11月のプロミス(3)


 週末になった。


 近くの大型スーパーを訪れた。

 休日の昼間ということもあり、家族連れやカップルでごった返している。

 まったく、これだから休日に外出は苦手だ。


 とはいえ、そう言ってられない事情がある。

 おれとクリスマスは入口から入ると、すぐ目の前のエスカレーターに乗った。


「どっちの買うの?」

「どっちも。おまえも寒いだろ」

「そんなことないけど……」

「そう言って、去年はしっかり風邪ひいただろ」

「あ、あはは。そういえば、そうだったねえ」


 あれは初めてクリスマスが来たときのことだった。

 そう思うと、時間の流れというのは一瞬なのだとしみじみ思う。


 ……なんだか、ジジ臭くなったな。


 この店の寝具売り場は非常に狭い。

 在庫もそれほど置いていないので、主に取り寄せを待つことになる。

 おれの使っている布団を頼んだときは、確か三、四日ほど待ったような気がする。


 そう考えると、本当に先週のうちに来るべきだった。

 宅配もあるし、クリスマスに受け取ってもらえば――。


「あ、オジサン。これにしようよ」

「あん?」


 展示品を見ると、やたらでかい毛布だった。

 見ると、ダブルサイズと書かれている。


「こんなでかいの、どうする気だよ」

「だってオジサン、いつも毛布、自分のほうに寄せるじゃん。わたし寒いんだけどー」

「おまえ、さっき寒くないって言っただろ」


 いや、そもそも自分のベッドで寝てくれ。


「いいじゃん。いつかオジサンに新しい彼女できたとき、こっちのほうがいいでしょ?」


 ぶっと吹き出した。


「おまえ、馬鹿か!」

「え。まさかそんなに動揺するとは思わなかったんですけど」

「い、いや、別に動揺なぞ……」


 していない。断じてしていない。


 するとクリスマスが、なにを思ったのかぴーんっと悟ったような態度をとる。


「あ、オジサン。まさか新しい好きなひとできた?」


 目をキラキラさせながら聞いてくるものだ。

 まったく、女というのは、これだから苦手だ。

 すぐに色恋につなげようとする。

 世の中、そんなにほいほいと出会いが転がっていてたまるものか。


「……いない」

「えー。いいじゃん、教えてよー」

「たとえできても、おまえには言わねえよ」


 こいつ、前に自分がなにやらかしたのか、覚えてないと言うつもりか。


「いや、あのときみたいなひとじゃないければ、ちゃんと応援するって。あ、わたしも協力してあげよっか?」

「いらねえって言ってんだろ。さっさと毛布、決めろ」

「えー。恥ずかしがらなくていいじゃん」


 この歳で、そんなのをいちいち恥ずかしがるか。


「ねえよ。おまえがいるうちは、おまえの面倒で手一杯だろ」


 お、この毛布なんかいいんじゃないか。


 値段にしてはなかなか手触りがいい。

 薄くて暖かいのが売りらしい。

 これなら、クリスマスも引っぺがしはしないだろう。

 こいつはおれが毛布を奪うような言い方をしたが、実際はこいつ自身が暑くて剥いでいるのだ。


「おい、おまえ、これで……」


 と、クリスマスの反応がない。


「どうした?」


 見ると、彼女はどこかぼんやりとしたまなざしで、じっとおれを見ていた。


「なんだ?」

「……え? あ、ううん。なんでもない」


 そう言って、彼女もその毛布に触れた。


「うん。わたし、これがいいな」


 結局、それを二組、購入した。シングルとダブル。

 こいつ、せっかく買ってやったのに、こっちの布団で寝る気まんまんだ。


 入荷したら、アパートに送ってくれるように手配した。

 平日の夕方を指定すれば、クリスマスが受け取ってくれるだろう。


「ねえ、オジサン。おなかすいたー」

「あー。そうだなあ」


 時計を見ると、すでに昼過ぎになっていた。

 どうせだし、ここで食ってくか。


「どれがいい?」

「うーん。なんでもいいかな」


 それがいちばん困ると言ってるのに。

 しかし料理店のマップを見るが、これといって食べたいものもない。


「この中華料理店でどうだ?」

「うーん。ちょっと油っぽいのは気分じゃないかなあ」

「じゃあ、こっちの魚料理の専門店は?」

「えー。なんか微妙」

「……じゃあ、こっちのオムライスの」

「オジサン、朝、目玉焼き食べたじゃん。卵は一日に一個が望ましいって、この前、テレビで……」


 ええい、鬱陶しい!


 これだから女のなんでもいいは当てにならないんだ!


 結局、フードコートで各々が好きなものを食べることにした。

 おれはラーメンのチャーシュー丼セット。

 クリスマスがドーナツとワッフルのスイーツコンボだ。


 それをもりもり食べていると、ふと先日のことを思い出した。


「……そういえば、おまえ結局、進路はどうするんだ?」

「え? うーん……」


 クリスマスは、なにか言い渋っている。

 珍しいこともあるものだ。

 こいつは基本、おれに隠し事はしない。

 まあ、買ってきたカルパスを勝手に食ったとか、そんなすぐバレるようなのは例外だが。


「まあ、言いたくないならいいけどな」

「あ、いや、そういうことじゃなくて……」


 ワッフルを持つ手を下ろした。

 それからふと、真剣な表情でこっちを見た。


「……あのさ、オジサン」


 ――そのときだった。


「おい、栗栖!」


 向こうから、聞き覚えのある声がした。

 目を向けると、そこにはクリスマスの学校の進路指導教員にて、おれの高校の同級生、里村いおりがいた。


 彼女は恋人らしき男性になにかを告げると、ひとりでこちらに歩いてきた。

 それから、クリスマスに笑いかける。


「こんなところで会うとは奇遇だねえ。今日は叔父さんと買い物?」


 どうやら、おれの顔はちゃんと見ていなかったようだ。

 いまクリスマスが厄介になっているという親戚だと思い込んでいるらしい。


「え、あ、う、うーんと……」


 クリスマスが、完全にテンパっている。


「ハッハッハ。なに、そんなに先生と会うのがいや?」


 まあ、休日に会いたい相手ではないだろう。

 そうでなくとも、この状況は……。


「あ、栗栖の叔父さんですね。申し遅れました。わたくし、進路指導の……」


 そうしておれの顔を見た瞬間、彼女は目を見開いた。


「……小路くん?」

「さ、里村……」


 これは、おれにだってわかる。


 ……まずいことになった。

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