルディア王国は、国力が違いすぎる。」

言いつつ、レオンハルトは自分に言い聞かせているようでもあった。



 アルビオン帝国はウィリディス大陸の面積の過半を占める、広大な領土を持った連合帝国だ。それだけで大国と呼べるアルビオン帝国本土(皇帝領)に加え、三つの王国と一つの公国を間接支配している。


 帝国皇帝領を取り囲むように位置するそれら四つの従属国は、レオンハルト達の母国である南方のロンバルディア王国、北西のヴァルナ王国、北方のリエージュ王国、西方のシュタイアー公国であった。


 従属国は、皇帝領に対して年ごとの貢税こうぜい(安全保障税)を支払い、軍役ぐんえきで兵士を提供するのと引き換えに、国の存続と、さらには、ある程度の自治権が認められている。


 過去に帝国に戦争で敗れたか、あるいは戦争の前に降伏したのか。経緯けいいはともかく、これらの国は、戦勝国である帝国の皇帝領に、その領土を併呑へいどんされずにすんだ。帝国が、いたずらに直接支配の領土を広げるよりも、そのまま従属国として存続させて統治とうちの苦労を押しつけ、税金だけを搾取さくしゅする方が都合が良いと判断したためだ。


 言ってみれば、四カ国は戦争に敗れながら、滅びることを許されずに、生き長らえさせられているだった。



「俺達属領軍は、損害の出やすい前衛ぜんえいにまわされる。」

 今度はアルベルトの表情がくもりがちになる。自分の身だけを案じているわけではない。部下達が死傷することをうれえているのだった。


「帝国のいつものやり口さ。まあ、上手うまく切り抜けてやろうじゃないか。」

 レオンハルトは不敵な笑みを浮かべて応じる。


「うむ...属領軍が不遇ふぐうを受けるのはいつものことだ。我々の兵力を減らす出兵でもあるからな。外部の敵と潜在する敵を戦わせ、両方を損耗そんもうさせて、一石二鳥というわけだ。」


「そして敵が弱ったところで皇帝軍本隊がとどめを刺して、手柄を持って行く。残飯ざんぱんをかっさらうネズミみたいにな。今に俺達に突撃命令が出るぜ。」

 腹立たしい気持ちが同じのレオンハルトは、アルベルトを元気づけようと、おどけ口調で受け応える。


「話をしたかったのはそれなのだがな。皇帝軍にとっては、属領軍の部隊を、まず敵にぶつけるのが定番の戦術なのに、今回はなぜか我々は温存されているようだ。違和感を感じないか?」

 ガリシア王国軍と帝国本領軍の重装歩兵団がせめぎ合っている前方を見やりつつ、問いかける。


「ああ...それは俺も気になっていた。」


 先ほど総大将の方を見やった時の思考を、レオンハルトはもう一度たどった。皇子は、そして、その指揮を補佐する本営の将軍達は一体何を考えているのだろう。

 

 用兵の常道として、まず、弓兵が弓を撃ちこんで敵兵の数を減らし、次に騎兵を突入させて敵隊列をかき乱し、そして後から整然と続く歩兵が、乱れた敵陣を制圧するのというのが、最も効果的な戦い方だというのに。

 

 俺達属領軍をすりつぶすために真っ先に突撃をさせるのではないのか。もちろん、危険な役割を押しつけられるよりは良いが、今回はなぜか、弓矢の応酬おうしゅうの後、皇帝本領軍の重装歩兵が騎兵をさし置いて前進し、交戦している。


 

 皇帝領の軍隊は”皇帝本領軍こうていほんりょうぐん”もしくは”皇帝軍”と呼ばれ、ロンバルディア騎士団のような属国の軍隊は、”従属国軍じゅうぞくこくぐん”もしくは”属領軍ぞくりょうぐん”と呼ばれる。


 そして、征服戦争であれ、防衛戦争であれ、皇帝領が兵を起こす時には、従属国は支援兵の提供を要求される。支援兵である属領軍は、皇帝軍に戦力の一部として随伴ずいはんし、帝国軍として戦う。

 

 帝国は、こうして属領軍に出征をいて、これらの国の国庫こっこに負担をかけ、戦闘で軍を損耗そんもうさせて軍事力を削ぐのだ。

 

 従属国の反乱や分離独立を防ぎ、帝国支配の安定を保つための、弱体化政策であった。毎年、皇帝本領に支払わせる貢税こうぜいも目的は同じである。属国に余分な経済力を、言いかえれば余分な軍事力を持たせないようにすれば、帝国本土にとっての平和は保たれるのだ。

 

 しかし、このような反乱防止政策が、加減かげんを誤り、逆に反乱を誘発ゆうはつしてしまうことがある。今回の戦争がまさにそれで、アルビオン帝国のする重税に耐えかねて、従属国の一つであったガリシア王国が激発げきはつし、反乱を起こしたのだった。



 帝国の騎兵部隊が動かない事の他に、もう一つ気にかかることがあった。ガリシア軍もまた、騎兵部隊をり出してこないのだ。数で帝国軍に劣る歩兵部隊の、側面援護ぐらいはするべきだろうに。あれでは歩兵部隊が半包囲されてしまう。


 本領軍はなぜ俺達を戦わせないのだ?そして、ガリシア騎兵はなぜ動かない?


 士官学校で学んだ用兵学ようへいがくでも、その後に積んだ経験知識でも、合理的な説明が付かずに、レオンハルトのいらだちはつのっていた。

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