第2話此処ではない何処かへ

暇だ!

なんて暇なんだ!!


朝の六時、コーヒーかお茶かを悩む。

これが仕事のある平日なら、確実にコーヒーを真っ先に選ぶが、今日は予定などない。

何かを口にしようとしたこと自体が単なる思いつきで、そもそも私は喉など渇いていない。


なぜコーヒーかお茶かを悩んでいるかというと、私は今、まさに暇なのだよ。


目が覚めて、ソファーに腰掛け、たまたま目に入ったのがコップで、見ていたら飲み物を入れてみるのも何か楽しそうだと思ったのだ。


コーヒーかお茶か、この二つのどちらかを入れて飲む。

この一見どうでもいいことを悩むこと自体が暇な日でなければ出来ないのだ。


悩んだ結果、今日はお茶にしよう決めた。

悩んでから飲むお茶は美味しい。

私が自分で考えて、悩み、決心したのだ。

お茶に、すると、今日はコーヒーではなく、お茶に、すると決めたのだ。

お茶が飲みたいと決めて、お湯を沸かし、お茶を完成させ、立ち飲みをして、ソファーに腰掛け堪能する。


思わず口に出してしまったよ。


「暇だなあ」


昨日の夜、眠りにつくまでは修羅の世界だ。

翌日の暇のために必要な家事、仕事は全て片付けた。

まさにこの、今の時間のために。


残された時間は限られてはいるが、決して焦ってはいけない、常にリラックスすることが大切だ。


いざやることを思いついたらそれを本気でやる。

焦ることと、本気でやることは違うことを忘れてはいけない。


お茶を飲み終わり、音楽を聴きたくなった私は今の気分にあった曲をかける。


テレビもいいが今は気分ではない。

テレビは運任せなところが多いためだ。

見たいものがないのにテレビをみるのはただ何かを見たいからとテレビに委ねることになる。


それもそれでいいが、暇つぶしの王道に頼る気分ではないのだ。


運に委ねるのも面白いとここで閃いた。

気まぐれでもいいじゃないか。


気分的には、此処ではない何処かへ出かけたい気分になり、私は、今日の行き先を運に委ねることにした。


本日の暇つぶしのメイン。

此処ではない何処かへ。


ケータイを持って地図のアプリを開く、後は簡単、あまり遠くまでは行きたくないので東京都内を表示。

目をつむり、適当に画面をタップする。

目を開けて、そこまでのルートを表示しよう。


現在地は世田谷区。

目的地は代々木公園の中。


では出かけよう、此処ではない代々木公園へ。


今はまだ着替えさえしていない。

それどころか、出かける準備など一切できていない。


現在、気温は春にしては暖かい。

歩いてるうちに汗もかくだろうから、なるべく楽な服装にしたいものだが、ここはあえてパーティースタイルで場違いな空気を醸し出すというのも面白そうだ。


悩む!


こんなことで悩むなんて、なんて暇なんだ!


最高だ!


とりあえずお茶をもう一杯用意し、ソファーに腰掛ける。


「暇だよ、まったくもって、度し難く暇だよ」


服装を選ぶことの基準とは何かを考える。


やはり大切なのはその場にふさわしいかどうかということ、しかし、それはあくまでも人と関わる事で意味をなす。


今の私は何物か、同僚や取引先、お客に会う仕事人か?

ノーだ!

友人と遊ぶ予定をしていたりデートを楽しむ遊び人か?


答えは、ノーだ!!


私は、ヒマジンだ!

服装は自由で、心も自由な気ままなヒマジンなのだよ。


TPOなど犬にでも食わせておけばいい。


それでもなお、最高のヒマジンでありたいと思うなら、私の答えは清潔で無難な服装だ。


奇抜、スポーティー、ただただ楽な服装を選ぶ新人ヒマジンの諸君!


清潔で無難な服装こそが最高のヒマジンへの道の第一歩だと知り給え。

考えてもみてくれ、君が楽な服装を選び、外に出たとしよう。

果たしてそれはこの社会で生きるものにとって、本当に自由であるのかを。


私は思うのだよ、ヒマジンとは人に迷惑をかけてはいけない、あくまでも社会的なルールの中からは出られない。


もしも、楽な服装で歩いている時に、急な思いつきで高級レストランに行きたくなったら、ジャージでは入れてさえもらえないところもある。


もし入れたとしても、居心地の悪い思いをし、他の善良なるヒマジンに多大なる迷惑をかけるのか?


ジャージでレストランに行くだと!?


それも面白いじゃないか!


それ自体を暇つぶしにするのもいい、ただし、先ほども言ったが入れるか?

高級レストランかどうかは値段とその質だ。


いや、最高級レストランはまず入れないが、高級レストランならいける!


そもそも高級レストランの定義がわからん。


どこまではジャンクでどこまでが最高級だというのだ?


そんなランクなど犬にでも食わせておけ。


よし、普段ならなるべくフォーマルな服装を選ぶが、暇のお陰で、私の考えも大きな進化を遂げた。


誠に素晴らしことであります。


ジャージでレストラン、これだけでもいいがもう一つ何かスパイスがほしい。

言うなればビールのおつまみになるくらいパンチの効いたもの?


ビール!

そうだこんなに暇なのだよ?

早朝からビールを飲もう!


私は冷蔵庫を開けて、中を物色する。


「あったあ!」


思わず賛美してしまうところだったが、しばし待て私。

果たしてビールを今この時に飲むことが正しいと言えるのか?

暇だからビールを飲むのはよしとしても、今飲むのは違う気もする。


代々木公園へ向かい、行き当たりばったりにビールを飲めるところを探してみようか?


探すだと?


この私が、ビールを今この時手にしているこの私が!?


そんなもの犬にでも食わせておけ。

私は今この時、暇なのだよ。

スポンっといい音を立て、ビールをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。


最高の気分だよ!

背徳と解放感がなんともビールの味を際立たせてくれている。


「ふう、暇だなあ〜」


なんとも夢心地な酔いと気だるさが私の思考を止めてしまいそうだ。


ジャージを着ると一段とヒマジンらしさが増し、バックも持たず、現金と暇だけをポケットに詰め込んで、私は外への扉を開ける。


ここで注意しておくことがある。

ヒマジンのジャージ、ポケットには必ずチャック付きのものでなければいけない。


私の経験上、ヒマジンとは外に行くと必ずと言っていいほど動き回る。

それは時としてポケットの中身を全てぶちまけるという大惨事につながる。


心しておきたまえ。

危険は常に重力とともにある。


さあ、気ままに出かけようじゃないか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る