10月のフェスティバル(5)


 さて。それはそれとして、だ。


 おれはいよいよ困った。

 クリスマスはいったい、どこに行ったのか。


 あいつを探して二時間が経過していた。

 昼過ぎに来たから、もう午後の三時を回っている。

 すでに祭りは終盤に差し掛かっているようだ。

 屋台もちらほら片付けに取り掛かっている。


 なにが悲しくて、三十の男がひとりで女子高の文化祭を回らなければならないのだ。


 いや、この際、おれのことはいい。

 問題は、あいつがあのグループに嫌がらせをされていることだ。

 べつに正義漢ぶるわけではないが、同居人がそんな扱いを受けていて見過ごせるほど、おれはできた人間ではない。


 高校生はガキじゃない。

 自分で解決できることは自分でやるべきだ。

 しかし、それでも手に余る問題は存在する。

 そんなときに手を貸すことをためらっていては、なんのための大人なのかわかったもんじゃない。


 ふと、向こうに人影を見た。


 見つけた。

 あのグループだ。


「おい」


 こちらを見た女子生徒たちが、ぎょっとした。


「ゲッ。オッサン!」

「まだいたの!?」

「……しつこい」


 さんざんな言われようだ。

 しかしここで引いてやるには、おれの頭は少しばかり熱くなりすぎていた。


「おまえらに聞きたいことがある」

「……な、なんだよ?」

「雅子のこと、いじめてんのか?」


 するとやつらは、目を丸くした。


「……栗栖からそう聞いたわけ?」

「まあな」


 やつらは顔を見合わせた。

 そして何事かをうなずき合うと、こちらに視線を戻す。


 リーダーらしき茶髪ロングが、にんまりと笑った。


「だったら、どうするわけ?」


 あろうことか、開き直りやがった。


 茶髪ロングがおれの前に立つ。

 そして襟元を掴むと、ぐいっと引っ張った。

 おれはたたらを踏むように、そいつに引き寄せられる。


 至近距離で、そいつはにやりと笑った。


「わたしらがあいつをいじめてるなら、どうするのかって聞いてんの? 学校にチクる? それとも、力づくで言うこと聞かせちゃう?」

「……てめえら、ふざけてんじゃねえぞ」

「ふざけてないって。だって状況的に、わたしらのほうが優位なわけだし?」

「ハッ。なんだ、先生でも呼ぼうってか」

「まさかあ。そんな微妙なことしないって」


 じゃあ、なんだ?

 おれが眉を寄せると、そいつは自信満々な顔で告げた。


「オッサン。見知らぬ女子高生といっしょに暮らしてるって、会社に知られたらやばくない?」

「……っ!?」


 おれは思わず、沈黙した。

 それが悪かった。

 これでは肯定しているのと同じだ。

 案の定、茶髪ロングが調子づいた様子で続けた。


「どうするー? わたしらとしてはさ、態度次第では黙っててやってもいいんだけど?」

「……なんだ?」


 にやり、と口角を上げる。


「そりゃ、これっしょ」


 そう言って、人差し指と親指で輪っかをつくる。


「……おまえら、本当に腐ってんな」

「なんとでも言ってよー。だってわたしら、不良だし?」


 ちらと仲間を見やると、彼女たちがくすくすと笑い合う。


 ……どうする?

 それこそ、この場を収めるのは難しくはない。

 大人しく従っているふりをして、里村に相談すればいい。

 曲がったことが嫌いな彼女のことだ、きっと力になってくれるだろう。



 ――でも、そうしたらクリスマスが。



「……オジサン、なにやってんの?」


 振り返ると、クリスマスが立っていた。


 なぜか息を切らせ、その額には汗で髪が張りついている。

 まるでいままで走り回っていた様子だ。

 その手には、電源の落ちた携帯が握られていた。


 なんてタイミングだ!


「おま、こっちに――」


 来るな、と言おうとしたときだった。


「栗栖ぅぅうううううう!」


 ――抱きっ!


 茶髪ロングがクリスマスに抱き着くと、その頭をなで繰り回す。

 彼女を引きはがしながら、クリスマスがうんざりしたように聞いた。


「マリコ、どうしたの?」

「聞いてよー。おまえの彼氏、わたしらのこと『いくらだ?』ってしつこいの!」


 なんだと!?


 おれが呆然としていると、クリスマスが軽蔑のまなざしを向けてきた。


「……オジサン。それほんと?」

「んなわけねえだろ! つーか、どういうことだよ!?」

「ど、どういうことって?」

「そいつら、おまえをいじめてるやつらなんだろ!」

「は? なんで?」


 え?


 クリスマスの様子から、嘘を言っているようには見えない。

 ましてやこいつらが、彼女をいじめているような関係には見えなかった。


 微妙な沈黙の中、クリスマスが他のメンバーを見た。

 お団子髪の眼鏡ちゃんが、やれやれと肩をすくめる。


「えーっと……」


 クリスマスは微妙な顔で言った。


「オジサン、紹介します。友人のマリコたちです」

「よろしくぅー。オッサン♡」

「…………」


 ……はあ?

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