第3話 レストランで食事せよ!
前回、早朝からビールを飲んで、ジャージ姿で代々木公園へ向かう事を考えついた。
もう一つ、このくろいジャージで高級レストランで食事しようというのだ。
いま、私はまだマンションの前にいる。
なぜか?
こんな暇な日なのに、何を焦る必要があるというのだね。
自分の住んでいるマンショを眺めていたって、いいじゃないか。
眺めていて気付いたのだが、私の部屋は角部屋であるため、外からほぼみえない
位置に大きなまどがある。
この世の怪盗達にとって絶好の獲物だったはずだ。
私はね、すでに怪盗達によって被害を受けたことがある!
よって、今は鉄格子をつけて侵入をふせいであるため、奴らは無駄足を踏むことになるだろう。
「ふ……暇だなあ」
思わず口から溢れた暇の一文字が、まるで子守唄のようにに心地いい。
さてと、代々木公園までの移動はどうするか、ここは世田谷区の外れ、歩いて行くには少しばかり遠い。
これが駒沢公園や羽根木公園だったらなんとも近い、しかし……私はね、今回の目的地を運任せに決めている。
運……任せに?
レストランも運任せに決めても、いいんじゃないか?
早朝のビールのせいか、テンションが自然に上がる上がる。
レストランを運任せに、ただし、今回の目的地は、代々木公園と高級レストラン。
運任せに決めるには、やはり、スマホをタップすることなのか、いや待てよ?
同じような技を使うのも、芸がないと思わないか?
焦るな、まだマンションの前にいるだけじゃないか。
まずは代々木公園へ向かいながら、閃きを待とう。
歩きでは遠いので、電車か、電車を自分で動かせたらよかったのに、自電車になるのか?
自転車だあ!!
きたよ閃きがああ!
ジャージ姿で自転車に乗り、颯爽とレストランの前に止まるわたしの姿を想像すると、なんてダサいんだ!
いいさ、オシャレなど犬に食わせてしまえ!
しかし、私はそもそも、自転車を持ってはいない。
私は走る、自転車があれば、最高のヒマジンにまた一歩近づける気がする。
「はあはあ、自転車を、ください」
自転車を求め、マンションから五十メートル先にある自転車店に駆け抜け、ガラス戸をあけ、コンクリートの地面に見えて人間の脚に話しかけた。
「ほう、どんなものを探してるんだ?」
低い落ち着いた声、黒いツナギにスキンヘッドのオヤジは、値踏みするように私を見た。
このオヤジ、名工だ。
鋭い眼光と油に濡れた指先、手入れの行き届いた工具の数々は、磨き上げられ棚に美しくならべられている。
それらは、まるで美しいコレクションのようだ。
店内の自転車達は、そのネジの一つ一つまで美しい。
いったいどれだけの愛情を持てば、この技を成せるというのか。
こんな名工相手に、ずいぶんと不躾だとは思ったが、相手が名工なら、私はプロのヒマジンである。
ここは素直に自分の熱意を伝える。
「ヒマジンのための、自転車を!」
オヤジはタバコに火をつけ、吸い込んだ煙を吐き出すと、不敵な笑みで私をみすえた。
「お客さん、ヒマジンか。
しかも、筋金入りの、プロ、だな?」
と、言っていた、気がした。
実際は
「ヒマジン?
なんかわかんないけど、気になるのある?」
気になるものか、自転車を選ぶことなど学生時代以来のことだ。
昔はママチャリがなぜか流行っていて、私もその一人だったのだが、今更ヒマジンとなった私には似合わない。
店内の他に外にもあるので、外に出て自転車を物色していているとオヤジが声をかけてきた。
「これなんか、おすすめだ。
乗りやすくて値段もそこそこだし」
名工が指差したのは、黒いフレームに金のホイールの自転車。
オフロードタイプをもっとおしゃれにした、まさに無駄にオシャレな、大人の自転車だった。
大きめのタイヤに、スポーティーさを感じさせないフォルム。
自転車を見てかっこいいなどと思ったのは、生まれてこのかた初めてで、すぐに決めた。
クレジットカードで約八万円を支払い、名工が点検をしている間に、お礼のコーヒーを差し入れする。
大抵の名工は、ブラックと決まっているのだ。
『ヒマジンは礼儀正しい紳士であれ』
とは、私の言葉だ。
最近は礼儀も義理もないヒマジンが多いのは、まことに嘆かわしいことである。
点検も終わり、名工に一礼し、朝の一杯の酔いも完全にさめていた私は遠くを見つめ、漕ぎ出す。
代々木公園へ向けて、ヒマジンとしてグレードアップした私に、もはや距離などというものは関係のない、過去の遺物だ。
距離など犬にでも食わせておけ。
速い!
自慰行為などよりはるかに気持ちのいい風が、私を通り抜ける。
感じる!
これはヒマジンを祝福する風だ!
坂道め!
今の私にはヒマジン丸がある!
ギアを一速にし、立ち漕ぎで登りきった。
坂道など無意味なのだよ。
たくさんの難所が私とヒマジン丸を襲うが、私達のコンビネーションの前では赤子同然である。
私のテンションは、運動によるドーパミンの作用でさらに上がり、気がつけば思いつきのヒマジンソングを口ずさんでいた。
そして、ついにたどり着いた代々木公園。
公園とは、ヒマジン達の楽園とも言える場所であり、拠点としても有名だ。
いつもの私はね、羽根木公園や駒沢公園を拠点としてヒマジンワークを行っているが、ヒマジン丸を得た今、代々木公園さえも私の手に落ちた。
さすがは天下の代々木公園、昼前だというのに人が多い。
ヒマジン丸をおしながら、バスケットコートを通り過ぎると、外国のヒマジン達が声をかけてきた。
「イマ、ヒマデスカ?
ヨカタラ、バスケットブォールシマセンカ?」
声をかけてきたのは赤毛の男で、タンクトップにハーフパンツ、鍛えられた体から、パワー系ヒマジンであり、外国人だ。
彼らパワー系ヒマジンは、その多くが肉体強化のために暇を消費するため、話が通じない、無茶をやらかすと、怪訝されがちだ。
私のような万能でプロのヒマジン相手に、暇ですかと聞いてくる時点で、知能の低さを疑う。
「ふふふ。
あははは!!
暇ですかだと?
まったく変わらないよ。
君たちパワー系のヒマジンは、いつも愚問ばかりで、うんざりだ。
私はね、暇ですかと聞かれることが一番嫌いなのだよ!
どう見ても!
私が忙しく見えるわけが、ないだろうがあ!」
私は外国人だからといって、弱気になることはない。
パワー系のヒマジンは、オロオロし始めていると、仲間が集まってきた。
背の高い日本人の男、普通のおっさん、柄の悪いリーゼント、タトゥーだらけの女。
「あのー、なんか怒らせたみたいでごめんなさいね、この人日本語あまり話せないから」
申し訳ないと、背の高い男が謝る。
「いえいえ、私の方こそ大きな声を出してしまい、申し訳ない。
よかったら一緒にやりましょう」
ヒマジンスマイルで外国のパワー系ヒマジンと仲直りし、私はバスケットをすることにした。
なぜなら、暇だからだ!
こうして、スリーオンスリーのゲームが始まった。
私と、おっさん、外国のパワー系ヒマジンが同じチームとなり、三十分ほどいい汗を流した。
「いやあ、楽しかったよ。
またやろう!」
結果は我々の圧勝。
2ゲームとも勝利し、連絡先を交換した。
彼らは、飲み屋の常連らしく、月に何度かこうしてバスケをしているらしい。
今度私も行ってみようかと思う。
ヒマジンワークの中で大切なものの一つは新たな出会いを大切にすることである。
新たなヒマジンの仲間ができ、いい汗もかいた私は、代々木公園を後にし、レストランを探すべく、また漕ぎ出す。
駅に割と近い静かな場所に、ついに、それを見つけた。
外から見ても清潔感のあふれる建物、ガラス窓から見える店内は、まさに高級レストランだ。
外の鉢植えの横に、自転車を止めて看板のメニューをみる。
イタリアンのコースが最低三千円からあり、ドリンクもいい値段だ。
高級であるというラインはクリアしているだろうと踏み、私は店内に入る。
「いらっしゃいませ。
ご予約などはされておりますでしょうか?」
店内に入ってすぐに、蝶ネクタイに黒ベスト、髪はしっかりまとめて、清潔感の塊のような女性給仕、セルヴーズに声をかけられた。
「いえ、一人なんですが席はありますか?」
レストランに入ると、予約しているか聞かれることが多い。
そんなとき予約しなきゃ駄目なのか?
などと怖じ気づいてはいけない。
「はい、お席にご案内いたします」
ふふ、なかなかできる女だ。
ジャージで汗臭いこの私に、なんたる親切さだ。
この女もまた、プロだな、とひとりで納得しながらついていく。
窓際の壁に近い席に案内され、深く腰掛ける。
一見固そうに見えた黄色の椅子は、私の尻を優しく包んだ。
私は気づいてしまった。
この席は、窓際にもかかわらず、近くの植物などで、店内からも外からも、私の肩から上までしか見えないとい事に!!
策士だ!
あの女、とんでもない牝狐セルヴーズだったのだ。
心の中ではこんな格好の客は嫌だが、隔離してしまえば問題はない。
ふふ、やられたよ。
ヒマジンにたいする完璧な対応だよ。
「いい眺めだな」
外の景色は見えるし、私自身は周りからは隔離されているので、好奇の目にさらされる事もない。
さらに、店内の壁はうっすらと黄色で、テーブルクロスも黄色、目に優しく、外の景色をより色濃く感じた。
さすがは高級レストランだと感動すら覚えたよ。
セルヴーズが水用のグラスをテーブルに運ぶ、そのグラスはワイングラスに近い少し小振りなグラスだった。
水もまたワインボトルのような形で、水を注いでいるだけなのに、優雅であり、気品すら感じる。
「本日のメニューでございます」
私はメニューを受け取り、セルヴーズに礼を言う。
「ありがとうございます。
特にアレルギーなどはありませんので、シェフのお任せフルコースをお願いしたいのですが、値段はきにしないので、少しリクエストしてもいいでしょうか?
」
このとき、私は見逃さなかった。
一瞬だが、セルヴーズから緊張感が感じられた。
「はい、こちらにアラカルト【単品】もございますので」
わたしは単品のメニューは見ずに注文した。
「いえいえ、たいした事じゃないので、ただプルミエ【前菜】を冷製スープ、ポワソン【魚】はカダイフ、メインはロッシーニ【牛フィレとフォアグラのソテー、マゼラ酒とトリュフソース】がいいのですが」
今度は明らかに緊張が見えた
「一度シェフに確認いたしますので、少々お待ちを」
「あの、そこまでこだわってはいないので、もしできないなら、できなくても私はかまいませんので、できないなら他のメニューでもかまいませんから、確認はいいです。
それより、アペリティフをお願いします。
ヴーヴのイエローをデュミ【ハーフボトル】でお願いできますか?」
「かしこまりました」
しっかりとお辞儀をして、セルヴーズは厨房へ消えていった。
「お待たせいたしました」
少しすると、キンキンに冷えたシャンパンとシャンパングラスを持って、女性店員がシャンパンを注ぐ。
シャンパンは開ける前に、よく冷やすこと、つまり準備も非常に大切で、よく冷やすことによってガスの湧出を抑えることが出来る。
温度が高いと二酸化炭素が膨張するのでガスが抜けやすくなったり、風味が落ちだいないになる。
私の好みは6~8℃だ。
セルヴーズは爽快な泡を三回にわけ、しっかり六分めまでつぐ。
「ありがとうございます。
それにしても、いいながめですね。
とても暇で、すばらしい」
私はゆっくりとシャンパンを飲んだ。
爽快な泡と、ベースとなるピノ・ノワールがしっかりとした骨格を作り、
わずかなピノ・ムニエがまろやかさを加え、 シャルドネが上品な味わいをプラスし、繊細で見事なバランスは、バスケットで疲れた体に染み渡っていった。
そこから二時間近く、前菜はからメインまで、私のリクエストにしっかり応えてくれ、味も申し分なく優雅な食事を堪能した。
なんとなく従業員達が緊張していたが、私には関係のないことだ。
約二万円の会計をカードで支払い、私は自転車をみて気がつく。
自転車って、酒飲んだらのっちゃ駄目なのよね!!
結局自転車を押しながら家まで帰ると、疲れ果てて眠ったのだった。
そして、この夜、私の夢には暇神があらわれることとなる。
ヒマジン ケラスス @kerasus
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