†原罪《SIN》†──輝ける闇──イックーさん外伝

華早漏曇

その男、蜷川†原罪†右衛門親当……

 夜にひとすじ、流星のごとく閃くのは、月を弾く刃の光であった。

 影一つ、山陰の妖魅なるや。

 相対する男が一人。山門を背負い、総髪をゆるく風に遊ばせておる。今しがた抜き放たれた刃を見ても、いささかの動揺もない。

 男は何か、得体のしれぬものを喰ろうておる。

「何奴」

 影は問う。

「……蜷川……いや、貴様にはこちらの名はやらぬ」

 その双眼には、壇に灯る蝋燭が如き光やどれり。すなわちそれは、死出の道行きを照らす明かりに他ならぬ。

「──俺は、お前の原罪つみよ」

「たわごとを」

 見おうたまま微塵も揺らがぬ……互いの影が、月の旅を慕いて往く。

 男の元へと吸い寄せられるように、風が吹いたとき──

「覚悟!」

 影もまた動いた。追い風に身を乗せるかの如く疾走、男の首筋へと滑り込む光。

 キン──と、風鈴の如き音色あり。

 辺りは、静まる。

「……な……んだと……!」

 影が身を揺らがせた。

 その手元から、根元より斬れた小刀の刃がポトリと落ちた。抜く手さえろくに見えなかった。屍山血河に身を浸した半生のうち、これほどの剣にはついぞ遭うたことはない。遭うていたなら、己は今宵、ここには居なかったろう。

「抜いた、のか……今! お……おのれ……!」

 その頬がぼこりと膨らみ、

「ぶっ!」

 意地で放ちし含み針。

 男はアブでも払うかのように左手を閃かせた。次のときには細い輝きが、人差し指と中指の間に挟まれておる。

 瞳、ことさら穏やかなり。

「欠伸が出るぞ……貴様は知るまいが、この世には俺の剣などより早いものがある」

「な、に……」

「見たら驚くぞ。あの早さはまさしく……光。憂き世を照らす光よ」

 沈黙があった。

「……殺せ。痛くのうしてくれや」

「は、は、は!」

 男は嗤う。

「夜陰の夢に、殺すはふさわしゅうなかろうて」

「……なに?」

「夢は醒めるのみだろうよ」

「……」

「さあ、カリントウを出せ。それで勘弁してつかわそう」

 影は困惑する。

「なにを……?」

「柔らかい方のやつじゃ……わかるであろう? ほれ、出せ」

 男の視線の先から、その意味するところを悟り、影は戦慄した。

「なぜ……そんなものを……!」

「俺が喰う」

 雲が、流れた……

 男の言うとおりにカリントウを差し出すと、夜闇の彼方より来た影は、さめざめと泣きながらまた夜闇の彼方へと帰っていった。剣で敗れたばかりではなく、人としての尊厳まで貶められて、消えていったのだ。

 まさしく悪夢であったろう。

「もぐもぐ」

 男もまた、のんびりと石段を下りてゆく。

 夜風に呟きが流れる。

「……宮中のおんなども、御母堂を追い出すだけに飽き足らず、刺客まで差し向けようてか……いいさ、やるがよかろうて。我が一刀、相州マサぐるムネの冴えが恐ろしくなければな」

 去りゆく男の背へと、夜を迎えた寺から晩鐘のような音が、

 ──イックゥゥーッ!

 と、鳴り響くのだった……

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