10月のフェスティバル(7)


「あー、食った食ったー」

「ごちー」

「お疲れース」


 大食い女子高生たちが、駅のホームで手を振っていった。

 おれはクリスマスとともに、それを見送る。

 四人の姿が消えると、クリスマスがぐっと伸びをした。


「いやあ、疲れたねー」

「そうだなあ」

「帰ってお風呂入って寝よっかあー」

「そうだなあ」


 くんくん、と制服の匂いをかぐ。


「うわ、明日、制服クリーニングに出さなきゃ。オジサンのスーツもすごいよ?」

「そうだなあ」

「あ、そだ。それと大事なこと忘れてたね」


 そう言って、ポッと顔を赤らめてこちらを上目遣いに見やる。


「恋人らしく、寝る前にエロエロなことしなきゃね?」


 ――ギリギリギリギリ。


「あだだだだ……! オジサン、やっぱり怒ってるでありますか!?」

「当たり前だろうが! てめえ、結局なんだあれ! どうして焼き肉のあとフルーツパーラーなんぞ行ってんだ!」


 ただでさえおれが浮いてるのに、あんな連中がいっしょでは目立つなというのが無理だ。


「だって別腹! 女子は別腹を満たさないと心が満たされないの!」

「焼き肉食い放題にあった安っすいケーキで我慢してろ!」

「女子は男子と違って『いいものを少量に』がモットーなの!」

「あんな大皿のてんこ盛り完食しといてよく言うわ!」


 ハッ。いつの間にか、観衆がじろじろ見ている。


「……帰ったら説教な」

「もうされてるじゃん……」


 やかましい。この程度で気が収まるか。


 電車がホームに入ってくる。

 人混みを避けて、最後に乗ろうとしたときだ。


「え?」

「あ……」


 おれの襟が、うしろから掴まれる。

 そしてぐいっと、そちらに引っ張られた。


 振り返ってびっくり……。


「おまえ……?」


 そこに立っていたのは、クリスマスの友だちのひとり。

 マリコという茶髪ちゃんだ。

 やつはニコニコ笑いながら言った。


「くーりす。あんたの彼氏、ちょっと借りるねー」


 は?


「あ、ちょ、マリ……ッ!」


 ――プルルルルッ


 電車のドアが閉まる。

 びたんっとガラスに張り付いたクリスマスが、なにかを言おうと口を動かしていた。


 そのまま、電車は行ってしまった。


「…………」

「アッハハ。ちょーウケるんですけどー」


 確かに、アマゾンのへんてこなカエルみたいだった。

 写真を撮れなかったのが悔やまれる。


「で、なんの用だ?」

「あれ。案外、普通だねえ」

「そりゃ、こんぐらいの悪戯で慌てるかよ」

「ふうん……?」


 なんだか意味深な視線を向けてくる。


「ねえ、オジサン。ちょっとつき合ってよ」

「……あん?」


 ―*―


 近くの喫茶店で、窓際の席に向かい合う。


「…………」

「…………」


 すげえ気まずい。

 ていうか、こいつここに入って、一言も口をきかない。

 なにか用事があるんじゃないのか?


 ていうか、この状況ってどうなんだ?

 

 いい歳したサラリーマンが夜の喫茶店で制服の女子高生とコーヒー飲んでるとか、絵面的にまずい気がする。

 いつもクリスマスと外出するときは、私服に着替えてるから気にしないのだが。


 すると、マリコがメニュー表を見ながらつぶやいた。


「ねえ、オッサン」

「……なんだ?」

「ベリータルト頼んでいい?」

「おま、まだ食う気か!?」

「いいじゃん。どうせ栗栖から金もらってんでしょー?」

「……え?」


 こいつらの中じゃ、おれがあいつに金をやってるはずだが。


「…………」

「あれ。なんか警戒しちゃった?」

「おまえ、その金ってどういう意味だ?」

「栗栖が家出したときの全財産。確か500万だっけ?」

「…………」


 忘れてた……わけではない。

 まあ、いまでは「あれ、どうしたんだろうなあ」と思い出すくらいだが。


「……知らんな」

「あは。べつに警察に言ったりしないから大丈夫だって」


 その目は、すべてお見通しという感じだ。

 見た感じ、このマリコが最も仲がよさそうな雰囲気だった。

 親友なら、なにかしら秘密も共有していたりするだろう。


「あれは使ってない」

「え。マジで?」

「いまも全額、おれの口座に入っている」

「……一円も?」

「当たり前だろ。あんな怪しい金、使うほうがどうかしてる」


 運よく、日常生活を送る上で金に困ったことは少ない。

 仮に困窮したとしても、女子高生の金に手をつける気にはならんが。


「……じゃあ、栗栖の生活、どうしてるの?」

「あいつがバイトしてるだろ」

「いやいや。それでも月に数万ぐらいでしょ? そんなんで高校生が生活できるわけないじゃん」

「食費はおれが払ってる。あいつのバイト代は、あいつの身の回りのもんに使わせてるんだよ」

「……うっそ。マジで?」


 うんざりした。

 なにが目的で、根掘り葉掘り詮索してるのか。


「なに驚いてるんだ?」

「だって、見ず知らずの女の子、どうしてそこまでして世話してやってんの?」


 ……ふーん?


「そりゃおまえ、おれはあいつにベタ惚れだからな」

「ぶっは! オッサン、それギャク!? 全然おもしろくないんですけどーっ!」


 とか言いながら、げらげら腹を抱えて笑っている。


「やっぱ、知ってるんだろ」

「当たり前じゃん。他の三人はともかく、こちとら小学校から栗栖といっしょだよ。あんなしょうもない嘘、すぐわかるって」

「じゃあ、止めてやれよ」

「いやあ、珍しくあんな見栄、張ってるからさあ。どこまで調子に乗るか実験してんだよねー。あ、ベリータルトとカフェオレお願いしまーす」


 おいこら、注文していいなんぞ言ってねえぞ。

 ……まあ、ついでだ。おれもコーヒーを頼んだ。


「で、なにが言いたくて連れてきたんだ?」

「べつにー? オッサンがどんなやつか興味あっただけー」


 言いながら、タルトをフォークで切り分けて口に放る。


「なんか拍子抜けだなー。もっと危ないやつだったら、やりようもあるんだけどさ」

「待てこら。なにする気だった?」

「なーいしょ」


 うふふ、と笑っている。


 ……こいつはアレだな。

 姉貴のみち子と同じ匂いがする。

 おそらく、こっちをからかってるだけだろう。


「ところで、おれからも聞いていいか?」

「あにー?」

「おまえ、けっこう事情を知ってるんだろ?」

「まあ、他のやつよりはね」

「……あの金、いったいなんだ?」


 ぴた、とフォークが一瞬だけ止まる。

 やがて、何事もなかったように動き出した。


「それ、ルール違反じゃね?」

「おまえから破ってるだろ」

「そりゃそっか」


 そして、あっさりと口を割った。


「あれね。栗栖の両親の保険金」

「……は?」


 おれが呆けていると、やつは最後のタルトを頬ばりながら言った。


「――死んだんだよ。ちょうど、一年くらい前にね」

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