10月のフェスティバル(6)


「ライス追加のひとー?」

「はーい」

「わたしもー」

「あ、わたしこの卵かけごはんがいいなー」

「じゃあ、わたしもそれー」

「サイズはー?」

「大盛りに決まってるっしょ」

「肉はー?」

「カルビとー、タンとー、あとトントロとー……」

「あ、わたしメロンソーダね」

「わたしウーロン茶」

「野菜は?」

「アハハ。ひとの金で食うときに野菜はないでしょー」

「それもそうだねー」


 おれは眼前の光景に、ただただ閉口していた。


 女子高校生が、飯を食っている。

 いや、字面だけ見れば微笑ましいものだ。


 しかしその量。

 まるで高校野球の打ち上げとでも言わんばかりの皿が積み上げられていく。

 おれはさっきから、その光景をひたすら見せつけられていた。


「……ていうか、なんでおれがおまえらに焼き肉をおごらにゃいかんのだ!」

「えー。オッサン、ケチんなよー。社会人だろー」

「来月あたりボーナスだろー」

「ぜんぜん違うだろが! おい、こら、おまえもなんか言え」


 クリスマスの肩を掴むが、やつは微妙な笑顔で手を叩いた。


「いよ! オジサン、太っ腹! これはいよいよ惚れ直しちゃうねー」


 イラッ。


「もう帰る。自分たちの食ったぶんは自分たちで払え」


 ――がしっ。


「オジサン、お願い! 今日だけ、今日だけだから!」

「そうだぞー。可愛い彼女の言うこと聞けよー」

「どうせ帰ってイチャイチャするんだろー。幸せのおすそ分けしろよー」

「エロエロなことする体力つけとけよー。ほらオッサン、肉だよー」


 そう言って、おれの皿に肉が置かれる。

 網の隅っこで忘れられ、カピカピになったウインナーだ。


「…………」


 おれはそれを、バリバリと咀嚼した。


 社会人生活、七年。

 こんな世間の厳しさも知らない小娘に、どうしてこんな扱いを受けなければいけないのか。


 するとマリコという茶髪ちゃんが、おれをじろじろと見ていた。


「つーかさあ、あんたらほんとにつき合ってんの? なんかオッサン、聞いてた感じと違うんだけど」

「はあ? おまえ、なに言ってんだ?」

「え? だって、栗栖がいつも自慢してんじゃん。オッサンが栗栖を好きすぎて放してくれないって。他の男に抱かれるの嫌だから、ぜんぶお金出してるんでしょ?」

「なんだ、そりゃ。悪いがおれはこんなちんちくりん……」


 ――ドスッ。


 ぐふっ。


 なぜか脇腹を肘で小突かれた。

 結構なものが入ったせいで、飲み込んだウィンナーと再会するところだった。


 振り向くと、クリスマスがにこにこ笑っている。


「そうなのー。ほんと参っちゃうよねー。今朝も文化祭の準備あるって言ってるのに、なかなか布団から出してくんないんだからー」

「おい、こら。そりゃ、おまえが布団から出たくねえってダダこね……」


 ――ドスゥ!


 ぐはあ。


「それにアレなんだろー。同居もオッサンが行かないでくれって泣きついたとかー」

「あのな。そもそも、家に置いてくれって頭下げたのはこいつ……」


 ――ガツン!


 痛ってえ!


 思い切り肩を殴られた。

 もうこいつ隠す気がねえ!


「お、おほほほ。ちょっと席外すねー。オジサンがふたりでこっそりお話があるんだってー」


 ぐいっと腕を引いて立ち上がらせようとする。


「ひゅーひゅー。オッサン、ここ公共の場だからなー。注意しないとお巡りさん呼ばれちゃうぞー」

「アホか!!」

「ほ、ほら。オジサン。早くこっち!」


 クリスマスに連れられて店の隅に移動する。


「……おい、言いたいことわかんだろ?」

「あ、あはは。オジサン、両手に花じゃーん。こんな可愛い子に囲まれて男冥利に尽きるよねー」


 頭を掴んでぐわんぐわん揺する。


「あいつらの言ってることがマジで理解できん。マジメに説明しろ」

「わ、わかった、わかったってば!」


 クリスマスがコホンと咳をする。


「えーっと。順を追って説明すると、わたしがオジサンのとこに住み始めたじゃない?」

「そうだな」

「ある日、マリコたちにそのことを話したの。そしたらどうしてか、『大人の男をたらしこむとはやるな。さすが栗栖』って感じになっちゃったわけ」

「ふむふむ」


 なるほど。

 まあ、そういうことも……。


「ねえよ。端折りすぎだ。どうしてそれで、おれがおまえにべた惚れ設定ができてんだよ」

「いや、ほら。なんていうの? わたしもあんまりマリコたちが褒めるもんだから、少し調子に乗っちゃって? ちょっとオジサンとの日常を盛っちゃったっていうか?」

「……ちょっと?」

「いだだだだ! 嘘です、ごめんなさい! すごく見栄を張りました!」

「具体的には?」

「オジサンがわたしに気に入られようと猫を買ってくれたり、会社の後輩から言い寄られてもわたしのほうが好きだってフッたり!」

「救いようがねえな!!」

「割とそんなイメージが出来上がってます、はい!」

「おまっ、ふざけんなよ! どうして見ず知らずの小娘どもにそんな目で見られにゃいかんのだ!」

「ご、ごめ、いだだだだ! オジサン、ギブ、ギブ!」


 おっと、いかん。

 うっかり力を入れすぎるところだった。


「ハア。まあ、いい。いまここですべて否定してやれば済む話……」


 ――がしっ。


「……おい、その手を離せ」

「オジサン、後生、後生ですので!」

「嫌だよ! なんでおまえのくだらん見栄のためにおれの社会的立場を犠牲にせにゃならんのだ!」

「お願い、なんでも言うこと聞くから!」

「おまえのなんでもが守られた試しがねえよ!」

「女子グループではモテカワイメージって大事なんだよー! 男子だってなにかと経験豊富ぶるじゃん!」

「力士みてえに食いまくってるやつらがモテカワイメージとかほざくな! あとここ飯食うとこな!」

「ね、ほんとお願い! いまさら嘘とかバレたら、わたしイタいやつだって思われちゃう」


 おれから見れば十分イタいわ。


「オジサン……」


 うるうる。


「ぐ……っ」


 頭の中に、いろいろな葛藤がせめぎあう。


「……一か月、ちゃんとバレンタインの朝飯やって学校いけよ。いいな?」

「やったー!」


 ……あぁ、くそ。

 どうしてこんなに甘くなったのだ。

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